きみはなぜ働くか。
渡辺美樹
  ‥‥ほか


吉野 僕、はたらくってことについて、
とくに悩んでないんですけど‥‥いいですか?
── あ、そりゃもちろん、大丈夫です(笑)。
吉野 悩んでいる人だけのための本じゃ
ないですもんね。
── そうです。
吉野 じゃ、よろしくおねがいします。
── とくに悩んでないってことはつまり、
毎日、楽しくはたらいてらっしゃると?
吉野 いえ、まぁ、他の人といっしょですよ。

はたらくこと自体は好きですし
楽しいですけれど、
「あー、もう今日は帰りたいなぁ」って日も
やっぱり、ありますから。
── なるほど、それはまぁ、そうか。
吉野 もちろん、今の仕事に関していえば、
本好きだった人間が
本屋になれて、
お給料をもらえているんだから、
ほんと幸せだなあと思ってますけどね。
── 書店員のかたって、
けっこう、そうおっしゃいますよね。
吉野 読書がキライだ、という書店員は‥‥
いないんじゃないかと思います、たぶん。

うち(紀伊國屋書店)の採用面接のときもね、
「趣味はなんですか?」と聞かれて。
── ほう。
吉野 「ただし、読書以外で」と。
── ははぁ、そこは前提なんですね‥‥なるほどー。
吉野 で‥‥今日の取材の主旨なんですけれども。
── あ、ありがとうございます(笑)。
吉野 もし、僕がビジネスフロアの担当だったら
WATAMIの社長である
渡辺美樹さんの『きみはなぜ働くか。』を中心に、
北尾吉孝さんの『何のために働くのか』、
田坂宏志さんの『なぜ、働くのか』あたりの本と
いっしょに並べると思います。
── うわ、直球勝負ですね。
吉野 ええ、ヘンにひねらず、ビジネスな感じで。
── ここまでのストレートな並べかたは、
今まで、ありませんでしたよ。
吉野 へぇ、それはかえって意外ですけど。
── 理由をお伺いしても?
吉野 えーと、まず『はたらきたい。』以外は
どれもみんな、真面目な本ばかりですね。
── ええ、あの‥‥はい。
吉野 いや、もちろん『はたらきたい。』が
不真面目だとか、
ふざけてるとかって言ってるわけじゃないですよ。
── はい、わかります。
他の本とはアプローチが違いますから。
吉野 そう、アプローチのしかたは
ちょっと突出して「変わってる」んですけれど、
読み終えたあとの「気持ち」が
同じようなところに行きつく本と並べたんです。
── つまりそれは‥‥どういう本であると?
吉野 「就職の本」じゃないってことです。
── えー‥‥。
吉野 すでに「はたらいている人」のほうが
おもしろく読めるんじゃないかと思う。
── なるほど、そういう意味ですか。
吉野 「仕事観」や「はたらく論」の本。
僕には、そう読めました。
── 同じ意見は、けっこういただきます。
吉野 やっぱり、社会ではたらきだしてみると、
思い描いていたとおりじゃなかったなってことが、
けっこう、あるじゃないですか。
── ええ、あります。
吉野 いまの自分の仕事の「哲学」といったら
おおげさかもしれないけど‥‥、
職業観のようなものを振り返ってみるのに、
役に立つような本だと思うんです。
── 自分は何をたいせつにしてるんだろう、と。
吉野 もっと具体的にいうなら‥‥そうですね、
たとえば、社会人になって何年か経ったとき、
誰しもかならず、つまづくと思うんですよ。
── ええ。
吉野 そんなときに読むといいんじゃないかと思う。

大事なことをいってるんだけど、
なんか、気がラクになりそうな本ですしね。
── 仕事って「楽しんでいいんだ」ってことがわかった、
というメールも、けっこうとどきます。
吉野 実際の読者層は、どういう感じなんですか?
── 正確にはわからないんですけれど、
メールから判断するに、
やはり「就職活動を控えた学生さん」の比率が
いちばん高いと思います。
吉野 うん、そうでしょうね。
── その次に、はたらきだしてから数年のかた。

