佐藤 |
ぼくはね、記憶力がほんと悪くて。
いろんなことを
どんどん知識として記憶していくのが、
得意な人とそうじゃない人って
やっぱりいるじゃないですか。
で、ぼくは得意じゃなかった。
何も知識として残らないっていうかね。
ま、覚えようという気持ちも、
ないからなんだね。 |
田中 |
覚えなくても、
できればいいじゃないですか(笑)。 |
佐藤 |
『海馬』にもあったけど、
自分が生きていくために、
それが必要だって思わないからさ、
たぶん知識が入っても
流れていっちゃうんだと思うんだけど(笑)。
あるときね、
知識っていらない、
あ、いらないっていうか、
あの、必要なものは、
自然と自分の中に残っていくんだから、と思って、
なんか楽になっちゃった。 |
田中 |
あー。
佐藤さんは、
常にニューラルに自分の状態を
おいておくということが仕事ですから、
ためている知識が少ない分だけ
頭の働きも身軽で、
いいアイデアが出てるんですよ、きっと。
記憶力の話と
今までの仕事の話はつながってますよ(笑)。 |
佐藤 |
印刷技術とかってね、
やればやるほどおもしろくなるわけですよ。
この色にどういうもの入れて、
この紙はこういうふうに刷って、
こうやってやるとこういう質感になるとか。
こういう表現をするときには、
この紙がいいんだとか、
そういうのがね、
知識として
通常どんどん蓄積されていくわけですよね。
ところが、僕の場合は、
覚えようとも思わないんですよ。
ほんとにひどいぐらい。
あ、だから、ときどき迷惑はかけるんですけど、
「これ、佐藤さん、こないだ言いましたよ」って、
「こないだやったじゃないですか」って
言われるんですよね。 |
田中 |
あまり怒られると困るでしょうけど(笑)、
それは、記憶は自分の仕事じゃないと、
きっと思ってらっしゃるからなんでしょうね。 |
佐藤 |
かなぁ。
「誰かに聞けばいいや」っていう
意識があるかもしれない。 |
田中 |
そういう知識は
外部化すればいい話ですもんね、
とにかく。 |
佐藤 |
あー、そうそう。
外部化することだと思うんですよ。
情報っていうのは、
すべて知る必要はなくて、
どこでこの情報が手に入るかということを
知っていれば、
知っている必要は
ないんだっていうことを
リチャード・ソウル・ワーマンっていう、
アメリカの情報デザインの巨匠が書いてた。
世の中も変わってるんだし、
新しい素材が生まれるかもしれないですか。 |
田中 |
そうですよね。
技術も進歩するし、と思ったら、
知識をためても安心できないわけですから。 |
佐藤 |
そう。
逆に、できないことを
知っちゃうっていうのは、
とても危険なことですよね。
あるときできるようになってる可能性もあるので。
だから、いつもどれだけ素人でいられるかって
いうところがありますよね。
それがいい、
自分にとってすごくいいんだな、っていうのは、
ま、とりあえずご飯が食べれて、っていう時に
もしかしたら自信になったかもしれないですね。
ご飯が食べれてるぞ、って思ったときから、
「それでいいんだ」と
思ったかもしれないですね。 |
田中 |
そう思われたのは、
会社を辞めて、
独立されてだいぶん期間が経ってからですか?
その「ご飯食べれてるぞ感」っていうのは。 |
佐藤 |
「ご飯食べれてるぞ感」はですね、
どうなんだろうな。
25才で会社入って、
28で辞めて独立したんですけど。
時代もね、84年に会社辞めたんで、
それからバブルに向かってったでしょう。 |
田中 |
ああ、ちょうど、
87年から90年にかけて、
バブルの波に乗られたんですね。 |
佐藤 |
だから、みんなご飯食べれてたですね、あの時代は。
だから、力があろうがなかろうが、
なにしろ仕事って山ほど世の中にあって。
だからね、その頃はね、逆に、
「ご飯食べれてるぞ感」っていうのはなくて。
むしろ、バブル崩壊後ぐらいですね。
だから会社を84年に辞めて、
10年近く後くらいですよね。
世の中のデザイン事務所が、
無くなっていったり、
広告費削減とかっていって、
やばいぞやばいぞ、ってなったときに、
商品開発関係の仕事って、
自分の仕事の量って、
ぜんぜん減らなかったんですよ。
メーカーって、
どんな時代でも
物はつくんなきゃならないんで。
で、そのときに、
「あれ?待ってよ?
ちょっと待ってよ?ご飯食べれてるぞ」
ていうね(笑)。 |
田中 |
そのときにはじめて実感できたんですか。 |
佐藤 |
世の中がバブルがはじけて、不況になってるのに、
「ご飯食べれてるぞ」って気づいた。
「自分は」というよりも、
クライアントの話をよーく聞いて、
何を困ってるんだろうか、って聞いてね、
それに対してこたえていることが、
「もしかすると
これはいいことなのかな?
ご飯が食べれるってことなのかな?」とか
っていうのは、
そのあたりの時期に思いましたね。 |
田中 |
景気が良いというのは、
三流四流の人がご飯を食べれることで、
不況っていうのは、
一流の人しか食べれない時代だと
聞いたことがあります。 |
佐藤 |
いや、一流かどうかっていうのはね、
自分のことっていうのは、
自分がいちばんわかんないと思うんですよ。
ただ、「ご飯が食べれてるぞ感」って、
独立した人は
どこかで思うんだよね、たぶんね。 |
田中 |
よくフリーの方がおっしゃるには、
銀行が金貸してくれるようになると、
「ご飯が食べれてるぞ感」がしたとか、
現象的な話もありますよね(笑)。 |
佐藤 |
人によって違うんだね。
「ご飯が食べれてるぞ感」って、面白いね。
なんか、「自分はプロなのかもしれない感」に
近いのかな。
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