ITOI
ダーリンコラム

<すぐには儲からないことをするビジネス>


企業というのは、もちろん利益を追求する組織なんだけれど、
それだけを絶対的な目的にしてしまうと、
おかしなことになる。

そういう例が、このところあちこちで見受けられる。
例に出してはもうしわけないけれど、
雪印だとかニッポンハムだとか、そういうことでの失敗を
いまでも必死で取りかえそうとしている。

目的はシンプルなほど効率よく動けるから、
「利益追求」という旗印を掲げたら、
企業はとてもわかりやすくなる。

だけど、そのわかりやすさは、つまりその、
「なにかがサボってる」状態なのではないかと思うのだ。
その企業が「社会にあったほうがいい」という理由が、
それをいつも追求することが、忘れられているのではないか。
一見、直接的には利益にならなそうなことでも、
自分たちと市場のよろこびにつながるならば、
やりたくなるものだし、やったほうが組織も活性化する。

問題は、そういう、
直接の数字的な利益の見えにくい仕事をして、
企業が成り立っていくかどうかということだ。
倒れちゃったら、これはこれでおおいに困るに決まってる。
いちばんいいのは、
みんなのためになることが、自分の会社の利益になることだ。
理想主義的に思われるかもしれないけれど、
ぼくは、これしか、これからの企業の生き方はないと思う。
どんなに利益をあげて、どれほど大きくなっても、
ダメになるのは簡単な時代なのだ。

なんでこんなことを書こうと思いついたか、
きっかけになった話をしよう。

ぼくがよく人に勧めている「オカカ7」という
「かつお節削り器」がある。
趣味にうるさい人は「昔ながらの『削り箱』でなきゃ』と
言うのだけれど、あれはカンナの刃を研ぐということが
ちゃんとできなきゃ使い続けるのは無理だ。
ぼくは、この『オカカ7』という道具を、
『通販生活』という雑誌で知ったのだけれど、
もう、それから10年近く使い続けている。

削りたてのかつお節でダシをとった味噌汁はうまい。
煮物にも、おひたしの上にパラパラかけるにも、
納豆にまぜるにも、削りたてのオカカは欠かせない。
それが、簡単にできるのだから、
当然、この『オカカ7』という道具も欠かせないわけだ。

ただ、道具はあっても、食べるのは道具じゃないわけで、
かつお節を削ったものを、
ぼくらはうまいうまいと食べるわけだから、
素材になるかつお節は、どこかで買ってくる必要がある。
しかし、一本まるまるいい「花(オカカのこと)」ができる
良質のかつお節を手に入れることは、
なかなかムツカシイのである。
高級食料品店で買っても、当たりハズレがある。
一本のかつお節で、何度も削れるから、
あらかじめ削ってあるやつに比べたら安上がりとも言えるが、
ハズレの一本を買ってしまったら、割高になってしまう。
しかも、落語のなかで「鬼のツノ」に見立てられた
あのかつお節をまるごとで売っている店も、かなり少ない。

『オカカ7』をメディアだとすると、
かつお節はコンテンツである。
道具がビデオデッキだとしたら、かつお節はビデオテープだ。
番組がなきゃ、はじまらないということだ。

と思っていたら、『オカカ7』製造元の愛工業株式会社さん、
なんと、かつお節を探しだして、いっしょに売るようにした。
日本中から、かつお節つくりの名人という人を探しだして、
そこで作られている製品を、販売するようにしはじめたのだ。
たぶん、なのだけれど、このかつお節の販売は、
そこにかける労働のコストや投資に比べたら、
割りに合わない仕事だとは思うのだ。
最近では、さらに社長が直接北海道に渡って、
良質の昆布を探してきたりしているようだ。

ひょっとすると、対企業の大きな機械で
営業的には成り立っている会社なのかもしれないが、
おそらく、かつお節や昆布の販売は、
いま現在「ビジネス」としては楽でないと想像するのだ。

もちろん、いずれ、この試みというか開発魂は、
大きなビジネスの種子になるだろうとも言えるけれど、
なによりも、出発点に「オカカ7」を買った人たちへの
サービスの意味が強いように思えるのだ。

ぼく自身が、ユーザーのひとりとして、
ほんとに満足しているのも、
この会社の「思い」が通じているからだと思うのだ。
どれくらいの規模の、どういう会社なのか
よく知らないままなのだけれど、
この愛工業の「思い」が、ちゃんとみんなに伝わって、
ビジネスとしてもうまくいくといいなぁと、
ちょっと無責任な立場なのですが、祈っている次第です。

でもなぁ、かつお節を削っておいしいダシをとることが、
どれだけ多くの家庭で行われるかを考えると、
なかなか発展性としてはムツカシイものもあるんだよなぁ。
それは、「SKIP」で、おいしいタマネギを売るときに、
「ふつうのタマネギでいいじゃない」って声に対して、
「それはイケナイです」と言えないのと同じことでさ。
ダシの素でつくった味噌汁を否定することなく、
削りたてのかつお節のおいしさをわかってもらって、
使ってもらうということも、簡単じゃないよなぁ。
しかし、日本の人口は多いんだし、
日本人の1%が使っても、100万人にはなるんだし、
あきらめずにやっていきましょう、だ。

たぶん直接的には「利益」につながりにくい仕事を、
こんなふうに懸命にやっている会社が、
うまくいくといいなぁと、かつお節ながめつつ、
思っていたのであります。

仕事したこともないし、お会いしたこともない
愛工業株式会社のことですが、
ついつい、応援したくなって書いてしまいました。
(ただ、愛工業は「ほぼ日のれん会」会員なので、
通販申込みのときに、そのむね記しておくか、
センサー会員番号を知らせると、オマケがあります)

2002-10-21-MON

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