言葉の戦争と平和。
米原万里さんとの時間。
(「これでも教育の話」より)

3 大事なところを掴めばいい







「ちょうど最近FMラジオの
 対談のゲストだった米原さんが、
 『共産圏で自分を確立する教育を受けて、
  日本(自由国)での、
  軍隊のような画一的な教育に反発した。
  現在、世界で人類は
  クローン化してるように感じる』
 とおっしゃったことが印象に残っていました」


米原さんの対談を読んだ「やはら」さんから、
上記のようなメールをいただきました。感謝です。
このFMでの発言も、スリルがありますよね。

 「こちらからの言葉に対してのレシーブが
  速くて強くて、会話しながら
  脳に汗が出てくるような思いがした。
  同時通訳という仕事は、
  瞬間瞬間の判断の連続だから、
  そこで鍛えられているのかもしれない」

米原さんに会ったあと、「ほぼ日」の糸井重里は、
そんなようなことを、言っていました。
そんなアタックとレシーブのくりかえしを、
みなさんが楽しんでくださると、さいわいです。







米原 私、本当にはじめて
同時通訳をやったときには
向かないと思って、
ブースを飛び出ちゃったんですよ。

「ああ、私には向かない、こんなの」
‥‥10分もやれなかったんじゃないかなぁ。

でも、師匠の徳永さんという人が
追いかけてきて、
「万里ちゃん、全部訳そうとするから
 できないんだよ。わかったことだけ訳しなさい」
そう言われて、わかったことだけ
訳していたら、やっぱり伝わった。
糸井 いま、米原さんは割に
簡単におっしゃったけど、
「わかる」と「わからない」の
その違いって、わかるんですか?

「わかったことだけ訳していても大丈夫」
とまで思えるには、明らかに、
壁を1つ乗り越えていますよね‥‥。
米原 人間は、情報としては、
例えばAということを伝えるのに、
A、B、C、D、E、Fぐらい、
いろんな言葉を使ってしゃべるんです。

その中の一番いいたい「A」だけをつかんで
伝えればいいんですよ。

たとえば、会議の時に議長が
「では、次は壇上にインドの代表に
 上がっていただいて発言してもらいましょう」
というふうに言ったとしたら、その場においては
もう、「インド」というのだけを訳せば大丈夫。

通訳はそれを
ぜんぶ一字一句違わないように
訳そうとしちゃうわけですね。
「壇上」だとか、「発言」だとかを。

しかし、役割としては、通訳は
いちばん大事なところをつかむことに
集中すればいい。


もしも、すこし時間があったら、
「インド」だけではなくて、
「では、次はインドの代表の方、どうぞ」
とか言えばいいわけです。
糸井 オフィシャルな場所の翻訳のほうが、
逆に意味の順列がはっきりしているから楽ですね。

仮にロシアのだれかさんと日本のだれかさん、
偉い人同士でもいいけど、
「ここはケーキでも食べながら」
という話しあいのほうが、通訳はむずかしい?
米原 それでも対話形式の話はやりやすい。
すでに文脈があるから、
こちらもその場にふさわしい、
適当なことをいえばいいわけですよ。
糸井 言外に、おれはおまえに
好感を持ってないというようなことを言ったり、
「俺はとても好きだ」みたいなことを混ぜて、
ほかの言葉との変化球で進む会話も、
あるじゃないですか。
ああいうときは、どうなりますか?
米原 それはやっぱり結構むずかしいです。
つまり、そこまで本人のことを
知らない場合が多いですからね。
いきなりその場で通訳するということが多いので、
わからないですけど、
でも、やりとりがある限り、
通訳がわからないことは
聞き手にも、おそらくわからないことだから、
相手に聞いてくれますよね。

「それはどういう意味ですか」とか。
そこから怒ったり、いろいろな反応があるから、
軌道修正をしていけるんですよ。

だから、最初はちょっと通訳として
ブレていても、少しずつ対話の中で
軌道修正して何かまとまるという‥‥。
糸井 つまり、対話そのものの構造が
やっぱりベースで、
間に通訳がいるということは関係ない、
と思っちゃった方がいいわけですね。
ゼロである、と。
米原 そうですね。

むしろモノローグで
誰か偉い人が演説なんかをする時、
たとえばアメリカとかロシアから
大統領かなんかの演説が流れてきて、
これを一方的に通訳する場合は、
誰も問い返しもしないから、
わからないんですよ。

例えば大統領が間違った発言をしちゃって、
「クリントン」ていわなくちゃいけないのに
「フォード」っていったりしたときに、
普通の対話関係なら
「あ、それ、クリントンじゃないですか」
と聞き返せるけれど、聞き返せないでしょう?
それをそのまま私が「フォード」といったのを
「フォード」というと、
絶対通訳が間違っていると思われるから、
そういうときには
「クリントン」と修正しちゃったりすることもある。
糸井 明らかにわかっているときですね。
米原 明らかに違うってわかっているときにはね。
糸井 最近だと、「ショー・ザ・フラッグ」というのが
何かえらい話題でしたけど、
いろんな説が何種類も出たような気がします。
米原さんなんかもああいうとき、
興味がおありですよね。
米原 そうですね。
でも、あれは
「旗幟を鮮明にせよ」
という意味ですよね。
糸井 解釈によっては、
本当に「旗を見せろ」というのもあったし、
いろいろで、自説を皆曲げないものだから、
本当のことはもう、
わからなくなっちゃっているんだけど‥‥。
米原 そうですね。
でも、もうそうなると
通訳のせいにできないですね。
政治的な立場がいろいろ変わってきてね。
糸井 ブッシュみたいに失言と間違いが
多そうな人との間で
通訳を任されるって、つらいでしょうね。
米原 そうですね。


(※明日につづきます。おたのしみに!!!)

2002-11-03-SUN


戻る