言葉の戦争と平和。
米原万里さんとの時間。
(「これでも教育の話」より)

2 「他人の代表」という集中力







 こんにちは!!!

 米原さんの対談、第2日目をおとどけします。
 ドスの効いた迫力のある話と言うか、
 「あ、そっちのほうが、まともな考えかもなぁ」
 と思わされるような考えかたが、すこしずつ、
 対談をしているふたりから、語られていきます。
 
 「他人のために、がんばりたい」と聞くと、
 いっけん「偽善者か?」と思えるようなことですが、
 「他人の責任を負っているからこそ、集中できる」
 と聞くと、思わずうなずく‥‥そんな会話なんですよ。
 経験の裾野の広さや、修羅場の多さを、
 ところどころで、垣間見ることができるのです。

 19回ぶんを読みおえたあとには、
 ちょっと、まわりの風景を自由に見えるような、
 そんな連載にしたいと思いますので、期待していてね!








糸井 通訳の人は、
「国が違う」ということの間を、
一瞬にして、つなぐわけですよね。
快感はあるんですか?
米原 そうですね‥‥。

つまり、ふつう、
「つまらない話」って聞かないですよね。
糸井 ええ。
米原 そういう時には、
「単に意味のない音が流れているとして、
 その時間を別なことを考えてやり過ごす」
とか、居眠りするとか、しますよね。

でも、通訳はやり過ごすわけにいかない。

どんなにつまらない、
あるいは難解で誰にもわからない言葉でも、
「とにかくここにいる聞き手全員を代表して、
 私が聞き取らなくちゃいけない」
と思うと、何かを聞き取れるんですよ。

責任感というか、
自分ひとりを代表してたなら聞き逃すことでも、
ほかの人を代表して聞いていると思うと、
ものすごい集中力が生まれて聞き取るわけです。
糸井 「自分の言いたいこと」
なんていうものじゃないですよねえ。
「誰かの言いたいこと」ですもんね。
米原 そうです。
「この人のいいたいことを、
 この人を代表して言う」となると、
「私が自分で自分の言いたいことを
 しゃべるとき」よりも、
もしかしたら熱心に、より正確に、
間違いなく伝えようとするわけですね。
糸井 なるほどね。
それは、何に似たような感じですか?
米原 郵便配達。
「人の手紙」じゃないですか。
それでも、それを必ず相手に届けることを
一生懸命にやるでしょう?
まあ、宅配便でもいいですけど。
糸井 それは、極端に現金書留だったりしたら
よくわかりますね。
米原 そうなんですよ。そういう義務感。

まあ、それで金を稼いでいるから
そうなるんでしょうけれども。

タダでやるときも時々ありますけど、
それでもその立場に立つと、
ものすごく集中力が生まれるんですね。
糸井 ふだんは、集中力のあるほうですか?
米原 いや、ないんじゃないかなぁ。
糸井 ご自分の認識としては、そうなんだ。
米原 時々ありますけども。
同時通訳も、最初にやったときは
「できる」とは思わなかったんです。
糸井 ぼくらには、ものすごいことに思えますよね。
米原 ええ、そうです。
でも、確かにやっている最中、
そうとう集中しているなあと思った
出来事がありまして‥‥。

私、四十過ぎたころ、四十肩になったのね。
あれは、すごく耐えがたいじゃないですか。
寝てても起きてても何しても、
鎮痛剤も何にも効かないし。

本当にいても立ってもいられないんだけれども、
同時通訳中だけは痛みがないの。
つまり、それだけ
集中しているんだなあと思いましたね。
糸井 よく野球の選手が、デッドボールが当たって、
シューッてスプレーをかけて
平気で一塁に行くじゃないですか。

あのスプレー、ぼくは
かけてもらったことがあるんですけど、
ほんとうは、効かないんです。
米原 おまじないなんですか。
糸井 そうでしょうねぇ。
「まったく効かない!」ですから。

その辺にあるサロンパスとか、
ああいうのをかけても同じで、
特に服の上からなんてまったく効かないのに、
みんな、やっていますよね。
米原 でも、本人たちは
効いた感じになるんですか。
糸井 もともと、「イテーッ」っていって、
シューッてやるという儀式なんで、その儀式で
「痛くないことにしよう」ということでしょうね。
それはもう痛みにまったく効かないです、素人には。
米原 でも、プロには効くわけね。
糸井 プロには効きます。
ラグビーのやかんもそうですよね。
“魔法のやかん”という、気絶しても
そのやかんで水をかけると治るというのが
ベンチにあるんですよ。
それもただの水なんですけど、
魔法のやかんという儀式で、かけると治る。
米原 じゃあ、ブラインド療法ってあるじゃないですか。
糸井 ええ、それですよ。
米原 にせものと本物の薬を飲ませると、
けっこう効いちゃうという‥‥。
糸井 「飲ませる」という儀式が大事なんでしょうね。

四十肩って、ずうっと痛いという話は
ぼくも結構聞いたことがありますけど。
米原 なったことない?
糸井 ぼくはないです。
ただ、自分のカラダのことで言うと、
ぼくは昔、ぜんそく持ちだったんですよ。
だけど、テレビのオンエアのときは
せきが出ないんです。
これはやっぱり、気持ちが違うんでしょうね。

「自分の姿が、絶えず写っているぞ」
という状態の時、
緊張しているつもりはないんです。

いつもどこかで、
「これはせきが出たら大変だな」
と思うんだけど、だいたい出なかったですね。
ダメなときは、本当に寝こんじゃうぐらいの時。
それだけすごいことなんだなぁ。

スポーツ選手なんかに近いくらい、
肉体全部が反応しているということですね。
米原 同時通訳も、
脳味噌を、筋肉として使う感じです。

たとえば、
重量あげの選手がバーベルを持ち上げる一瞬だけ、
脈拍が「140」まではね上がるんですよね。

同時通訳中は、だいたい
10分から20分ぐらいやるんですけど、
わたしはその時、脈拍が「160」ですね‥‥。
だから、ものすごく脳のある部分に、
集中しているんだと思うんです。
糸井 「すごい走り」と同じですね。
米原 そうですね。
やっぱり長くは続かないから、
10〜20分ぐらいで交代しています。
必ずブースの中は3人ぐらいで
チームをつくって入るんですけどね。
糸井 もう純粋に血流が
変わっているということですね。
脳にどんどん血液が行ってて。
「160」って、すごいですね!
米原 だから、通訳は入る前に、
まずでんぷんを摂りますね。
でんぷんをとってコーヒーを飲みます。
糸井 正しいですねえ。
甘いものじゃだめなんですね。
でんぷんの糖質じゃないと。
米原 そうそう。


(※日曜日につづきます。おたのしみに!!!)

2002-11-01-FRI


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