COOK
調理場という戦場。
コート・ドールの斉須さんの仕事論。

第5回 子どものような、踊るような経営。


ほぼ日 斉須さんが尊敬している
お店のオーナーのことをお話いただけますか?
斉須 以前働いていた
ヴィヴァロワというレストランの
クロード・ペイローさん。
彼のことは、ほんとうに尊敬しています。
お店の中には、
彼のスピリットが詰まっていました。

もう、引退されましたが、
ぼくは、ペイローさんの心を
日本で体現したいと思っているぐらいです。

ペイローさんは、
自分でやれる大きさ以上には
手を出さない
んですよ。
簡単そうで、むつかしいように思います。
で、いつもうれしそうに、
楽しそうに仕事をしていました。
ぼくは、そういう人になりたかった。

そして、姑息さもないんです。
表も裏も、まったく変わりがない。
お客さんがすごく喜んで
「今日の料理は素晴らしかった」
と言ったら、厨房に連れてくるんです。
「素晴らしいのはわたしじゃない。
 この人が作ったんですよ、この子」
って、紹介する・・・。

本人がやっていることと言えば、
一日じゅう掃除をしていることなわけで。
ほとんど、掃除しかしていないんですよ。
彼の姿というと、ほとんどの印象が
「掃除をしている時の姿」
です。
ほぼ日 つまり、
人に押しつけるのではなく、
いいと思ったことを自分が率先してやって、
そういうスタイルの好ましさを、
みずから全身で表現している人、ですね?
斉須 ええ。
レストランにおいてほんとうに重要なのは
何よりも清潔度なんだということだとか、
お客さんに対する家庭的な態度だとか、
そういった大切なことの大半を、
彼から教わったような気がします。

「教わった」って言っても
彼は何も言いませんし、
教えたなんて思ってないでしょうけどね。
常に「好きだからやっている」という姿勢で
お店にいる人でしたから。

そうやって「好きだから」
という考え方をすれば、
楽しくもあり悔しくもなく、
みんな楽しくやれるんだなっていうのが、
ほんとうによくわかりました。

商売をやっているのだか、
遊んでいるんだか、
何をやっているかわかんない人なんです。
そして、精神的にも物質的にも、
常に、人におみやげをあげている。

ほぼ日 常にプレゼント、なのですか?
斉須 ええ、彼は絶対に
ソンをしていたと思うんです。
肉体的にも、金銭的にも。
それでも、社会事業のように、
いいと思ったことをやったり、
好きだと思った人に親切にしていました。

ぼくが1年半だけはたらいた時には、
彼のほんとうのすごさを、
わかっていなかったのですが、
離れてみて、自分で店を持ってみると、
あんな、踊るように経営をしているのが、
いかにすごいことかを、痛感しましたね。
あれは、なかなかできない。

それに、やんちゃで、魅力的なんです。
彼はリーダーの役を演じているんですけれども、
照れがあって、やんちゃなところが
時々、出てしまってました。

ほんとうに超一流なはずなのに、
アマチュアなところも
ボロッとぼくらに見せてしまえる。
そうすると、こちらは、
「もしかしたら、
 この人のようになれるかも」

って思ってしまうんですよ。
ほぼ日 ペイローさんが、オーナーとして、
スタッフを叱る場面はありましたか?
斉須 はい。
そのお店のメンバーの20人ぐらいが
何をしたら叱られるかと言いますと・・・。
「ずるいことをした」
「お店をきたなくした」
「食材のムダを出した」
という時ぐらい。
ほぼ日 だいたい、
子どものできていることが
できていれば、だいじょうぶですね。
斉須 ええ。
それは、ぼくも学びました。
ほぼ日 そこのお店のスタッフたちは、
うまく機能していたんですか?
何人もスタッフがいるのですから、
お店の雰囲気がギスギスしたりとか、
そういう時は、なかったのでしょうか?
斉須 ありましたよ。
ペイローさんも、
かなり起伏の激しい人でしたからねぇ。

・・・まぁ、子どもみたいな人なんですよ。
ギスギスする場合は、だいたい
ペイローさんが原因です。

たとえば、彼は、サービスのために、
メニューに乗っていないものを、
特別に作らせていました。

ところが、お客さんの中には、
「古くなりかけた、悪いものを、
 はやめに食べさせたいんじゃないか」
というように受け止める人もいるわけです。
そういうことを言われると、
子どものように落ち込んじゃうんです。

「フアァァァ・・・」って。
「そんなこと言うなんて、ひどいよ・・・」
とか言いながら、奥さんとどっか行っちゃう。
ほぼ日 (笑)
斉須 「いちばんいい素材だからこそ、
 特別な料理にして出しているんだ。
 しかも、いちばんはやく食べて欲しい、
 と思って先に出したのに・・・」
と。

食べる人が冷めた態度を取ると、
思いが伝わらないもどかしさがあって、
ギスギスするわけですけれども。

「どうしてこの舌平目のパイを、
 はやく出してあげないんだ。
 パイが焼き上がって
 サクサクした状態の時に、
 出してあげようよ!」

置き去りにされた料理を
かわいそうだと思って、
ダダをこねちゃうというか、
切れちゃうんですよ。

まあ、そういうことで
場がぐしゃぐしゃになったりということが
多々、ありましたけれどもねぇ。
ぐしゃぐしゃにしたあとには、
戻ってこない、っていう(笑)。
ほぼ日 (笑)わかりやすくて、いいですね。
斉須 すごいピュアなんですよ。
でも、純度が高すぎちゃうの。
思いが一途で、いじらしい。
オーナーシェフが、
そんなにダダこねてどうするんだ、

っていうようなことに関しても、
もう、誠心誠意、やっちゃうんですから。
ほぼ日 こだわることは、お店にとっては、
いいことかもしれないですよね?
斉須 いやぁ、従業員にとっては、
すごくやりづらい・・・(笑)。

彼は食べもののほうの都合を
重視しすぎてるもの!(笑)

彼の誠実さはわかるんですけれども、
食べにいらしてる人にも、
都合があるんですからね。
・・・まぁ、そんなペイローさんを、
ぼくは、好きでしたけれども。


(つづきます)

2002-01-28-MON
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