まるで、NASAのようなメディアになりたい?

 ほぼ日ブックスに、問われることは。


※「本が売れないと言われているなかで、
  なぜ、いまになって新シリーズを出すか?」
 ・・・ほぼ日ブックスシリーズを作る人たちの
 考えていることを、ナマでお伝えするために、
 ほぼ日ブックス刊行のための会議のごくごく一部の、
 本の流通について相談をしている場面をご紹介です。

 こんなふうに、ほぼ日ブックスを作る動機や
 発売後の展開を明確にする会議を、
 ぼくたちは、何度も何度も開いてきています。
 なお、ここでの会議参加者は、糸井重里と、
 朝日出版社の編集者・赤井茂樹と仁藤輝夫です。

できれば、流通の枠そのものを疑いながら、
  出版界がサボってきたことを実行したいです。


赤井 本が読まれなくなってきた、
と言われて久しいですし、しかも
あまりもうからないという状況があります。

例えば定価1000円の本だとすると、
定価の3割ほどの費用が
流通・小売に間違いなくかかりますし、
紙代や印刷・製本代や編集人件費その他で
約3割がかかってきます。そして、著者印税が1割。

定価の7〜8割の費用が、すでに必要で、
利益は、この時点でも、
わずか2〜3割になるんですね。

しかも、返本率が、どの出版社も
40%前後というこの時代ですから、
第1刷以降、すこしでも
版を重ねられるものをどれだけ
出せるかの勝負のようになっていますよね。
糸井 単価の安い中で
定価の7割〜8割が必要って、
ものすごいキツイ産業ですよねえ……。
いちからビジネスをはじめようとする人なら、
本の業界って、まず、手を出さないでしょう?
赤井 取次という問屋さんの存在が、
とても大きかったんですね。
例えば、出版社が本を1万部出すと、
そのほぼ3分の1にあたる
お金を(売れたものとして)
取次が出版社に先渡しでくれる、
という制度があります。

出版社の自転車操業の理由はそこにあって、
売れても売れなくても、そうやって
3分の1は入ってくるそのお金を、
印刷会社への支払いや社員の給料にあててきた。
そして出版社側は、自分で流通をせずに
販路もひらかずに、ぬくぬくとやってきた、
という現実があるわけです。
仁藤 しかも、本屋さんや図書館といった、
新しい本の居場所になるようなところは、
どこもすでに在庫がいっぱいなんです。
いろいろな出版社からの新刊本は、一日に、
200点前後出ている計算になりますから、
そんなの、置く場所、ありませんよね。

出版社そのものも、すでに
収益を見込めずに本を制作するという
傾向になっていますから、会社としては、
経営がしにくいといいますか……。

制度として肥大化しすぎた出版という恐竜は
いったんここで倒れて、
ネズミのような小さくて軽やかな動きをする何かが、
新しい勢力を生み出していくのかもしれない、
と考えるしか、打開策がなさそうに見えます。
糸井 そういうことをシビアに捉えた中で、
「新しいブックスを出す理由」を、
ちゃんと市場経済のなかの
健康な商品として考えられないと、
「それでもオレたちは本を出す」
と言えませんよね?

この「ほぼ日ブックス」のシリーズは、
できれば、さきほどの流通小売マージン約3割
製本と印刷・紙代2割、著者印税1割といったような、
一般的な出版社にとっては
「それが相場だから」と
疑いもしないところを疑って
スタートできているじゃないですか。

紙代製本代を
少し安く見積もらせてもらう交渉を、
すでに赤井さんがやってくれたわけだし、
著者印税にしても、10%を超えた設定をして
クリエイターの書きたい場所を作ることが
できるかもしれない段階に入ってきている。

ほぼ日ブックスは、つくりたいものを
つくるというだけじゃなくて、
できれば、流通の枠そのものから、
まるでほぼ日刊イトイ新聞と朝日出版社が、
共同出資で子会社を作って、
新事業を作り出すような気持ちで
回転をさせていきたいですよねえ。
赤井 まったくそうです。
これまでの出版社は、
配付は取次という問屋さんに任せきり、
小売は書店にお任せ、
読者との直接の対話は、読者カードという
かなり来るのも稀なものをチラッと見る程度……。
お客さんの顔を見ずに「こんなもんでしょ」と
やってきた怠惰な伝統をぜんぶ断ち切ってみると、
ようやく、
実業としてもまわせるぐらいの
レベルに行くかもしれません。

実際に、編集者が書店まわりをしてみると、
本屋さんのほうでは、わりと歓迎してくれます。
最近の動向を親切に教えてくれますし、
一緒に、最近出した本の置き場所を
移動してくれたりもするんです。
新規事業だと考えれば、
今まで努力を怠ってきたところにも、
気づかいと愛情を注ぐのは、当たり前ですよね。
伝える努力をきちんとすれば、
  お客さんがよろこぶじゃないですか。


