糸井 |
法隆寺のころというのは、
木を規格化することができなかったわけで、
材料になる木をよく見ることで、
設計も変わってくるのですね。 |
小川 |
ええ。
つまり、木が均質だったら、
最初から設計図を描けるけど、
材料のネタによって料理を変えなきゃいけないから、
設計図というのは完成図としては
つくれないわけですね。 |
小川 |
設計図、ないんですよ。
日本の中での設計図というものは、
今から500年ぐらい前にちょっと残ってるぐらいで、
あとは、ないんです。
なくてあれだけのものをつくった。
ですから、どういうふうにして…… |
糸井 |
どういうふうにつくったんですか? |
小川 |
それは今でもわからないんです。
しかし、あれだけすばらしいものはできてる。
まあ、10分の1の模型をつくる、
なんていうことはしたんだろうというふうな
そういう跡は残っているんですけれども、
そればっかしじゃ、できないですね。
例えば、師匠の西岡棟梁は、俺に、
「法隆寺の塔は安定していて動きがあるだろう」
と言ったんですよ。 |
糸井 |
すごい言い方だなあ。 |
小川 |
「安定」というのはわかるんですよ。
逓減率、上が細くなる、木柄が太い。
そういうことだな。
でも、そう言われた時の俺には、
「動きがあるだろう」ということは
まったくわからなかったんですよね。
わからなかったけど……
それから3カ月ぐらいたってから、
「松の枝を見てみい」と師匠に言われた。
それで、わかったんですよ。
法隆寺の軒の反りというのは、
鳥が羽ばたくようにこうなってる。
錯覚を利用したつくりになってるんだ。
師匠はそれを、「動き」だと言った。
古代の人は、松の枝が一番下が張るのを見て
こうするのを考えたのかしらないけど、
いつも、よく見るとちょっと工夫してるんだ。
少なくとも、師匠はそれに気づいてた。 |
糸井 |
1,000年以上たって西岡棟梁とか小川さんとかが、
「昔の人は、そうしたのか」
とわかったというつながりは、
何かうれしいでしょうね。
みんな死んじゃってる人との会話ですけど。 |
小川 |
うんうん、そらぁそうだわ。 |
糸井 |
大工にとっては、
「だれか気づくかなあ」みたいなことですよね。 |
小川 |
そうよ。
作った自分たちの苦労を……。 |
糸井 |
ねえ?
子供が気づく、孫が気づくじゃなくて、
見たこともない誰か、同じ仕事をしている誰かが
どこかで、その気持ちに気づく。
会ったこともないし、永遠に会わない人が、
そうやったのかあという話は、打たれるなぁ。 |
小川 |
だから、自分たちも、
ほんまにそれを見れば頭が下がりますよ。
考え方がよくぞそこまで行ってるなぁと。
今の人じゃ、とてもそんな考えをしないでしょ。
それは寸法にとらわれてしまうから。
生きていることでも何でも
寸法にとらわれていると、
気づかなくなることが出てくるのでしょうな。
自分たちは、
ものをつくるという立場にありますよね。
こういう仕事をしてますから。
そうすると、例えば、西岡棟梁がいます。
そのあと、自分がいる。
自分は棟梁の仕事を習いまして、
弟子にはその仕事を教えていくというわけです。
それを伝統とかなんとかという人いますけども、
でも、伝統でも何でもないんです、そんなのは。
引き継ぎでも、何でもない。
西岡棟梁と自分の間にも、
伝統を引き継いだなんて感覚はない。
ただ、西岡棟梁と自分との間では、
薬師寺の塔をつくったり、
法輪寺の塔をつくったり……。
そして、いま、自分と弟子の間でも
いろんなものをつくっていますよ。
ですから、つくっていること、
そのものが残るという、それだけはあるよな。
「技術を残す」ってことじゃなくて、
建物を残せば、おのずから何かは伝わりますわ。
それを伝統と呼ぶんなら、呼んでもいいけれども、
決まりきった教科書どおりのことを伝えることとは、
ぜんぜん、違う話なんだ。 |
糸井 |
すごくよくわかります。 |
小川 |
たとえば、弟子によく言うのは、
「うそ偽りがない、自分が思えることを
精いっぱいやっておくんだよ」ということです。
毎日毎日の仕事を精一杯やっておくというか。
「精一杯やっておく」
ということは、未熟であってもいいんですよ。
未熟であろうが何だろうが、
そのときの自分はごまかしようがないんですから。
でも、未熟ではあっても、うそ偽りのないもの、
一生懸命やってやってやって、
やりきっててつくったものは、やっぱし
何百年か後にこの建物を誰かが解体修理した時、
「へぇ。平成の大工さんは
こういう考えをしてあるんだな」
と、それを読み取ってくれる人がいるんですよ。
ですから、読み取ってくれる人がいると思うから、
精一杯のものをつくっておかなくちゃならない。
うそ偽りがあるかどうかは、
そこにある建物の中に、あらわれるんですから。 |
糸井 |
うそ偽りも、読み取られるということですよね? |
小川 |
うん。
うそ偽りだって読み取られるわけだから、
そういうことのないように
キチッとしてやっておかなくちゃならない。
ですから、それは何で思ったかというと、
法隆寺の大修理。
法隆寺、1,300年前に建ったものを、
西岡棟梁をはじめ、
現場の人たちが大修理したわけですよ。
法隆寺の時代に、こういう形を
誰がどうやってつくったかということは
何にも残っていないですよね。
ぜんぜん残っていない。書物もない。
しかし、その建物が実際にあって、
それを解体したときに、西岡棟梁初め現場の人は、
1,300年前の工人と話ができたから、
昭和の時代に復元できたわけです。
そういうことを見てきたから、
建物をつくりたいんなら、
絶対にうそ偽りのないものを
残しておかなくちゃいけないと思った。 |
糸井 |
力がなくても精一杯、なんだ? |
小川 |
うん。
精一杯やっておれば……。
それは、結果はしゃあないですわな。
「もっといい考えがあったな」といっても、
それに気づいてないんですから。
しかし、何もかも
そのままが残るということですよ。
知識がなくても精一杯だったかどうかも、
ぜんぶ残る。それは後で見てもわかる。 |
糸井 |
それ、ほんとにジーンとしますね。 |
小川 |
建物を解体してみると。
当時につくった人らの顔を見ながら、
今、仕事をやってるようなもんです。
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