糸井 |
外国語を勉強することって、
世界観をもうひとつ持つということだと思うので、
ぼくなんかは、その「冒険物語」に対して、
いちばん興味があるんです。
語学をやって、どう苦しかっただとか、
どう良かっただとか。
とにかく、外国と日本のまんなかに、
ものすごい川が流れていますから‥‥。
ある国と日本の
どちらもちょっとずつ知っている人なら、
たくさんおられるでしょうけれど、
米原さんのように、
世界をふたつ重ねて見るという人になることは、
とても難しいはずですよね。
ドップリ入らないと、ふたつの言葉を
使っていくことは、むずかしいんだと思うんです。 |
米原 |
通訳をやっていく場合には、
両方とも、ほぼ同じレベルで知らないと、
雇ってもらえなくなりますから。 |
糸井 |
‥‥あ、単純に、職業として、
そういうものなんですか? |
米原 |
そうです。
両方ともちょっとずつ知っているというかたちで
お金を稼ぐ通訳は、できるのかしら? |
糸井 |
いや、ぼくは、
「ほとんどはそうだ」
と思って見てるんですけどねぇ。
たしかに、どんな世界でも、
ピンからキリまであるのでしょうけれど、
「観光案内に出ているようなことを知っていれば、
だいたいは、チャラッとごまかせちゃう」
というところがあるんで‥‥。
翻訳をなさっている場合なんかだと、
自分が背景を知らなかった場合には
改めて解訳したりとか、
そういうこともあるくらいですよね。 |
米原 |
でも、観光案内って相当難しくて。 |
糸井 |
本当は、そのハズですよね。 |
米原 |
ええ。
かなり難しいですよ。
日本語でやるとしても、
東京を案内するとしたら、
通訳より難しいと思いますね。 |
糸井 |
怖いなあ。 |
米原 |
つまり、通訳するときには
「もとの発言」があるから、
それを別な言語に移しかえていけばいいわけです。
話し手依存型で話をつくっていけばいい。
だけど、案内するときには、順序からはじまって、
「ある建物の何について話そう」とかいうことを、
ぜんぶ自分で組み立てなくてはいけない。
だから、何語でやるにせよ
観光案内は、難しいんじゃないかしら。
ロシア語でやるにせよ、日本語でやるにせよ、
最初からものをつくるって大変だと思いませんか。 |
糸井 |
大変ですね。
聞き手の方の興味がどの辺にあるかと、
いうこともありますし‥‥。
16世紀の話をいくらしても、
聞きたくない人には仕方がないですし。 |
米原 |
そう。
観光案内の場合は、
「あの建物何だ?」って聞かれたときに、
「知らない」っていっちゃだめなんですよ。 |
糸井 |
米原さんも観光案内は、なさった? |
米原 |
何でも、したことはあります。
ロシア語はとても政治的な言語で、
国と国との関係が悪くなると、
途端にあらゆる交流がなくなって、
仕事もなくなるんです。
そしたら、通訳だけでは生きていけないから、
ガイドをやったり、翻訳をやったり、
何でもやるわけです。
知らなければ、知らないでいいんです。
「あれは通産省のビルです」とか、
「ああ、あれは建設省です」とか、
「あれは家庭裁判所です」とかいっちゃえば。
だって、ほとんどの人は
二度と日本に来ないんだから。(笑) |
糸井 |
そうか。 |
米原 |
うん。
「何だかわからない」というよりも、
名前をいった方がいいんですけどね。 |
糸井 |
通産省のビルかどうか
知りたいとも思ってないかもしれない。 |
米原 |
そうそう。
ただ、家庭裁判所とは何か、
というのを話せばいいわけですよ。
これは未成年者と、それから離婚問題、
基本的にはそれを扱う裁判所ですとか。 |
糸井 |
丸暗記風に、「いつできた建物で」とか、
「最初に何々総理大臣のときにどうだ」
とかいうことって、知っていると
妙に押しつけたくなるじゃないですか。 |
米原 |
言いたくなりますよね(笑) |
糸井 |
あれ、こっちとしては
えらい迷惑なときが多いですよねぇ、
正直に言うと。 |
米原 |
ええ、退屈なことが多いですね。
日本語のガイドさんの話を聞いていると、
だいたいそれが多いですものね。 |
糸井 |
多いですねえ。
そうじゃない人もいるんでしょうけど。
薬師寺の高田管長、
あの方が修学旅行生を案内するのを、
ぼくは直に修学旅行生として
味わったことがあるんですけど、
これはおもしろかった。
お寺をまわるなんてことのは、
高校生には、何の興味もないわけですよね。
それを、あの坊さんは
何ておもしろいんだと思って、
いつまでも覚えていましたね。 |
米原 |
それで、その話の内容も
覚えていらっしゃるでしょう? |
糸井 |
いや、内容は‥‥
実は「スカート」という
言葉ばっかり覚えていましたね。
「屋根がスカートになっている」
坊さんの口から関西弁で聞く
「スカート」っていう響きが、
声の質まで含めておもしろかったんですよ。 |
米原 |
比喩が斬新ですよね。 |
糸井 |
そういうことですねえ。
そういうたとえ話も、結局、観光というよりは
伝えるということのアイデアだから、
これはほかの人に案内されたら
覚えてないんだろうなあと思っているんですけど。 |