言葉の戦争と平和。
米原万里さんとの時間。
(「これでも教育の話」より)

 もうひとつの世界を持つということ







 こんにちは!

 昨日から藤田元巨人監督の対談がはじまりましたが、
 今日からはじまるこの連載においても、
 「人を育てること」についての話が展開されてゆきます。

 ノンフィクション作家で、ロシア語の通訳でもある
 米原万里さんと、「ほぼ日」の糸井重里との対談です。

 つまり、今日からは、
 「ソ連の外務省が経営する
  チェコスロバキア在住のソ連人のための学校で
  少女期の教育を受けた人の語る教育論」と、
 「日本のエリートチームの野球監督をする中で
  つちかわれた、チームプレーをはぐくむ教育論」
 との両方を、平行して味わうことができるんです。

 初回は、通訳についての会話からスタートです。
 こちらは19回ほどの連載のあいだ、
 土曜日をのぞく毎日、掲載してゆきますよ。
 ぜひ、期待していてください‥‥。








糸井 外国語を勉強することって、
世界観をもうひとつ持つということだと思うので、
ぼくなんかは、その「冒険物語」に対して、
いちばん興味があるんです。

語学をやって、どう苦しかっただとか、
どう良かっただとか。
とにかく、外国と日本のまんなかに、
ものすごい川が流れていますから‥‥。

ある国と日本の
どちらもちょっとずつ知っている人なら、
たくさんおられるでしょうけれど、
米原さんのように、
世界をふたつ重ねて見るという人になることは、
とても難しいはずですよね。

ドップリ入らないと、ふたつの言葉を
使っていくことは、むずかしいんだと思うんです。
米原 通訳をやっていく場合には、
両方とも、ほぼ同じレベルで知らないと、
雇ってもらえなくなりますから。
糸井 ‥‥あ、単純に、職業として、
そういうものなんですか?
米原 そうです。
両方ともちょっとずつ知っているというかたちで
お金を稼ぐ通訳は、できるのかしら?
糸井 いや、ぼくは、
「ほとんどはそうだ」
と思って見てるんですけどねぇ。

たしかに、どんな世界でも、
ピンからキリまであるのでしょうけれど、

「観光案内に出ているようなことを知っていれば、
 だいたいは、チャラッとごまかせちゃう」
というところがあるんで‥‥。

翻訳をなさっている場合なんかだと、
自分が背景を知らなかった場合には
改めて解訳したりとか、
そういうこともあるくらいですよね。
米原 でも、観光案内って相当難しくて。
糸井 本当は、そのハズですよね。
米原 ええ。
かなり難しいですよ。
日本語でやるとしても、
東京を案内するとしたら、
通訳より難しいと思いますね。
糸井 怖いなあ。
米原 つまり、通訳するときには
「もとの発言」があるから、
それを別な言語に移しかえていけばいいわけです。
話し手依存型で話をつくっていけばいい。

だけど、案内するときには、順序からはじまって、
「ある建物の何について話そう」とかいうことを、
ぜんぶ自分で組み立てなくてはいけない。

だから、何語でやるにせよ
観光案内は、難しいんじゃないかしら。
ロシア語でやるにせよ、日本語でやるにせよ、
最初からものをつくるって大変だと思いませんか。
糸井 大変ですね。
聞き手の方の興味がどの辺にあるかと、
いうこともありますし‥‥。
16世紀の話をいくらしても、
聞きたくない人には仕方がないですし。
米原 そう。
観光案内の場合は、
「あの建物何だ?」って聞かれたときに、
「知らない」っていっちゃだめなんですよ。
糸井 米原さんも観光案内は、なさった?
米原 何でも、したことはあります。
ロシア語はとても政治的な言語で、
国と国との関係が悪くなると、
途端にあらゆる交流がなくなって、
仕事もなくなるんです。

そしたら、通訳だけでは生きていけないから、
ガイドをやったり、翻訳をやったり、
何でもやるわけです。

知らなければ、知らないでいいんです。
「あれは通産省のビルです」とか、
「ああ、あれは建設省です」とか、
「あれは家庭裁判所です」とかいっちゃえば。
だって、ほとんどの人は
二度と日本に来ないんだから。(笑)
糸井 そうか。
米原 うん。
「何だかわからない」というよりも、
名前をいった方がいいんですけどね。
糸井 通産省のビルかどうか
知りたいとも思ってないかもしれない。
米原 そうそう。
ただ、家庭裁判所とは何か、
というのを話せばいいわけですよ。
これは未成年者と、それから離婚問題、
基本的にはそれを扱う裁判所ですとか。
糸井 丸暗記風に、「いつできた建物で」とか、
「最初に何々総理大臣のときにどうだ」
とかいうことって、知っていると
妙に押しつけたくなるじゃないですか。
米原 言いたくなりますよね(笑)
糸井 あれ、こっちとしては
えらい迷惑なときが多いですよねぇ、
正直に言うと。
米原 ええ、退屈なことが多いですね。
日本語のガイドさんの話を聞いていると、
だいたいそれが多いですものね。
糸井 多いですねえ。
そうじゃない人もいるんでしょうけど。

薬師寺の高田管長、
あの方が修学旅行生を案内するのを、
ぼくは直に修学旅行生として
味わったことがあるんですけど、
これはおもしろかった。

お寺をまわるなんてことのは、
高校生には、何の興味もないわけですよね。
それを、あの坊さんは
何ておもしろいんだと思って、
いつまでも覚えていましたね。
米原 それで、その話の内容も
覚えていらっしゃるでしょう?
糸井 いや、内容は‥‥
実は「スカート」という
言葉ばっかり覚えていましたね。
「屋根がスカートになっている」

坊さんの口から関西弁で聞く
「スカート」っていう響きが、
声の質まで含めておもしろかったんですよ。
米原 比喩が斬新ですよね。
糸井 そういうことですねえ。
そういうたとえ話も、結局、観光というよりは
伝えるということのアイデアだから、
これはほかの人に案内されたら
覚えてないんだろうなあと思っているんですけど。


(※明日につづきます。おたのしみに!!!)

2002-10-31-THU


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