糸井 売るための営業努力はもちろん大事ですよね。
自分の首を締めるような発言になりますが、
編集者を職業としている人が、
市場が何を求めていて、
自分は何がやりたいかについて、
ちゃんと考えてきたか、についても、
案外、怪しいんじゃないかっていう
現実もありますよね?
仁藤 う! 痛い。
編集って、「本を編む」っていうけど、
編んでこんがらがせてる時もありますから。
糸井 例えば朝日出版社の編集者の人なら、
ふつうの人が読んでも充分におもしろい
インテリの学者を発見することって、
すごく上手じゃないですか。

だけど、見つけた先生の
専門的な知識に振り回されてしまったら、
誰にこれを読ませるの?という感覚が
欠落してしまうような気がします。
赤井 誰に何を出版するのか、
を曖昧にしたまま、
「いい本」とか言って、
出してしまうわけです。

編集者は、何十年も
本好きな人だけを相手にしてきていて、
同じような種類の人たちに、
難しいものを難しいまま説明することに
慣れていて、甘えていたんですね。
「つまり、これは、どういうことなの?」
と一般の人が思う
その核心には踏みこめなかった。
糸井 そこをついて、たまに
読み手に伝える努力を怠らなかった本が出て
きちんと伝わって、売れる本になるわけですよね。
「売れるからいちがいにいいとは限らない」
という見方もあるでしょうけれども、
少なくとも、買うだけの魅力を感じさせたとか、
より多くの人に内容が伝わったかもしれない、
というような点では、ぼくはやはり、
売れている本を評価したいと思っているんです。
赤井 1冊の本を読み通してみても、
心に残るのが4行くらいの時も、ありますよね。
編集者は、その4行に向けて、
きちんと補助線をひいてあげる
産婆のような役割を、するべきでしょう。
いままでは、補助線もひかずに
ただ受け取った原稿をまとめる編集が
大半なわけだから。
糸井



























赤井
逆に言えば、
それだけサボってきた業界なのに、
今の時点でも、本というものが、
読んだ人にとっては特別に大事なものに
なっている場合がありますよね。
宗教的な力さえ、持っているわけで。

だったら、伝える努力、
販路をきちんと開く努力、
おもしろいものを生み出す努力を
もっとしてみたら、単純に言って
おもしろがってくれる人が増えるし、
本の中身もより伝わっていきますよね。

それをほぼ日ブックスができたとしたら、
何よりもまず、本を読んでくれる
お客さんが、よろこぶじゃないですか。
それは、うれしいことですよねえ。

まあ、
インテリ的なプライドにこだわらないで、
「こういうのが、欲しかったんだ」
というものを作るという
他の分野では当たり前の営業努力を
やってみるだけのことなんですけれども、
それだけでも、価値はありますよねー。


出版界には、本の好きな人に向けて、
より細い路地を紹介するような
フェティシズムの方向も残るのでしょうが、
大部分として誰に何を手渡すかを考えれば、
著者の持っている情報、伝えたい情報を、
どれだけいきいきとした状態で伝えられるか、
を、きちんと考えていきたいですよね。

「本なんてほとんど読まないよ」
という人にも読んでもらえる、
新しいエンターテインメントというか、
新しい教養というか、そういうものを出せたら、
従来的な出版社にいる編集者はみんな、
「そのほぼ日ブックスで私も本を出したい」
と思うでしょう。
仁藤 いま、出版界に関わらず、
流通で動きのいいところは、すべてその
「お客さんがよろこぶところ」から
スタートしていますもんね。
ユニクロの社長さんも、

考えていることの根幹は、
お客さんに、よろこびを提供できるかどうか、
という点にあると思いますよ、きっと。

いまは、お客さんの目が肥えてきてますから、
「何が自分をしあわせにしてくれるか」
っていうのに、みんな、敏感ですよ。
糸井 うん。
だからやっぱり、手はあると言うか。
そういう努力をやったうえで、あとはやはり
商品力の勝負になってきますよね。
どれだけ魅力のあるものを作れるか、
大当たりするものを発信できるか、を、
このシリーズでは、
逃げずに考えていきたいですねぇ……。
赤井 いますぐにでも、これが届けたいって
自信を持って言えるような企画は、
たくさん考えられると思います。
いままでだったら、企画会議の手続きを通すために
つまらなくしてしまったような企画も、
とにかく「出して、市場に問う」というふうに
なっていくと思うんで。
糸井 じゃんじゃん失敗もしそうですねぇ(笑)。
でも、もともと失敗に数えられない失敗を、
出版社は恒常的にやってきたわけだし。
赤井
仁藤
 
おんなじです、そういう意味では(笑)。

(ほぼ日ブックス会議の議事録は、いったんここまでです)



 なお、メディア関係者のかたで、
 「一緒に、何かをしたいんです」
 と思ってくださるかたは、お気軽に
postman@1101.com
 こちらの、わたくし木村までメールをどうぞ。
 ふつうのおたより(感想)もうれしいです。


(つづきます)

2001-10-04-THU


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