あくまでもメールの印象からの推測ですが、
だいたい「30歳前後の社会人」です。
吉野 僕と同じくらいだ。
── そう、で、その次くらいに、
「就職活動を控えた学生さん」を、
お子さんや学校の後輩にお持ちのかたが
「プレゼントしました」と。
吉野 へぇ、そんな需要もあるんだ‥‥そうですか。

僕、就職活動の学生さんが
ここんとこ読んだらいいのにって思ったのが、
みうらじゅんさんのページで。
── ああ、あのページは、
なんといいますか‥‥人気コーナーです(笑)。
吉野 「就職の本」として読んだら
まったく異様なページなんですけど(笑)、
じつは、ずいぶん核心をついてると思う。
── 「面接では
 釈迦十大弟子で誰が好きかということを
 聞かれてもいないのに言え」‥‥など、はじめ。
吉野 それって要するに、
自分のペースに持っていくというかね‥‥
ようするに、
面接官の機先を制するってことでしょう?
── まぁ(笑)、みうらさんのページには、
「一見、まったく役に立たないようでいて
 意外と役に立ちました」という
読者からのメールが、ずいぶんとどきますね。
吉野 単におもしろいだけじゃないぞ、と。
── はい(笑)。
吉野 もっとも、みうらさんの言うことに対して、
自分なりのアレンジは必要でしょうけど。
── なにしろ「釈迦十大弟子」ですからね‥‥。
吉野 でも、戦略的に組み立ててみたら、
かなり「つかえる」メソッドかもしれませんよ?
── ただ、『はたらきたい。』のコンセプトに照らすと
「面接でつかえるぞ!」というのは、
裏腹というか、かなり逆説的なんですが‥‥(笑)。
吉野 あはははは、そうか(笑)。
── それじゃあ、最後に、お聞きしたいんですが、
本屋さんをやっていくうえで
たいせつにしていることって何かありますか?
吉野 そうですね‥‥。

本屋をやっていておもしろいなと思うのは、
本の動きが、世相を反映するんです。
── というと?
吉野 つまり、金融が破綻したら経済の本が売れるし、
国会がゴタゴタしていたら国会の本が売れる。

いま、人々がどんなことに興味を持っているかが、
本の動きをとおして見えてくるんです。
── なるほど、それは、おもしろそうですね。
吉野 だから、ダイエットに興味がなくても
「ああ、いまは『バナナ』なんだな」ってことが
なんとなく、わかったりする。
── 知りあいの書店員さんに
「新聞を読むときは、まず訃報欄から」って
聞いたことがあります。

追悼フェアができるかもしれないからって。
吉野 うん、そういうふうに、事件や事故、
社会の動きなどを
本に結び付けるクセがついてくるんですよね、
書店人をやっていると。

で、フェアを仕掛けて
それがお客さんの興味とピタっときたとき、
ほんとうに、うれしいんです。

ですから、世のなかに対する興味を、
ずっと持ち続けていなきゃなって思ってます。
── それが、書店員さんのとして
吉野さんが「たいせつにしていること」。
吉野 あとは、まあ、本を好きでいるってことかな。
── ああ‥‥。
吉野 紀伊國屋の書店人ですから、
当たり前なんですけどね(笑)。


012
以前、ある雑誌で、
社長さんや、それなりの肩書きのある人に
百冊の本を挙げてもらう、という
インタビューをやったんです。
そこでいちばん多く挙ったのが「デカルト」でした。
なかでも『方法序説』。
原理的なものや、普遍的なものって、
古ければ古いほど「使える」んですよ。
永江朗(書評家)
『はたらきたい。』所収
 「100のことば」より抜粋(p41)

次回・最終回の更新は12月7日(日)となります。
TSUTAYA 本部から
池側真樹子さんにご登場いただきます。

2008-11-30-SUN



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