ITOI
ダーリンコラム

<名前、それは>

ぼくの仕事のなかには、
「ネーミング」という分類になるものがあって、
いちおう、専門家だということになっている。
姓名判断をするわけでもないし、
何か統計的なシステムを抱えているわけでもないのに、
専門家なのである。
ちょっとスミマセンという気持ちもあるけれど、
やっぱりそれなりの自信もあったりする。

名前というのは、基本的にひとつしか付けられないので、
それに決まったとき、そして、それが使われている間、
「なるほどねー」と思ってもらえないといけない。
「もっと、他にもあったんじゃないかなぁ?」というような
残尿感の残る名前は、あんまりよくないわけだ。
かといって、個性がくっきり出過ぎているということが、
必ずしもよいとは限らないということもある。
大きい影響力を持つ企業などが、
あんまりキャラクターの強い名前を付けたりすると、
名前の響きに「腹いっぱい」になってしまうので、
「くどいな」と思われてしまう。
こういう場合は、気持ちのよい景色くらいのイメージで
ぐっと我慢しなくてはいけない。

それはそうと、ローマ字で表記した「NAMAE」と、
英語の「NAME」がよく似ているのはおもしろいね。
ぼくはよくタイピングのミスで、
「なまえ」と打とうとして「なめ」と、
ついやらかしてしまうことが多い。
「なめ」は指の動きとしては「name」なのであるからして、
思えば、正しいじゃん!と、ひとりで思っている。
・・・・どうでもいいことでしたが。

ネーミングを仕事というかたちで引き受ける場合、
作るまでよりも、作ってからのほうに集中力と根気がいる。
できた名前が、人々のなかにどういうふうに受け入れられて
どういうふうに風化していったり、
どんな感じで苔がはえていくのかについて、
けっこう長いこと想像し続けるのだ。
「時間に耐えなきゃいけない」ということが、大事なのだ。

若い広告屋さんが、よくやらかしてしまうのが、
「出合い頭のインパクト」を強調するあまりに、
後で恥ずかしいことになっちまう表現にしてしまうことだ。
超がつくほどの、別格と言われるような一流ならともかく、
名刺のデザインなどが
「さすがデザイナーらしいですね」などと
感じられてしまうものは基本的にはマズイ。
確信犯的に
「まず、一発目立っておいて」という戦略の場合でも、
一発目立った直後に「実力のほどを見せつける」ような
相当なことをやらないと、信用も期待もなくしてしまう。

また、これも、無意識にやらかしてしまうのだけれど、
名前のなかには、よく自分の弱点が入り込んでしまう。
「インテリジェンス」という言葉が社名にある会社は、
インテリジェンスがどれほど大切かを意識している。
たぶん、そうだと思うし、そう思われたいのだろう。
しかし、インテリジェンスがあったおかげでうまく行った、
などという経験は、そうできるものではない。
「インテリジェンスがもっとあったら、
 もっとうまく行ったのになぁ」という悔しい気持ちが、
インテリジェンスという言葉を意識させるものだ。
だから、つまり、かわいそうなことに、
「インテリジェンスという言葉が社名に入っている会社は、
 インテリジェンスという面で弱い」のではないかと、
思われてしまう可能性が高い。
コワイでしょう?
「ワールド」だとか「インターナショナル」だとか、
いま現在国際的な仕事がメインでないのに、
そういう単語を使っていると、
「そういうことに、弱いのだろうなぁ」と、受け取られる。

ぼく自身が「東京糸井重里事務所」という社名にしたのは、
ぼくが地方出身者で、東京という都会に対して
根っこにコンプレックスを持っているからで、
いっそその気分を見せてしまえ、という決断をしたからだ。
東京生まれの人だったら、
自分の事務所の頭に「東京」なんて付けにくいと思うよ。
身に付いた金持ちの人は、自分の子供の名前に
「豊」とか「冨」なんて付けにくいだろうと思うのだ。

こんなふうに、いや、まだまださらに、
ものすごく、神経症的なくらいにいっぱい考えることが、
名前にはあるわけでして、
それを、くそ真面目にいっぱい考えるので、
ぼくはネーミングを職業にしたりできているのでしょう。
ネーミングというのは「短いコピー」だから、
けっこうむつかしいのです。
書名の『海馬』というのも、たった2文字ですが、
他のネーミング候補のすべてに勝つ名前だったと思うし、
海外絵本の『I SPY』というタイトルを、
『ミッケ』と翻訳したのも、ネーミングの仕事であります。
そうそう、先日の酒粕の元になったお酒、
『有りがたし』というのも、仕事ではなかったけれど、
専門家としての方法で作ったものでした。

あんまり仕事らしい仕事の例をあげても
おもしろくはないですね。
「あえて、小ささや個性をねらった」ネーミングも、
ときどき、ぼくは引き受けているので、
そっちを紹介しましょう。
昔、ありもしないゲートボール団体の
Tシャツを作りました。
そこにプリントした団体名は、
『K.G.B.』(関西ゲートボールクラブの略)でした。
あるようなないような、ないようなあるような、でしょ。
これはTシャツだけ作って、ゲームは1回もしなかった。
あと、「ほぼ日」の『あはれといふこと』を連載中の、
フリーのコピーライター小林秀雄先生の社名は、
ぼくにまかされたので、『おてもやん企画』としました。
これは、この名前でも持つだけの彼の人格があればこそ、
「セーフ!」な、ギリギリの名前です。

土曜の午後に、なーにを書こうかなぁとぼんやりしてて、
こんなふうなものを書いたので、
このまんま「ダーリンコラム」の原稿にしますね。

2003-04-14-MON

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