一生を、木と過ごす。
宮大工・小川三夫さんの「人論・仕事論」。
「これでも教育の話」より。

第4回 酔って法隆寺を見たら……



木のいのち木のこころ 地
小川三夫
新潮OH!文庫
文庫: 215 p
出版社: 新潮社
ISBN: 4102900934

小川 昔、ちょうど、
俺が東大寺にいて仕事をしてた時、
上から見たら、金髪のすごい子が来てた。
「ああ、元気なやつ来たな」ってなわけや。
両脇に、先生が2人、立っているんですよ。

修学旅行でも大変なんですよな。
でも、その子がこう伽藍に来た時に、
他にもたくさん来ていたけど、
その子だけだったよね、柱を抱いたのは。
あとの子は、素通りですから。
糸井 なるほどな。
他の子は「あ、なるほど、エンタシスだ」とか。
小川 うん。
でも、抱きついた子は、
もっとよくわかってるはずだ。
糸井 小川さんには、その子に近いものを感じますね。
小川 自分もそうだったような気がする。
糸井 小川さんが、五重塔を見た時に
「これだ!」と思ったのは、
言葉にして言えるような感覚ですか?
小川 それは言えますよ。
糸井 どんな感覚ですか?
小川 修学旅行で法隆寺へ行ったときは、
酔っ払っててダメだったんです。フラフラしてた。
……要するに、暇だから酒なんか飲んでたんですよ。
糸井 (笑)
小川 ほんで、酒でボーッとしてたら、その時、
「1,300年前にこの塔ができたんですよ」
と案内してくれる方が言った。
そのときパッと思ったね。
「そんだったら、この大きな材料は、
 どうやって運んできたんだ?
 どうやって持ってきたんだろう?
 1,300年前、どういうものがあったんだろう?」
そんなことを、思いましたよ。
糸井 酔っ払ってた高校生が一瞬にして……。
小川 そうですよな。
何にもねえから、頭の中に。
だからそう思った。
糸井 その時に一番つかまえたのは、
1,300年というイメージですか?
小川 そうですよ。
自分は栃木県ですから、
1,300年というイメージはないですよ。
そういう時代というのは、わかりませんわな。
何ぼ古くたって、500年前くらいしかないですわ。
糸井 ぼくはいくつか化石を持っているんですよ。
それ、たまに見ますけど……
それだけで、気が遠くなります。
三葉虫だと2億年ですからね。
「2億年」ということを
イメージできないということに感動する。

きのうのこともイメージできる、
10年前のこともこのくらいって思える。
それからまあ、100年といっても、
おばあちゃんが生まれたとか、
目盛りがあるんですよね。

ところが……2億になると目盛りがない。
だから、2億年前も1億5,000万年前も、
ぼくにとっては同じなんだなぁ、
というふうにしかとらえられないので、
その「とらえられない」ということが
とても気持ちが悪いんですね。

だけど、その気持ちの悪さがいいんですよ。
だから、たまに見るんですよ。
何でしょうね、あの時間の恐ろしさって。
小川 そしたら、1,000年前はどうですか?
糸井 1,000年前もとらえられないですね。
だけど、年表に書いてある目盛りがありますよね。
小川 はいはい。
糸井 あれで、はかっちゃうんですよ。
でも、違うってわかるんですよ。
1,000年はイメージできるはずない。
京都1,000年の歴史とかいうけど、
イメージできるはずなんだけど、
いつでもあの年表は、それこそもう、
エジプト文明から書いてあったりする。
紀元前4,000年ぐらいだと、なるほどなあ、でも、
「B.C.、のむこう側の4,000年の方が
 今より長いんだなあ」とか漠然と思うだけです。

その「向こう側がある」ということが、
気持ちが悪くて気持ちがいいんですよね。
だから、時間って、酔いみたいなものがあるなぁと
いつも思うんですよね。
小川 自分、こういう仕事をしてますから、
1,000年というのは……イメージできます。

仕事をする前でも、
1,000年前、この塔をつくった人は
どういう考えでやったとか、
どういうふうにして運んできたかの気持ちなら、
高校生でも、それは何となくわかるんですよね。

だから俺は、
こういうものをつくった人の血と汗を学んだ方が
大学なんかへ行くよりも
ずうっといいと思ったんですよ。

法隆寺の五重塔は、
「つくろうと思う信念」というか、
そういう気持ちで、つくり上げたものだと思うんです。
その「気持ち」を学べばいい。
だから、法隆寺の大工さんを、
ちょっと目指してみようとして行ったわけですよ。
糸井 酔っ払いの高校生に、
一瞬にして伝わっちゃったんですねえ。
小川 酔っ払ってたからよかったんでしょうな。
ヘヘヘヘヘヘ。
糸井 すごい運命だなぁ。
修学旅行で、たまたま酔っ払ってて……。
もともと夢があったとかって
いうんじゃないですよね。
宮大工という職業を知らなかったでしょうし。
小川 ないですよ。全然わかりませんもん。
糸井 つかまえられちゃったんですね、向こうに。
小川 その時は、やっぱし、
「これをやってみよう、つくってみよう」
というだけですよね。
糸井 それが、スタートだったんですねぇ。

(つづく)

2002-09-23-MON

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