糸井 |
以前に、スポーツ系の方と
お会いして聞いたのですが、
「とっても才能のある選手は
金メダルを取れない」んですって‥‥。 |
米原 |
あ、そうだろうね。 |
糸井 |
その人を追い抜こうと思っていた、
「ちょっとマシな人ぐらいの人」が、
自分より先を走っている天才を見定めて
努力していくと、金メダルなんですって。
金メダルの選手って基本的には、
本当に才能のあるやつが先にこぼれてくれて、
その結果、あそこの位置にいるそうで、
その話には、リアリティーありますよね。 |
米原 |
ちゃんとできちゃう人は、
それをできるということを、あんまり
ありがたいと思わないという面がありますね。
苦労しないで手に入れるから。
結局、人間って
自分がかわいくて、自分が努力した量が多いほど、
それを貴重に思えるじゃないですか。 |
糸井 |
それは、何かを学んでいくときの
大きなヒントですね。 |
米原 |
そうですね。
だから、何かたとえば男の人でも、
虫が好かない人の方が、けっこう本当は
よかったりすることある……それはないか(笑) |
糸井 |
男だと、それはないですよ。 |
米原 |
ないですか。
でも、嫌いでも好きでも、
気になるんですよね、結局はね。 |
糸井 |
そうでしょうね。
たぶん自分にどこかで
一本通じているものがあるんでしょう。 |
米原 |
そうですね。 |
糸井 |
僕を大嫌いだというメールを送る人って、
僕のことをよく知っていますもん。
ひととおりぜんぶ知っていますもん。
‥‥ほんと、嫌いなんでしょうねぇ。 |
米原 |
そうですよ。
「愛」の反対語は「憎悪」じゃなくて
「無関心」だというぐらいだからね。 |
糸井 |
そういうことですね。
でも、そいつに愛されたいとも
思わないですけれども‥‥。
やっぱり時間というものがあるんで、
だいたいのケースでは、憎悪したままで、
人間の寿命って来ちゃうんだと思うんですよ。
なおるまでつき合わないもの。 |
米原 |
いや、憎悪というふうに
自分は認識しているけど、実は
愛だったりすることはあるんですよ。
だって、そんなに心のエネルギーを
使うわけですから、その人のためにね。 |
糸井 |
使っていますよねえ。
命をかけて、エネルギーをね。 |
米原 |
通訳するときも、
正反対の人の言葉の方が、訳しやすいんですよ。
すごく微妙に自分の立場と違う人が、
いちばん訳しにくい。
つい間違って自分に引き寄せちゃうでしょう?
だから、本当に微妙な違いの人の言うことを
正確に訳していくことはとっても難しくて
苦労するから、何か憎悪しますね‥‥その人を。
その、「ちょっとした違い」をね。
すごく離れていると、何かとってもラク。 |
糸井 |
通訳と通訳の会話を通訳する、
という場面とか‥‥嫌でしょうね。
つまり、スワヒリ語と日本語をしゃべれる人の。 |
米原 |
でも、しょっちゅうありますよ、
リレー通訳というの。 |
糸井 |
オーッ。 |
米原 |
ほとんど国際会議ってリレーが多いですよ。 |
糸井 |
そうか。
しょっちゅうあることなんだ。 |
米原 |
ええ。
たとえばインドネシア語で発言したら、
インドネシアの人がそれを英語に訳して、
その英語が日本語になって、
その日本語を私がロシア語にするとかね。
それをほとんど同時にワーッとやっていますよ。 |
糸井 |
もうイヤ‥‥。 |
米原 |
でも、もちろん途中でたくさん、
言いたいことが落ちてゆくんですけどね。 |
糸井 |
当然落ちるでしょう。 |
米原 |
落ちます。 |
糸井 |
スワヒリ語の人とロシアの人の間の違いなんて、
ぼくらには想像できないですものね。
前に話に出た「裸のつきあい」みたいな表現が、
その間に、何度も何度も出てきているかもしれない。 |
米原 |
ぜんぜん違う話に
なっていたりする可能性はありますよね。 |
糸井 |
何か国際社会って、実は
危ういところでつながっているんですね、思えば。 |
米原 |
ええ。 |
糸井 |
「私、あなた、好き」
ぐらいのことが、ベースなんですねえ。 |
米原 |
おそらくね。 |
糸井 |
たくさんのロジックが
やりとりされているんだけど、
やっぱり最終的に、
「よし」「いや、違う」
というところは、大きく感情の
うねりみたいなものが支配しますよね。 |
米原 |
そうですね。
人間は理性よりも感情で動きますね。 |
糸井 |
そっちの分量の方が大きいですねぇ。
何だこの野郎だとか。
それは現場に行って
絶えず感じていらっしゃるんですね。 |
米原 |
いや、国際舞台では、
けっこう、人間は見栄を張りますからね。
だから、かなり理性的な発言をします。 |
糸井 |
複雑だなあ。
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