板谷 |
おお! 博士!
いいところに来たな! 手伝え! |
博士 |
手伝えって‥‥ |
板谷 |
この岩、押すの手伝えって
いってんだよ!! |
博士 |
ギョッ!
この大岩を!? |
板谷 |
いいか! 声に合わせて力一杯押すんだぞ!
せ〜の、それ!! |
博士 |
は、はい!
それ〜〜〜っ!! |
ゴロゴロゴロ‥‥
バッシャ〜〜〜〜〜ン!! |
博士 |
おお! 岩が崖下の川に転がり落ちたぞい! |
板谷 |
ふう‥‥
日照り続きの村もこれで救われるだろう。 |
博士 |
なるほど!
岩でせき止められた水流が方向を変え、
田畑に流れ込むワケですな。 |
板谷 |
そういうことだ。
俺はなにもこの三年間、
ただ怠けて眠り惚けてたんじゃねえ。
実は真剣に村のことを考えていたというわけさ。 |
博士 |
まるで三年寝太郎ですな。
では村ひとつ救ったばかりで悪いんですが、
早速味写の方を‥‥ |
板谷 |
なんだ? 味写って?
アジの干物の写真を撮って、
それで野良猫たちをノイローゼにでも
しようっていう寸法かい? |
博士 |
もう! 先日電話で言ったじゃないですか。
味のある面白写真を用意しておいてくれって! |
板谷 |
俺、忙しいんだよ。
いまから地蔵に笠被せて鬼退治だろ?
それ終わったら
月にお嫁に行かなきゃいけないんだから。 |
博士 |
なんの話ですか! |
板谷 |
昔話だよ!
もう現実はうんざりなの。
マス目を文字で埋めるなんて地味な仕事なんか
いつまでもやってられるかよ。
俺はこれから月にお嫁に行くの! |
博士 |
‥‥では嫁入り前の忙しい身で悪いんですが、
最後にその地球での思い出を
振り返るという意味で‥‥ |
板谷 |
ったくしょうがねえな。
じゃあ嫁ぐ前にここまで俺を育ててくれた
オヤジの写真でも見てもらおうかな、
オリビアを聴きながら。 |
博士 |
親の顔が見たい!
いまアンタの横にいて、
まさにそんな心境じゃわい!! |
博士 |
な、なんじゃ?!
このぬか床から蘇ったブルースリーは!? |
板谷 |
父上様だよ!!
板谷賢治、通称ケンちゃん。
昭和10年生まれの69歳。
定年後も5年間延長で続けた
サラリーマン生活に終止符を打ち、
現在は地元の草野球チーム3球団に所属しつつ、
金曜日には必ず七面鳥を食べ、
自作の看板作りに精を出す和製ブルースリーだよ。 |
博士 |
さすが息子を月へ嫁に出すだけあるわい。
世界の父親像を根底から覆す
パワーを感じるぞい! |
板谷 |
このブルースリーの服、
洗い替え用に5,6着持ってるんじゃないかな?
オリビアを聴きながら。 |
博士 |
頭に乗ってる小型のアリクイは‥‥? |
板谷 |
安モンのカツラだよ!
いつもは庭に置いてる
自転車の前カゴに入れっぱなし。
雨ざらしのカツラってかなり不気味だぞ。
最初スカンクが死んでるかと思ったもん、
オリビアを聴きながら。 |
博士 |
まさか、
いつもこのかっこうじゃ‥‥? |
板谷 |
いくらなんでもそりゃないだろ!
これはちゃ〜んとしたオシャレ着! |
博士 |
オシャレ着?! |
板谷 |
俺が文筆仕事で家族ネタなんか書いてた頃、
記事に写真載せる機会があってさ、
フツーの写真載せてもつまらないから
親父に仮装させたんだよ。
そしたらな〜んかそれが
親父の琴線に触れたみたいでさ。
こういうコスプレが
親父のライフワークになっちまったんだよ! |
博士 |
外出もこの姿で? |
板谷 |
この前ファン相手にバザーやったんだけど、
頼みもしないのに
この格好でのこのこ付いてきてさ。
ちなみにコレ、そのときの写真。 |
博士 |
シンナーに脳までヤラれた
笑福亭笑瓶ですかな? |
板谷 |
一応、丹下段平を意識してると思うんだけど‥‥ |
博士 |
頭はベートーベンじゃが‥‥ |
板谷 |
もう本人にも収拾がつかねえんだよ。
この後ひとり言で延々交通情報を
つぶやいていたから。 |
博士 |
その辺の地上波なら
楽々キャッチしそうな表情じゃな。 |
板谷 |
仕事辞めてから持て余してるんじゃないかな、
自分のこと。
以前は突然近くの廃材を集めてきて
ベンチを作り出すし、
そのベンチの数がまた尋常じゃなくてさ、
庭に積み上げた手作りベンチが
ナバロンの要塞みたいになっちゃってさ、
置き場所無いからって近所の学校に
50個単位で何回も寄贈するわけよ。
当然学校側も気味悪がっていい加減断ると、
今度は街中のバス停に
3個ずつ並べ始めてんだから。 |
博士 |
なんて過激なボランティアじゃ‥‥
いまでも続いておるのかの?
