感心力がビジネスを変える!
田中宏和が、
感心して探求する感心なページ。



第十回
唾液を出させるデザイン



田中 佐藤卓さんの科学者っぽいというあたりって、
実は佐藤雅彦さんとの
共通点かもしれないですね。
佐藤 そうですか。
田中 佐藤雅彦さんも、
CMづくりっていう、
それまで文学部の仕事みたいな、
文科系の仕事だったのを、
理系的にした人じゃないですか。
佐藤 うーん、まったくその通りですね。
田中 卓さんの話、
科学的ですよね。
着想であったりとか、
分析する態度であったりとか。
そこから、違うアイデアを生み、
問題を解決するとか。
そのへんの理系な感じをね、
強く受けますね(笑)。
佐藤 だから、雅彦さんとやってるときはね、
ほんっとに合いましたね。
田中 あっ、そうでしょうねぇ。
佐藤 ものすごく合いましたね、
仕事の進め方や考え方が。
面白かったのはね、カップ麺って、
化粧品みたいなおしゃれなデザインにしたって、
絶対売れないじゃないですか。
我々ラーメン屋に行くときに、
洋服のブティックに行くような気持ちで
ラーメン屋を探さないですよね。
でも、“あ、うまそうだな”って思う
ラーメン屋って、ちょっと汚いし、
なんかこう、モダンデザインでは
とても語りきれないような
デザインなわけですよね。
いわゆる、唾液を出させるって
いうものですけど。
田中 その感じはよくわかりますねえ。
店が油っぽいほうが、うまそうですし。
佐藤 東洋水産のカップラーメンのデザインを
一緒にやってるときにね、
僕はいろいろ工夫しながら作るわけですよ。
それで雅彦さんの事務所で、
棚に置くわけですよ。
でね、2人して、こう見るわけですよ。
“ちょっと待って、ちょっと置いてみよう”
置いてみてね、
“どっちかなぁ?”とかっていって。
で、雅彦さんなんかもう、
“デザインとしていいのは、右だな。
だけど、買うのは左だな”とかって
雅彦さんが言うのね(笑)。
うん、ほんとにそれってね、
カップラーメンのデザインを考えるときに、
すごく重要な視点なんですよ。
田中 そうですよね。
ほとんど研究者の会話ですよ、それは(笑)。
佐藤 デザインとしていいかどうかじゃないんですよ。
唾液が出るかどうかとか、
やっぱりどーうしても食べたくなるかどうか、
っていう。
田中 MOMA(ニューヨーク近代美術館)に
飾られるのを
求められてるわけじゃないですもんね。
佐藤 そう。
ところがデザイナーっていうのはね、
デザインとしていいものを作っちゃうんですよ。
どうしても。
で、それは世の中のデザイナーは、
ほとんどそうなんですよ。
でも僕と雅彦さん、
いっしょだったんです、
唾液が出るかどうかで選ぶ。
で、こんな人がいるんだ、と思って。
僕もそうやっていつもね、
自分をできるだけ遠くに置いて、
客観的に、これ、俺がやってないとしたら、
“どっち買うかな?”っていう。
やっぱこっち唾液が出るな、って思ったら、
そっち選びます、僕は。
田中 そっちのほうが、
食べられたくなる信号みたいなものを
デザインが発してるってことですものね。
「唾液を出させるデザイン」って、すごいですよ、
その考えがすごい(笑)。
佐藤 その「唾液を出させるデザイン」っていうのは、
あんまり本気で語られてきてないんですよ。
近代モダンデザインでは、
一切語られてません。
どこにも出てないです。
でもね、唾液を出させるってね、
デザインの話だけじゃなくて、
心理学の話や、認知科学の話や、
いろんなところに重なってる気がするんですよね。
人間が持ってる感覚を総動員して、
唾液って出るわけですから。
過去の経験なども引き出されながらね。
田中 また、言語化しにくい領域でしょうしね。
佐藤 だって、カレーなんて
食べたことがない人が見たら、ウンコですよ。
あれはうまいってことを知ってるから、
カレーの写真を見て、
唾液がちゃんと出るわけですよね。
ってことは、今までの経験をどう引き出すかなので、
あのシズルの写真が
よくカレーのパッケージに付いてるわけですよね。
デザイナーはね、
“こんなものは入れたくない”とかって
言うわけですよ。
田中 でしょうね。
“きれいじゃない”とか、
“美しくない”とか言ったりして。
佐藤 どうぞやりなさい、って、僕は思うんですよ。
売れないから、って。
田中 売れるデザインからは
逃げることになりますよね。
佐藤 だから、紀伊国屋とか帝国ホテルのカレーは、
カレーのシズルが
入ってなくてもいいんですよね。
帝国ホテルのブランドってものがあるから、
それが引き出されてくるから、
それによってうまそうだ、って、
唾液が出るんだけども、
一般のスーパーマーケットや
コンビニに置かれるものでは
なかなかそうはいかない。
そういうことを冷静に判断して、
やっぱり人間と人間を結ぶ普遍を
見つけていくっていうことをしないと。
みんなの頭の中を繋ぐことができるのはどこなのか。
で、ある、目盛りを合わせたときにね、
ピッと合わせたときに、
ピピピピピピピピ、っと
人の頭をつなぐところがあるんですよね。
その目盛りを探してるみたいなもんですよ、
デザインというのはね。
ちょっとでも目盛りがずれると、だめなんです。

ワンポイント考察

「唾液を出させるデザイン」とは、
とてつもなく大きなコンセプトだと
ひどく感心しました。
デザインというのは、
表面をきれいにすることだというような
世の中の思い込みを
吹き飛ばす力のあるコンセプトですね。

もはやデザイナーの話というよりは、
人間の生理や経験を
チューニングする技師の研究報告会みたいです。
「図画工作」におさまらない、
広がりと深みのある世界に
話はさらにどぼどぼと、入りこんでいきますよ。

2004-05-19-WED

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