言葉の戦争と平和。
米原万里さんとの時間。
(「これでも教育の話」より)

5  真意をごまかさない方がいい







こんにちは!

今日も米原万里さんの対談をお届けしていきますが、
ちょうど今回の内容に関わる部分で、
読者の方からの興味深いメールを
いただいてますので、冒頭にご紹介いたしますね!

「私は要約筆記者です。要約筆記ってご存知ですか?
 聴こえない方たち(主に中途失聴者や難聴者)に
 情報を書いて伝える筆記通訳のことです。
 聴こえない方の中には、手話が出来ない人のほうが
 出来る人よりずっと多い。
 その方たちが、情報を得るために書くのです。
 米原さんのお話の中で
 「Aのことを話すにはA〜Fくらいまでの言葉を使う。
  通訳するにはその中のAを掴み、伝える事が大切」
 とありました。「私たちと同じだ」と共感しました。
 要約筆記は話し言葉の2〜3割しか書けないので
 要約が必要になるのです。
 それと同じ事だと知り、すごく親しみを持ちましたし、
 興味深く読ませていただきました。
 これからも楽しみにしています(みよ)」

何をどこまで要約するのか。
どこまでを編集するのが通訳の役割なのか。
本来、人と人とのコミュニケーションの仲立ちだから、
何も編集しない透明な立場でもありたいけれど、
そうはいかない時もある‥‥。
そんなことが、今回、語られてゆきます。
では、どうぞ、お読みくださいませ!!








米原 ソ連邦が崩壊した直後、
政治家のWXYZ(匿名)さんが、大統領とか
その国の閣僚全部の前で演説したの。
そのときに、
「貴国は非常に貧しい。これからは
 日本が大型円借款をするので期待してほしい」
と言っちゃったわけ。

言った言葉は日本語だから、
そこにいた商社の人たちから何から、
みんな並んでいて真っ青になったんです。

でも、おそらく通訳官が
何かごまかしてくれるだろうと思っていたら、
通訳官が、そのまま「プアカントリー」と、
ロシア語でそれに相当することを
言っちゃったわけです。

もう大統領も首相もみんな顔がこわばったって。

ロシアからしたら、
そうとう悔しい言葉だと思う。
つまり、援助される身になってみれば、
すごく屈辱的なんですよ。

本当は援助なんてしてもらいたくないんだから。
ひがみみたいな傷があるところに、
塩を塗りこむみたいな感じじゃないですか。
糸井 事実、言った言葉なんですよね。
米原 言って、そして通訳官は
ロシア語にそのまま「貧しい国」と訳して、
それであとからその原稿の英語版を渡したけれど、
そこにも「プアカントリー」って書いてあったのね。
糸井 だめ押しですね。
米原 だめ押し。
「米原さんなら、あそこ、
 ちゃんとごまかしてくれるよなぁ」
って言われたんだけれども、
「うーん」って唸ってしまった。

考えてみたら、やっぱりその時に、
「ああ、日本はそういうふうに
 我々のことを考えているんだ」
と相手が思って、そのあとに、
できればやりとりがあったほうが、
いいのではないか、とも感じるんです。

通訳がクッションを入れて
ごまかしてしまうと、
永遠にお互い錯覚したままでいるわけですから。


ですから、ちゃんと真意として、本当に
相手のことをどう思っているかということを
交換した方がいいんですよ。
糸井 「ガン宣告」みたいですね。

ガンだと告げられたとしても、
例えば1年なら1年生きられるということを
知っておいた方がいいですという人もいるから。

だけど、それは事実だけれども、
言わない方がいい場合もあるし‥‥。
米原 そうそう。
そういうことは、たくさんありますよ。

私は、その場かぎりで
帰ってしまう仕事の場合には
やっぱり、誤解を生みそうな言葉を
通訳としてその都度ごまかしますけれど、
たとえば2週間ぐらい
一緒に過ごす相手の場合には、
ぜんぶ、そのまま訳しますね。
糸井 ある意味でいちばん誠意のある形というのは、
「プアー」を訳すこと、なんでしょうねえ。
米原 そうなの。
透明になった方がいいですよね。
そう思いません?
糸井 つまり、エディターじゃなくて、
トランスレーターだということの意味ですよね。
米原 そうなんです。
トランスファラントになった方がいい。
糸井 でも、それは、若げの至りで
エディターになりたがっちゃいますね、
それが素人だったら。
米原 そこは、トルシエの通訳が‥‥(笑)
糸井 あれも、おもしろかったなあ。
米原 おもしろかったですね。
トルシエって、
選手をすごい傷つけるじゃないですか、
それをそのまままた増幅してやるでしょう?
糸井 ボディーランゲージまで使って。
米原 そう。
日本人の通訳を雇ったら、
あれを、やわらかくするでしょうね。
糸井 スポーツなんかの場合には、
その方がよかったかもしれないですね。
米原 そうなんだろうと思いますね。
糸井 ぼくらが小学生のとき見てた
阪神の通訳というのに、有名な人がいて。
米原 関西弁でやるのね。
糸井 そうなの。
どんなに長くしゃべっても、
「まあ、よう頑張ったねえ‥‥」って(笑)。

聞いているこちら側としては、
「今まであの人が一生懸命に
 説明していたことは、何だったんだ」
という‥‥。

「まあ、一生懸命やったよ」
いつも、そんなことを言うんです。

ほほえましいという人もいるかもしれないけど、
客を、たかくくっていることでもある。
どちらにしても、本当のつもりがないから。
米原 そうですね。
でも、映画の字幕なんかも
けっこう、そんな感じじゃないですか。
糸井 たまにわかるときがありますよ。
「‥‥あ、字幕と実際はずいぶん違う」って。
米原 そうそう。
で、それでけっこうちゃんと全体として
映画の内容は伝わっていたりして。

逆に、ぜんぶ訳すと、短い時間では
読み切れなくなったりするでしょう?
糸井 映画の場合には、そこでエディターとしての
腕を見せるみたいな、そういう商売ですよね。
米原 ええ。
ですから、同時通訳中は
時間という制約があるから、
おのずと編集しちゃうわけです。

編集するというか、
とにかく言いたいことをつかんで、
それを伝えるということをするんですね。
糸井 エディターになったり
トランスレーターになったり、
両方の立場をきっととっているんだと思うんです。
米原 そうでしょうね。


(※明日につづきます。おたのしみに!!!)

2002-11-05-TUE


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