綾戸 |
もうずいぶん前に、
テレビ局で、本番直前に
インタビューされたことがあってね。
「これからライブですね、綾戸さん」
「そうですわ」。
心の中では
「せわしないときに来やがって、あほんだら」
と思ってたけど、まあ、にこにこして受けてたの。
「綾戸さん、出る前に何かひと言ください」
と言うから
「ああ、頑張りまんがな」
って、返した。
「綾戸さん、もうひとつ、最後にひとつだけ」
「はい」
「失敗したことってありますか?」
わたし、ムカーッときて、こう言うた。
「いつもや。
成功したとは思わんわ。
いつも失敗した思うから、次に行くんや。
失敗は失敗だけで終わらしたらあかんやろ。
今度挽回しよう、今度挽回しようって、
挽回、挽回、挽回で生きてるねん。
失敗してるから、今日もこないして出るねや。
今日もわからん。そやけど、
どないかしよう、またどないかしよう。
ちゃんと失敗を経験にして
次に行かなあかんのや。
死なん限りは、失敗なんかあるもんか。
失敗という名前を消していくのが人間やろ。
失敗ありますかって聞くなんて。
そりゃ、ずうっとじゃ!」。 |
糸井 |
ひと言にしちゃ、
いっぱいしゃべったね(笑)。 |
綾戸 |
実際の放映ではカットされてた、そこ。
アホ、ええこと言うてやったのに(笑)。 |
糸井 |
野球でいうと、例えば
9回の裏に5対4で負けてても、
10回までやるって主張すれば
勝つかもしれない。 |
綾戸 |
そうや。 |
糸井 |
じゃ、自分で決めればいい。
終わってないと言えばいい。 |
綾戸 |
そこでやめたら失敗だ。 |
糸井 |
ようするに、「ドラえもん」の、
ジャイアンのやりかたですよね。
ジャイアンは負けても、
「やるんだよ。俺が決めた」
って、まだ続けるじゃないですか。
強いやつと博打するとさ、
必ず「まだだ」と言いますよね?
きっと、あれをみんながやればいいんだよ。 |
綾戸 |
うん、そう。
勝負を捨てないということ。
そんで、失敗を経験に変えていかな、
消しゴムでな。
失敗は死ぬまで続きますわ、欲望があるからには。
でも「高校、失敗、中学、失敗」って、
ずっと書かれへんやん、履歴書に。
「失敗イコール経験」にしなあかんと思う。 |
糸井 |
そしたら、大成功だよね。 |
綾戸 |
そう。だから、大成功と大往生は真横や。 |
糸井 |
そうだね。 |
綾戸 |
だから、子どもを教育するときに、
「失敗したらあかんで」という言葉は要るけど、
3回も4回も言うたらあかんな。 |
糸井 |
それぞれのことが
失敗のまま残ってる
イメージがつくからね。 |
綾戸 |
うん。
「失敗したらあかんでぇ、あかんでぇ」
言うたら、出る手も出えへんようになるし、
「失敗してもいいよ」言うたら気ぃ抜く。
失敗の度合いを
うまいこと、親は教えないかん。
「これは失敗やけど、
たんなる失敗やないねんで。
ここまで、できるねんで」
と、レディー・セット・ゴーをやらせてやる。
失敗を生かした勢いもあるんや、と。 |
糸井 |
「セット」の部分の引きを
強くしたぶん、勢いがつく。
そこを補強してやるんだ。 |
綾戸 |
算数で絶対値の授業があってね。
マイナス2の絶対値は2。
そう聞いた瞬間に、
もう算数の先生の声が聞こえへんようになって(笑)。
映画でいうたら、遠くになってるねん。
もうどないした、算数が。 |
糸井 |
心ここにあらずになって。 |
綾戸 |
もう、絵かきだしてる。
ゼロから、2、5、
マイナスが多いほど絶対値が大きい。
2階へ上ろう思うたら、
地下2階から走ったら2階へ上る。
5階へ上ろう思うたら、
地下5階へ下りたら5階へ上れるんや。 |
糸井 |
マイナスとプラスは
こちらが決めた概念であって、
経験の幅はおんなじだもんね。 |
綾戸 |
わたしは40のときにデビューした。
10歳でデビューしたジャリタレよりは、
マイナス10の絶対値で10になるよりは、
マイナス40やから、
プラス40まで飛べるかな、と思った。
いくらなんでも80になったら、
もう老化現象で飛べんやろけど(笑)。 |
糸井 |
そのとき、綾戸さんの人生にも、
やっぱり1回、
レディー・セット・ゴーがあったんだ。 |
綾戸 |
そうだね。 |
糸井 |
だって、生活が変わるもんね。
そこは大きかったよね、やっぱり。 |
綾戸 |
うん、走り出したら
あとはもうバンジー・ジャンプみたいなもんや。
「行ったあ!」で、がんばる。
そやけど、ゴムはいつか切れるからね。
そこに強力な自分の「実力ゴム」を
つくっていかな。
もうレディー・セット・ゴーは終わるからね。
実力で歩けるようになっておかな、
これから先の老化は
認められへんと思うてるから。 |
糸井 |
もうステージで
「すんまへん」って言わなくなったもんね。 |
綾戸 |
もう言えないもん。
「歌い出して1年目です」というのも終わった。
もう言うたらあかん。
言うたら、失礼だよ。 |
糸井 |
この人はちょっと見ないと
ずいぶん変わってくるもんだな(笑)。
デビューして間もないころから見てたけど、
当時はステージで
「こんなんでよろしいんでしょうか」
と言ってて、
それはそれで全部本当のことだったでしょ。 |
綾戸 |
はい、そのときは
ほんまにそう思うてました。 |
糸井 |
お客がひとり来てくれた、
ふたり来てくれた、というように
数が見える時代があって。
そうすると、お客さんと綾戸さんの関係が
家族みたいになっちゃう。
家族になると、甘えも出る。
「そこのところを綾戸さんは
これからどう凌ぐんだろうか、
と思ってたんです。
「家族じゃなくて、お客さんなんだ」
っていうふうに、組み直したんですね。 |
綾戸 |
うん。責任があると思った。もうお客さんや。
「おまえ誰や? 聴いたろかー」
そう言うてる人が半分来てる。 |
糸井 |
そうなんだよね。
そこを敏感に嗅ぎわけたんだ。 |
綾戸 |
前は、
「ああ、綾戸や。いやぁ、知ってるねん」
という人が来てたけど、これから、
「テレビで見たけど、ほんまに歌えるんかいや」
という客が半分来てるのや。
もうレディー・セット・ゴーが終わって。 |
糸井 |
そうですね。もう飛んでるんですよね。 |
綾戸 |
うん。
自力でガソリン入れて飛ばなあかん。
滑走路短くしていかなあかんと、思ってる。
スッと飛べなあかんよ、もう。 |
(つづく)