そのベンチ作りは? |
板谷 |
それが日頃から散々、
自分のベンチは買えば5千円はするぜ!
とか吹かしてたのに、
その辺のディスカウントショップで
同じようなのがイチキュッパって売ってるのが
判明した途端にやる気無くしてさ、
翌日からは穴堀りよ! |
博士 |
穴掘りって‥‥ |
板谷 |
庭にゴミ捨て用の穴掘るんだって、
また加減知らずに始皇帝の指図かよ!
ってくらいの巨大穴掘ってるの。
それでいつだったか俺の車貸せっていうから
キー渡してやったら
直後に車ごとその穴に転落してさ、
しかもその穴と車幅が
ちょうど同じくらいだったから
ドアが開かないで閉じこめられてやんの。
仕方ねえ!ってんでJAFに電話して
助けを待ってると、その間に親父の野郎!
小便我慢できないで、
車の灰皿に用足してやがんだよ!!
そんなションベンカー金輪際乗れるか!
ってその車、弟のセージに
23円で売っぱらってやったよ! |
博士 |
なにやってんじゃ、
アンタたち‥‥ |
板谷 |
まあ、いまは自作の看板作りに
落ちついてるけどな。
この後がまたカエルの集団交尾みたいな
複雑な話でよ‥‥ |
博士 |
その続きは
現在「野生時代」(角川書店)で連載中の
『やっぱし板谷バカ三代』で! |
板谷 |
なんだよ。
まだ板谷家エピソード1の序章前だぜ? |
博士 |
充分面白すぎじゃい!
連載乗っ取る気かい!
それじゃラストも板谷家ケンちゃんの伝説から
この一枚!! |
博士 |
目が‥‥
完全にイっとるな! |
板谷 |
あ〜コレね!
町内の祭りでヤキソバ作ったときの!
確かこの10分後、親父は救急車で運ばれたんだよ! |
博士 |
えっ!?
ケンちゃんの身になにが!? |
板谷 |
脱水状態だって。
ヤキソバの作りすぎで。
昼間から休み無しで
8時間くらい鉄板の前にいたからな。 |
博士 |
命がけかい!
ヤキソバくらい楽しく焼こうよ! |
板谷 |
そういうこと出来ないみたいね、ウチの親父は。
特にヤキソバには
人一倍こだわりがあるみてえだし。 |
博士 |
と、言うと? |
板谷 |
自分で編み出した技があるんだよ。
秘技「アゲハチョウ」って言うんだけど。
こうヤキソバをひっくり返すときに、
コテ持った両手をアゲハチョウの羽みたいに
大きく広げるんだよ。
それが近所のオバチャンたちに評判良くてさ。 |
博士 |
それ、カッコイイっていうか‥‥ |
板谷 |
モチロン失笑だよ。
実際動きは派手だけど、
ヤキソバの半分は鉄板から飛び出して
食いモンになんねえもん。
でも親父の野郎、みんなが笑うもんだから
ウケてるって勘違いしやがってさ、
延々その「アゲハチョウ」を
繰り出してた挙げ句‥‥ |
博士 |
遂に力尽きたんじゃな。
そしてその直前の表情が‥‥ |
板谷 |
見てくれよ‥‥
この恍惚に包まれた無垢な天使を‥‥
親が完全なトランス状態で写ってる写真なんて
そうあるもんじゃねえぜ。 |
博士 |
確かに‥‥コメント無用のピュアスマイルじゃな。
灼熱の鉄板を前に8時間
ヤキソバを焼き続けた者だけが辿り着ける
究極の境地じゃ! |
板谷 |
おだてるとスグ調子に乗るんだよ。
誰の期待に応えてるんだか常に体鍛えてるしな。
つーか、サービス精神と無駄な筋肉が合体すると
周りが迷惑するだけなんだよ! |
博士 |
なかなかどうして
貴重な存在だと思うがな。 |
板谷 |
まあ、バカは平和の象徴だからな。
案外目には見えない部分で親父のバカが
立川の平和を守ってるのかもしれねえな。 |
博士 |
世の中のバランスって、
こういう人たちで保たれてるんじゃぞい! |
板谷 |
その分、シワ寄せはゼ〜ンブ
家族に来るんだっつーの!! |
博士 |
ごめんなさ〜い!!
|