江戸が知りたい。
東京ってなんだ?!

なぜ応挙は見えないものが描けたのか。その3
波を描く、氷を描く、雨を描く、風を描く、雪を描く。


『波図』円山応挙 個人蔵
*展示は終了しています。
ほぼ日 この『波図』は、
オープンのときはなかったですね。
これもすごいなあ。
波の図だけど、これ印刷に出ないくらいの
淡い、波が描かれている。
上の空間が、ちょっと異質ですね。
江里口 そうですね。これはもしかすると
元々下半分だけの絵だったのではないかと
言われています。
張り替えてこうなった可能性があります。
さきほどの『猛虎図』しかりで。
ほぼ日 確かにここは、妙だ。
江里口 ね、あまりの余白が。
応挙だったらもう少しこの上も使って
立体的に描きそうな感じですけどもね。

『波図』(部分)円山応挙 個人蔵
ほぼ日 そうですね。
この波もすごいけど、氷。
そうそう、これこれ。
江里口 『氷図』はすごいですね。

『氷図』円山応挙 大英博物館蔵 (c)Copyright The British Museum
ほぼ日 これはすごいですね。
氷の裂け目というか割れ目というか、
ただそれだけなんですよ‥‥!
江里口 実際に、テクニックとしても、
この線を一気に引くっていうのは、
相当息を詰めて描かなきゃならない。
ほぼ日 あ、そうか。定規で引いたわけじゃ
ないんですよね(笑)。
江里口 定規で引いたわけじゃないんですよ。
息継ぎしたら絶対乱れますから。集中して。
しかもこれ、スーッて入って
スーッて出てますよね。
ほぼ日2 そう。太さが。
ほぼ日 しかもけっこう、
それなりに大きな作品ですよね。
60センチ×180センチくらいある。
江里口 大きいですよね。
ほぼ日 そうか、技術的にもすごいことなんですね。
発想にばかり感心していましたけど。
江里口 ええ。これはほんとに
日本画を描かれるかたもご覧になられると
みんな、これはやっぱり
技術力だ、っておっしゃいますね。
これはもしかすると対のものがあって、
一方には水鳥が描かれてたかもしれないと
言われていたものです。
ほぼ日 でも逆に単品になっちゃったことで
迫力が出たのかもしれませんね。

『氷図』(部分)円山応挙 大英博物館蔵 (c)Copyright The British Museum
 
江里口 ええ。この間、石原慎太郎知事が
突然応挙展を見にいらしたんですよ。
ほぼ日 わっ!(笑)
江里口 それでこの『氷図』を
一番気に入られましたね。
やっぱりこれはすごい、と。
ほぼ日 すごいですね。発想もすごければ
技術もすごいってことですものね。
江里口 太い線と細い線を描き分けて、
しかも濃いのと薄いのと。
ほぼ日 これを見つけた応挙がすごいなあ。
動態視力がすごいんじゃないかって
この間お話ししましたが、
動く子犬の一瞬を捉えるのも、
一瞬の連続を見続けた結果ですよね。
これも、動かない氷ではあるけれども、
「見続けた」から見えたのかなあ。
江里口 見続けたんでしょうね。
ほぼ日 見続けたんですよね、きっとね。
江里口 写生は徹底的にものを見て
描けって言ってる方なので、
氷の張った池やなんかを見たんでしょうね。
冬は冬でずーっと
観察したんじゃないでしょうか。
ほぼ日 ですよね。その中の一瞬ですよね。
実際にこんなふうに割れるっていうのは
ある季節のある一瞬ですよね。
何かだかみなぎるような力があるんですよ。
生命力があって。
けっこういろんなところに
写生しに行かれたのかな? 旅とか。
江里口 あんまり旅行が好きじゃなかったみたいで、
遠くには行ってないみたいなんですけど。
ほぼ日 あ、そうなんですか。
では、京都中心ですか?
江里口 それだけ自然が多かったんでしょうね。
ちょっと出ればいろいろあったでしょうし。
でも動物なんかは自分でたくさん
飼ってたらしいですよ。
ほぼ日 あと、雨と風。
さっき波が出てきましたけど、
これが雨と風ですよね。『雨竹風竹図』。
これも、雨や風を「描いてない」んですよね。
つまり、竹のしなりや、色で表現している
雨と風なんですね。
この画面には、竹しか描かれていませんが、
応挙は竹が描きたかったんじゃなくて、
雨と風が描きたかったのかもしれないと
思いました。

『雨竹風竹図(右隻)』(重要文化財)円山応挙 圓光寺蔵


『雨竹風竹図(左隻)』(重要文化財)円山応挙 圓光寺蔵

江里口 そうですね。ほんとにその風情ですよね。
「気配」(けはい)ですね。
ほぼ日 ほんとに風に揺られてる感じ、
雨に打たれている感じ、
そして、遠近法ではないやり方で
奥行きが出ています。
江里口 うん。そうですね。濃淡と、
あとやっぱり屏風ですから、ジグザグで。
折り曲げるともっと奥行きが出ますよ。
ほぼ日 あ、そうか。これって屏風だから
ジグザグに置くんだ!
江里口 ええ。応挙は雲龍にしても、
ジグザグをうまく利用して、
奥から出てくるような気配を出しています。
ほぼ日 こういう面白さは、当時応挙に絵を依頼した
お金持ちの人たち、
たまらなかったでしょうね。
これを初めて見たときの、彼らの気持ち!
応挙に頼むと何が出てくるか分からない、
だからおもしろいんだよね、
みたいな気分が!
わくわくしたでしょうね!
おどろいたでしょうねえ!
江里口 そうでしょうね、やっぱり。
お金持ちはこういう絵を頼んだでしょうね。
やっぱり風情があるから。
自然の風景とか。
ほぼ日 頼まれ仕事なんだけど、
頼まれたものをそのまま描いて
お金をいただくんじゃ
応挙は満足しなかったんでしょうね。
江里口 そうですよね。
ほぼ日 雪も白ヌキなんですよね。
白い絵の具かと思ったら違うんですよね。

『雪梅図襖』(草堂寺本堂障壁画)(重要文化財)(部分)円山応挙 草堂寺蔵
江里口 白ヌキですよね。
紙の色を残して、
それを雪として表現しています。
絵の具は顔料なので、
重ねて白を乗っけちゃうと
重い感じになるんです。
それを白ヌキにすると
軽いイメージになって。
だから余計に雪のホワッとした明るさが
出るんですよ。
その質感の表現っていうのが
応挙のすごいところなんですよね。
ほぼ日 下描きってどうやってするんだろう。
一発で描くのかなあ?
当然別の紙に描いて。
江里口 ええ、下図は描いていますが、
このような枝の表現は
一発勝負なんでしょうね(笑)。

『雪梅図襖』(草堂寺本堂障壁画)(重要文化財)(部分)円山応挙 草堂寺蔵
ほぼ日 ちょっと間違えても
白を塗り足すわけにいかないから。
そういうことを、すっごくいっぱい
やってるんですよね、応挙は。
そして応挙って、木も好きですね。
江里口 ええ、梅もけっこう。『老梅図』。
枯れた表現も好きなんですよね。

『老梅図』(旧明願院障壁画)円山応挙 東京国立博物館蔵
ほぼ日 色っぽいですよね。
色使ってないのに。
江里口 そうですね。気配とか風情とか、
そのものの生命力とか。

さて、いよいよ次回は「幽霊」に迫ります!
白装束、乱れ髪、足が透けて見えない、
美しい女の幽霊。
応挙が描こうしたものは、
いったいなんだったんでしょうか?
どうぞお楽しみに!


2004-03-17-WED

BACK
戻る