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矢沢永吉、50代の走り方。

第26回 矢沢さんの仕事は、応援団。








スローも、ミディアムも、みんな含めて矢沢の曲だ。
ファンのほうが、知っててくれてる。

汗かく、速い曲やれば運動するから、自然に汗をかく。
オレの場合、どんな曲でも動くから、汗かく。

でも、そんなのどうでもいいんだ。
ハートで汗をかいているかどうか。大事なこと。

本物なら、きっとハートで汗をかいていると思う。



         『成りあがり』(矢沢永吉・角川書店)より





 

(※漫画家の板垣恵介さんの談話を、ひきつづきお届けします!)


【板垣恵介さんの談話・その7】


 思えば、25歳の時は、何もなくて、何者でもなく、
 何かを生み出す方法も、まったくわかっていなかった。
 すっごい、ボンクラだったわけです。

 それがある時、ほめられて、
 それまでに比べたら何十倍だよ、
 というぐらいに生み出せるようになって、
 なんでこんなに変わっちゃうんだろうか、
 みたいに、なってきた……。

 それは、なんでだろうかというと、
 たぶん、ですけど、
 「向こう岸に
  自分の目指すものが確実にある
  っていう確信が持てたならば、
  人は、何百倍もの力を出せるんだ」

 ということだと思うんです。

 ぼくの場合は、
 プロへの道が具体的に見えた瞬間から。
 ほかの人にとっても、それぞれ、それがあると思う。

 最近、ある出来事があって、それを痛感しました。
 仕事おわって、徹夜明けで、
 「あぁ、やっと終わったぁ……」眠った。
 それで、なんかで、目が覚めちゃった。
 眠い。
 便所行きたいみたいなの。

 でも……疲れてて、トイレ行くのに
 タクシー呼びたいぐらいなんです。
 「起きたくねぇ。できればこのまま眠りたい」
 悶々として、
 眠ったり尿意をガマンしたりしているうちに、
 いよいよガマンできなくなって、トイレいった。

 トイレ行ったら、ちょっと目が覚めてるじゃない?
 その時、考えるともなく考えたのは、
 「あ、来月、俺、アメリカに取材に行くんだ」
 ということなんです。これは楽しみにしてる取材。
 その時、便所までの距離とアメリカまでの距離とを
 ものすごく感じたんですよ。

 たかが5〜6メートルもないぐらいの便所に
 行くのに面倒くさいのも自分だし、
 アメリカに行くのを楽しみにしてるのも自分です。
 距離にしたら、何万倍どころじゃない。
 この違いって何かと言うと、
 「そっちに行って、
  確実におもしろいものがあるかどうか」
 「行くだけの価値があるかどうか」
 ということでしょう。

 行くだけの価値があると知っていると、
 ぜんぜん面倒くさくない。
 「モチベーションなんだ!」
 そう思いましたね。

 最近、「プロジェクトX」をテレビで見てまして、
 ちょっと揺らぎました。
 高度成長期の人たちの偉さを感じましたよ。

 有名になろうとがんばってきた自分がいますが、
 ほんとうに名もなき戦士という言葉が
 似つかわしい人たちが、こんなにもたくさんいる。

 二十何キロのトンネルを海底に掘っていくなんて、
 どれぐらいの愛があったら、やれるんだろう。
 自分を愛しているというだけの気持ちでは、
 とてもじゃないけど、やれないよ。
 いやぁ……あのモチベーションって、スゴイ。

 今、思い出したんですけど、
 このあいだ、娘と長く話していたんですが、
 「トイレに入って、何するともなく
  ぼんやりと考えていたら、ふと、
  エジソンのことが思い浮かんだんだよ。
  エジソンとオレって、どのぐらい差があるのか。
  そんなことを、思った」
 娘に、話してたのね。
 オレもがんばってはきたけど、
 エジソンとどのぐらいかなぁっていう
 ふつうの雑談ですよ。

 でも、便所ですぐに思ったのは、
 「全財産を使っても、オレは、
  世界中の人間に1円の金も与えられない」 
 ということなんです。

 じゃ、エジソンは?
 ……世界中の夜を照らしている。

 もう、勝負になってない。
 「貴様!! 誰と比べてんだ!!!」って。
 「教科書に載るってすごいわ」
 なんて、娘と一緒に、しみじみと話してた……。

 エジソンは、真っ暗な夜をくまなく照らして、
 これほどの団欒を与えてくれたんだなぁ。
 えらい差ですよ。もう比較の対象じゃない。

 いちばん最初に見た「プロジェクトX」が
 青函トンネルだったんですけど、それにしたって、
 計り知れないほどの物資や人を行き来させたりして、
 完成以前とは比較にならないほど、豊かにしている。

 そういうことを目の当たりにした上で、
 自分の仕事を考えてみたんです。
 世界がひとつの学校だとしたら、
 何が自分なんだろう?って。

 ……たぶん、
 応援団みたいなもんだなぁと思いました。
 矢沢さんの仕事も、ぼくの仕事も、応援団ですよ。

 こいつの作品を見たら、
 トンネルを、あと3メートルは深く掘れるとか。
 何もないともう力尽きるんだけど、
 これを聴くと、ちょっと元気が出るとか、そういうの。

 そしてそれを思うと、
 矢沢さんのもたらした効果たるや、
 ものすごいですよ。
 「永ちゃん頑張ってるんだから、オレも頑張る」
 そう言ってる人の数は、もう……どのぐらい?

 ぼくも含めて、ほんとにものすごい数でしょう。

 半年ぐらい前かな?
 テレビを見ていたら、
 若い日本人でオーケストラの指揮者が特集されてた。
 外国で単身、クラシックの世界で、
 一流として通用している。
 その人、ふだん、何の音楽を聴いてるかっていったら、
 「矢沢永吉です」
 え!?って思った。

 だからもう、精神性でしょうかね。
 この人にとっても、矢沢さんの曲は、
 マーチとして響いているんだなぁと思いました。

 だから、ぼくの漫画も、マーチを意識しています。
 そうなると、矢沢さんとかぼくらの仕事って、
 感動のストックがモノを言うので、
 どのぐらいの喜怒哀楽を味わってきたかが
 勝負の分かれ目でして……。

 だからこそ、どんどん外に出て、人に会ってます。
 やっぱり、人間……
 エネルギーを高めるって、いい景色みたり、
 じっと瞑想してて得るものは、高が知れている。
 やっぱり、人とのやりとりの交流の中で、
 元気が出てくるものでしょうから。
 もちろん、映画見たり本を読んだりすることも、
 制作者や役者とのコミュニケーションですよね。

 なんで外に行くかっていったら、
 放っておけば、
 人間なんか、すぐに元気ってなくなりますもん。
 自分でじーっと静かに考えていたりすると、
 それはもう、半日も経てば元気がなくなりますよ。

 仕事やって、疲れた。
 それで休むって言ったって、
 マイナスの針がゼロに戻るだけです。
 矢沢さんやぼくらみたいな、応援団の仕事っていうのは、
 喜怒哀楽を伝えることでしょうから、
 おいしいごはんを食べた感動でも何でも、
 自分が強く感じ取る能力がなければ、
 針はプラスに触れないわけだし、
 その仕事をやる資格を失ってしまうものだと思う。



(※板垣さん篇は、今回でおわりです。
  矢沢さんや板垣さんへの感想は、postman@1101.comまで!)


2002-08-30-FRI


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