米原 |
私、本当にはじめて
同時通訳をやったときには
向かないと思って、
ブースを飛び出ちゃったんですよ。
「ああ、私には向かない、こんなの」
‥‥10分もやれなかったんじゃないかなぁ。
でも、師匠の徳永さんという人が
追いかけてきて、
「万里ちゃん、全部訳そうとするから
できないんだよ。わかったことだけ訳しなさい」
そう言われて、わかったことだけ
訳していたら、やっぱり伝わった。 |
糸井 |
いま、米原さんは割に
簡単におっしゃったけど、
「わかる」と「わからない」の
その違いって、わかるんですか?
「わかったことだけ訳していても大丈夫」
とまで思えるには、明らかに、
壁を1つ乗り越えていますよね‥‥。 |
米原 |
人間は、情報としては、
例えばAということを伝えるのに、
A、B、C、D、E、Fぐらい、
いろんな言葉を使ってしゃべるんです。
その中の一番いいたい「A」だけをつかんで
伝えればいいんですよ。
たとえば、会議の時に議長が
「では、次は壇上にインドの代表に
上がっていただいて発言してもらいましょう」
というふうに言ったとしたら、その場においては
もう、「インド」というのだけを訳せば大丈夫。
通訳はそれを
ぜんぶ一字一句違わないように
訳そうとしちゃうわけですね。
「壇上」だとか、「発言」だとかを。
しかし、役割としては、通訳は
いちばん大事なところをつかむことに
集中すればいい。
もしも、すこし時間があったら、
「インド」だけではなくて、
「では、次はインドの代表の方、どうぞ」
とか言えばいいわけです。 |
糸井 |
オフィシャルな場所の翻訳のほうが、
逆に意味の順列がはっきりしているから楽ですね。
仮にロシアのだれかさんと日本のだれかさん、
偉い人同士でもいいけど、
「ここはケーキでも食べながら」
という話しあいのほうが、通訳はむずかしい? |
米原 |
それでも対話形式の話はやりやすい。
すでに文脈があるから、
こちらもその場にふさわしい、
適当なことをいえばいいわけですよ。 |
糸井 |
言外に、おれはおまえに
好感を持ってないというようなことを言ったり、
「俺はとても好きだ」みたいなことを混ぜて、
ほかの言葉との変化球で進む会話も、
あるじゃないですか。
ああいうときは、どうなりますか? |
米原 |
それはやっぱり結構むずかしいです。
つまり、そこまで本人のことを
知らない場合が多いですからね。
いきなりその場で通訳するということが多いので、
わからないですけど、
でも、やりとりがある限り、
通訳がわからないことは
聞き手にも、おそらくわからないことだから、
相手に聞いてくれますよね。
「それはどういう意味ですか」とか。
そこから怒ったり、いろいろな反応があるから、
軌道修正をしていけるんですよ。
だから、最初はちょっと通訳として
ブレていても、少しずつ対話の中で
軌道修正して何かまとまるという‥‥。 |
糸井 |
つまり、対話そのものの構造が
やっぱりベースで、
間に通訳がいるということは関係ない、
と思っちゃった方がいいわけですね。
ゼロである、と。 |
米原 |
そうですね。
むしろモノローグで
誰か偉い人が演説なんかをする時、
たとえばアメリカとかロシアから
大統領かなんかの演説が流れてきて、
これを一方的に通訳する場合は、
誰も問い返しもしないから、
わからないんですよ。
例えば大統領が間違った発言をしちゃって、
「クリントン」ていわなくちゃいけないのに
「フォード」っていったりしたときに、
普通の対話関係なら
「あ、それ、クリントンじゃないですか」
と聞き返せるけれど、聞き返せないでしょう?
それをそのまま私が「フォード」といったのを
「フォード」というと、
絶対通訳が間違っていると思われるから、
そういうときには
「クリントン」と修正しちゃったりすることもある。 |
糸井 |
明らかにわかっているときですね。 |
米原 |
明らかに違うってわかっているときにはね。 |
糸井 |
最近だと、「ショー・ザ・フラッグ」というのが
何かえらい話題でしたけど、
いろんな説が何種類も出たような気がします。
米原さんなんかもああいうとき、
興味がおありですよね。 |
米原 |
そうですね。
でも、あれは
「旗幟を鮮明にせよ」
という意味ですよね。 |
糸井 |
解釈によっては、
本当に「旗を見せろ」というのもあったし、
いろいろで、自説を皆曲げないものだから、
本当のことはもう、
わからなくなっちゃっているんだけど‥‥。 |
米原 |
そうですね。
でも、もうそうなると
通訳のせいにできないですね。
政治的な立場がいろいろ変わってきてね。 |
糸井 |
ブッシュみたいに失言と間違いが
多そうな人との間で
通訳を任されるって、つらいでしょうね。 |
米原 |
そうですね。 |