お金をちゃんと考えることから
逃げまわっていたぼくらへ。

第2回 糸井重里より、はじめに。(その2)


昨日からはじまったコーナーです。こんにちは。

2月下旬刊行のこの本の、
まえがきのつづきをお届けします。どーぞ。

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【糸井重里より、はじめに(その2)】


以前、ある婦人雑誌の
「お金について考える」という座談会で
邱永漢さんをゲストにお招きしたら、
ものすごくおもしろかったんです。

奥深いところをきちんと考えながら、
今までの長い時代を、
そのつど自力で泳いできた人のように思えました。

「お金をどう得ようかと考える人はいくらでもいます。
 ところが、お金と一口に言っても、
 入ってくるお金と使うお金とがあります。
 それが両方あわさって
 球面体のようになっているのだから、
 入るお金と使うお金がまるくおさまっていないと、
 お金ではないんです」

その時の邱さんは、そんなことをおっしゃっていました。

秀才的な勉強家だったら、
「何をまどろっこしいことを言ってるんだ。
 俺は稼ぎかただけを学びたいんだ」
と言うかもしれない。
でも、ぼくは、それを聞いて、
それなりにかなりびっくりしたんですよ。

その後何かとお会いするたびに、
邱さんは、奥ゆきがありながらも
具体的な話をしてくれました。

「人間は、いつから
 こういうことを考えているので、こうです」
「人間はこういう動物だから、
 ぼくはこういうように考える」
「社会の仕組みはこうなっているから、
 結論はこうだと思う」

邱さんのしゃべる内容は、
思考の筋道や社会の仕組みの発生するところから
考えられたものでありながらも、
実際に通用する話になっていました。
ぼくはそこに、とても感心させられたんだよね。

徹底的に時間をかけて、
邱さんにいろいろなことを
聞いてみたくもなっていまして、だから、
「邱永漢さんと対談をしてみませんか?」
と編集者の方からお誘いを受けた時に、
「ぜひ」とお応えしたんだと思います。

テーマは、お金のことを「とっかかり」にしました。

邱さんは「お金の神様」と言われているわけだけど、
この「お金」って、あらゆるパワーを代表する
いちばんの魔物だとされながら、
いまだにどうとらえていいか、
多くの人にはわからないものになっているでしょう?

けれども、今は、ぼくも含めて、
「職人としての腕だけを磨くぞ」と、
お金について考えることから
逃げまわっていた人たちですらも、
お金についてまじめに考えたいと
思いはじめている時期なんです。

それならば、お金のことを軸に、
邱さんが今まで素手でつかんできた考えかたを
ゆっくりと聞いていけば、
いろいろな人の聞きたい話になるのではないだろうか。
それはぼくも聞きたいことだし……。
ふりかえってみれば、そんなことを考えながら
対談に臨んでいたような気がします。

今までお金から逃げまわってきた人にこそ、
ぜひ読んでもらいたいと思います。


                糸井重里


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※明日から、本番の対談の立ち読みがはじまります。

2001-02-01-THU
TANUKI
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