佐伯 | わたしはずっと オードリー・ヘップバーンに憧れていたので、 主人と結婚するとき、 これだけはお願いします、 と言ったことがあるんです。 |
糸井 | なんでしょう。 |
佐伯 | 朝のおはようのチューと、 いってらっしゃいのチューと、 ただいまのチュー、 おやすみのチュー。 |
糸井 | オードリー・ヘップバーンとしてねぇ(笑)。 |
佐伯 | そう、和製ヘップバーンとしては(笑)。 腕を組んだり、手つなぐことも、 男の人は顔ではいやがってても やっていればそのまま、 なんにも言わないですよね。 |
糸井 | ご主人、きっとやさしい方だったんですね。 |
佐伯 | はい。やさしい人でした。 ふたりで、75歳になったときにこうしよう、 ということをよく話していました。 主人と叶えたかったその夢を これからやっていきたいと思ってるんです。 |
糸井 | それは、どういう夢ですか。 |
佐伯 | 山のなかの家で、 平屋で、床暖(ゆかだん)で、囲炉裏があって 土間に犬とか猫とかにわとりとかが いっぱいいる、というような生活です。 |
糸井 | ああ、いいですね。 そういうことって信じていいですよね。 |
佐伯 | ちっちゃくていいのでね、 お風呂だけがちょっと贅沢で、 キッチンはちっちゃくて。 |
糸井 | ものすごく現実的ですね(笑)。 |
佐伯 | わたしは、幼いころから アバウトな夢がダメだったんです。 |
糸井 | うん、うん、わかります。 頭でちゃんと形にするから実現するんだ、 ということ、よくわかります。 |
佐伯 | ああ、そうですね。 |
糸井 | 漠然と「田舎暮らししたいんだ」では 辿りつかないんです。 囲炉裏が見えないとね。 ぼくね、釣りをはじめたとき、 釣りの先輩から 「糸井さん、水の中が見えますか?」 と言われたんです。 水の状態はどうなっているか、 糸の先についてる重さのある物体が 底をどう引っ張ってるか、 全部見えなきゃダメだよ、と。 |
佐伯 | そうなんですか。 |
糸井 | 釣りを続けていくうちに、 そうやって言われたことが ぼくにもだんだんわかるようになって、 水の中が見えるようになりました。 そうしたらその人、次にこう言ったんですよ。 「それはカラーで見えますか?」 |
佐伯 | まだ、上があったんですね。 |
糸井 | 自分の得意なことについては、 どんどんカラーで見えてくるんでしょう。 その人の言っている意味は、よくわかります。 それは、どんなものについても言えることで、 アイディアなんて出てこなくても、 いいものができたときの お客さんの笑顔や自分のうれしさが 具体的に見えて、 頭の中に用意されてるんですよね。 |
佐伯 | ええ、わかります。 |
糸井 | そこまで見えてる人は 実現しちゃうんですよ、きっと。 だけど、得意じゃないことについては見えないし つい大きな夢を語りがちです。 それじゃ、しょうがないわけです。 ところで‥‥その山のなかの家、 すぐ実現できちゃったりしても、困りますね。 |
佐伯 | はい、まだ、あと10年くらい かかりそうなんです。 |
糸井 | そこもまた具体的ですね。 じゃあ、76までは、忙しくなっちゃいますね。 |
佐伯 | そうなんです。 それまでは、休みが欲しいとか言いませんよ。 休みは一切なくていい。 |
糸井 | 休むくらいなら孫弟子のところに(笑)。 |
佐伯 | そう、行きたいんですよ。 そしてみんなに、 高い化粧品だけじゃなく、 技術できれいになってもらいたい。 歳を重ねた人ほど、エステに来てほしい。 そのことを実現できる弟子をいま、 学校を作って育ててるんです。 そういう人が各都道府県にひとりずつ、 いてほしいと思ってるんですよ。 |
糸井 | うん、いいですね。 |
佐伯 | そしてわたしは、 ヘップバーンの赤いミニカーに乗って 蕎麦巡礼しながら、 全国のお店をずーっと、 |
糸井 | 蕎麦巡礼しながら(笑)。 |
佐伯 | まわりたいなぁ。 そして、山のなかの家に帰って 囲炉裏でのんびりする、 それが夢なんです。 (つづきます) |
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(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN |