ITOI
ダーリンコラム

<プロポーズは、こちらから>

ぼくは、もともとコピーライターという職業で、
税務署なんかでは「自由業」という分野の人間でした。
自由業にも、経済や経営はないことはないのですが、
どちらかといえば、
「こちとら職人でえい」といった、
よくわからない美意識だか意気込みだかがあって、
経済や経営を考えることなしに生きてきました。

しかし、周りを見渡すと
欲の深さにグラデーションはあるけれど、
ぼくの知っているだいたいの人は、
経済や経営に詳しくなかったみたいですね。

「ほぼ日」読者も、そういう人がけっこう多いらしく、
ぼくが経済や経営のシロウトとして、
いちいちびっくりしたり学んだりしていることが、
そのまま『自分も知っておくべきこと』と
感じられているようです。

ぼくは、「ほぼ日」をはじめる前までは、
いちおう会社のかたちはとっていましたが、
最大で4人くらいの規模のチームを動かすだけで、
ああ面倒くさいああ面倒くさいと思っていました。
ま、いわば「職人さんとお弟子さん」という最小単位で、
先がどうなろうがお天気しだいと考えていましたから。

しかし、いまのようなことをやるようになってから、
「指揮」だとか「方法」「戦略」といったような、
複数の人間の人生に責任を持つような動きができないと
やっていけないことになりました。
捨て鉢になったり、感情のままに投げ出したりしたら、
大勢の人たちに迷惑をかけることになります。
かといって、そういう練習を
まったくやってこなかったので、
どうしていいかわからないことばかりだったのです。

わからないときには、聞けばいい。
そういう開き直りができる性格だったので、
いろんな先輩方に、
重要なことを相談するようになりました。
邱永漢さんや、末永徹さんなどは、相談相手だけでなく、
大事な「ほぼ日」の執筆者でもあります。

他にも、相談したら最高の答えをプレゼントしてくれる人が
いろんな局面でいます。ありがたいことです。
なかでも、年下だけれどぼくには巨大に見えるYさんは、
何度もびっくりするほど的確な助言をくれました。
そのうちのひとつを分けてあげましょう。

ぼくが、いろんな「いい話」が舞い込んできて、
引き受けるべきかどうかについての判断を、
迷っていたときのことでした。
引き受けたほうが、経済的には楽になるし、
きっと「ほぼ日」にも活気がでるにちがいないのです。
ただ、なんとなく、そういう次元では
もっと「いい話」だってありそうだし、
引き受けて成功させられるという保証はできないのです。
そんなときの、判断の基準って、
あるのだったら、知りたいと思うでしょう?

さっぱりとYさんは、言いました。
「イトイさんが、やりたいと思ったら
 やったほうがいいです。
 やりたいんだから、一所懸命やるでしょうし。
 成功するためにどうしたらいいか、
 きっとちゃんと集中してやるでしょうから」

あ、たしかに、そうかもしれない。
でも、やりたい!というのではないみたいなんですよ。

「とりあえずの金のためとかだったら、
 それはやりたいってのとは違いますよね。
 だから、やらなくていいんじゃないですか。

 何かを頼まれるときっていうのは、
 頼んでくる人のほうに足りないものがあるんです。
 自分の力だけじゃできないってときに、
 はじめて他所の力をあてにするんですよ。
 自分で簡単にできるんだったら、そのほうが簡単だから。
 それができないから、頼んでくるって場合が多いです。
 だけど、何をして欲しいのかがハッキリわかっていたら、
 もう答えは出ているようなものですからね。
 何をして欲しいのかも、あいまいなことが多いんです。

 まぁ、注文はあるんでしょうけれど、
 それに最高の答えを出しても、うまくいかないでしょう。
 ほんとにするべきことがわかっていない人が、
 答えだけ、なんかしら欲しがっているわけですから。
 あとはいい企画さえあれば、とか、
 あとは金さえあればとか、有名ななにかがあればとか。
 それがあったとしても、パズルは埋まるけれど、
 ほんとに素晴らしいことなんかできやしないんです」

あっりゃぁ。そう言われてみれば、そうだろうなぁ。
じゃ、請負い仕事はなんにもできなくなっちゃう?

「そうです。
 頼まれることは、なんにもなくなってもいいんです。
 それがやりたいことなら、
 頼まれたからやるってのとはちがいますよね。
 だから、それは頼まれたことじゃないんです。

 でも、基本的には、いい仕事って、
 いくらでもできるわけじゃないから、
 ほんとは、自分がやりたいことを見つけて、
 門前払いをされてでも頼む側になったほうがいいです。
 自分から本気でやりたいって思ったことは、
 真剣さがちがいますし、相手が力を入れてなかったら、
 自分でそこを埋めようとしますから、
 いい加減にならないでしょう。
 成功が見えやすいです。
 それに、失敗しても、意味がありますから」

まるで小説のなかの先輩のセリフみたいだけど、
ま、こんなアドバイスをもらったりしたわけ。

その後、ぼくはどうしたか。
頼まれた仕事を、ボールを投げられたと考える。
それを、キャッチャーのようにすぐには投げ返さない。
いちど、自分のボールにする。
そして、答えを投げ返すのではなく、
「提案」や「企画」を、頼むというかたちで、
こちらから投げるボールにするのだ。
自分の側に、投げるべき動機がなかったら、やめる。
また、相手が、ぼくの投げたボールに
魅力がないと感じたら、断られるだろう。

つまり、ぼくは、いつでも口説く側に立つことになる。
口説くだけの企画や動機がないなら、
休んでいたほうがいい。
口説かれて、もったいつけて、
「ま、いいけどー」などと言って引き受けるのは、
あとで後悔することが多い。
これって、恋愛論にもなりそうだよね。
プロポーズされたときに、
いちど、返事を腹の中にためて、
翌日、こちらからプロポーズしなおす。
これで、両方が依存関係でなく、
自立した男女の関係を築けるのではなかろうか。

軽く書きはじめたんだけれど、
ずいぶん長くなっちゃったなぁ。
ま、最初にもどって言えば、
こんなふうに、ぼくは職人さんの状態を
乗り越えようとしていたりしているわけです。
ぼくを、おもしろいほど変化させてくれる
ともだち、先輩、本、などなどに感謝します。

じゃ、また来週。

2001-06-18-MON

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