From: 糸井 重里
To: 渡辺 謙
Subject: Re: しぶとく、梅の続き・・・。

渡辺謙さま

糸井重里です。
日本にいると、停電というのは言葉としては覚えがありますが、
ずいぶん長いこと、体験してません。
先進国アメリカの停電って、なんかさまざまな事情が
想像できておもしろいですね。

「ベンチ」のこと、横に、隣にいるということ、
ずっと前々から考えていたことでもあるのですが、
あんまり人に話したことがなかったので、
おもしろがっていただけると、ほんとにうれしいです。
いま、自分の会社は、
個人事務所のときのまま、
東京糸井重里事務所というのですが、
それを変えることがあるなら、「ベンチ」もいいなぁ、と
思っているんです。
野球でも、ベンチって、攻撃の時にみんなのいる場所で、
ずっとベンチにいてフィールドに出られない選手もいたり、
とにかくベンチ入りすることが目標の選手もいたり、
とてもおもしろい場だと思うんですよね。
ぜひぜひ、朝令暮改を実行なさってください。
あらゆる問題と、「隣り合う」というのは、いいなぁ。

俳優という仕事についても、きっと、
役と隣り合っているいるうちに、
気持ちが混じり合っちゃうんでしょうね。
悪役をやるにしても、ものすごく神経質な人をやるにしても、
(線の上にいっしょにいて)隣り合わせに腰かけて、
同じような視線を世界に向けているうちには、
利害が共通してしまうんじゃないかと、
ちょっとおもしろがりながら、考えました。

いや、その、若い冒険的な経営者が、
とんでもない無理なことをしたりするのも、
「役割としての冒険家」という自分と、
隣り合わせに座って同じ世界を見ているうちに、
利害が共通しちゃったんだろうな、と思ったのです。
ふと、ね。
役者じゃない人間も、みんな
かなり役者として生きていますから。

自分のことでいうと、役者とか演技とかに
とても憧れを持っているのに、
どうにも演じることができにくいのが、残念でしょうがない。
大好きなのに、別の役割を演じることができないのは、
けっこう無念なんですよ。
だからか、俳優の方々のことは、うらやましいと思ってます。

投げかけた質問の、「外国」を経験したことによっての、
なにか変化がありましたか、というようなこと。
まさに、「動いている最中」の思考のような気がして、
とてもおもしろかったです。
ちがう言語、ちがう文化で育った人間どうしが、
なにかをいっしょにやっていくためには、
「分かり合うためのコスト」を、きちんと払う。
そういうことを、自然にできるようになっているんでしょうね。
で、それが、日本での仕事の仕方にも
大きく影響しているらしいこと。
それに、興味があったのです。
そうなんだろうなぁ、と思えます。

共演の「樋口さん」から、ちらちらっと聞いたのですが、
「これは、監督と謙さんが話しあって決めたセリフです」
というセリフが、よくあったらしいですね。
そこでそのセリフでなければならない必然性を、
話し合って鍛えていける相手がいたり、
そういう場があるということは、
苦しさも倍でしょうし、よろこびも倍、
というような現場なんだと思いました。
説明しきれないかもしれないけれど、
分かり合うために「やりとり」をする。
そのコストは、いわば重要な原材料費のようなものでしょう。
そこをケチったら、いい製品はできないんだよなぁ。
と、ぼくは感じました。
で、そのことには、外国の経験が影響しているのかな、と、
想像してみたのです。

>ようやく外国人とベンチで隣同士になるのが、
>窮屈だったり面倒くさくなくなった気がしています。

大統領から、旅行者まで、
そうなったらいいですよねー。

ようやく女性とベンチで隣同士になるのが、
窮屈だったり面倒くさくなくなった気がしています。

ようやく老人とベンチで隣同士になるのが、
窮屈だったり面倒くさくなくなった気がしています。

ようやく子どもとベンチで隣同士になるのが、
窮屈だったり面倒くさくなくなった気がしています。

ようやく悪人とベンチで隣同士になるのが、
窮屈だったり面倒くさくなくなった気がしています。

ようやく外国人とベンチで隣同士になるのが、
窮屈だったり面倒くさくなくなった気がしています。

ようやく敵とベンチで隣同士になるのが、
窮屈だったり面倒くさくなくなった気がしています。

ようやく昔の自分とベンチで隣同士になるのが、
窮屈だったり面倒くさくなくなった気がしています。

いくらでも、ベンチで隣同士になれたら、
すごいなぁと思いました。

渡辺謙さんの、次の映画のクランクインが、
間近であるということを、ぼくも知ってはいます。
当然、お忙しくなると思うので、
負担にならないようにしてくださいね。

で、どういうわけか、メールを書ける余裕があったり、
気分転換に日本語でも書くか、という気持ちになったら、
次のメールをください。

何を書くことも、もちろん自由ですが、
もし、なにかとっかかりがあったらいいな、と思った場合には、
ロケ地のこと、あの映画のなかの「景色」のことについて、
話してください。
再出発した佐伯夫婦は、
あの山の景色のなかに溶け込んでいくんですものね。

じゃ、風呂に入ります。

またのメールを、のんびりたのしみにしてます。

2006-04-11-TUE



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