YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson4 上司を説得する
----その1 ストーカーからメッセンジャーへ----


「上司に手紙を書く」

今週・来週と、こんなコンセプトで、
伝える方法を一緒に探ってみましょう。
では、まず、最悪の例から。
もし、こんなストーカー的なメールを送ってしまったら、
自分の未来を閉ざすことに。


●悪文の例−まず読んでみよう!

和久井部長へ 「来週発表の人事についてのご相談」

部長が異動して、
うちの部署にこられてまだまがないのに、
はじめてメールさしあげる失礼をお許しください。
でも、来週発表の人事について、事前情報を聞き、
あまりにびっくりしたものですから。

みんな言ってます。
部長は、自分の趣味で、
ポジションを決めてるんじゃないかと。
課内の若い人も
「前の君平部長はよかった。
 配属ひとつにも、本人の希望を聞き、
 よく、コミュニケーションをとって
 決めてくださっていた」と。

そもそも、新商品開発プロジェクトのリーダーが、
なんで本倉くんなんでしょう? 
このプロジェクトは
3年間の基礎研究があってこそのもの。
本倉くんは、この春部長と一緒に異動してきたばかりで、
はっきり言って、この商品のリーダーは無理です。
これは、うちの課の若い子が言ってたのですが、
本倉くんは、課長にはごまをするけれど、
新人に対してはすごい横柄。
そのくせ、基本的な商品知識もないということでした。

私はこの3年間、基礎研究のために
自分の時間はありませんでした。
研究所の方に何度も出向いて、
課内のものと、一心不乱にがんばってきたのです。
そもそも、新商品のイメージは、
私がつくったものだし、君平部長は
新プロジェクトのリーダーは私にと言ってらしたんです。
後輩も、
「え〜!先輩がリーダーじゃないんですか? 
 どうしてですか?」
と絶句。僭越ですが、
部下のキャリアを知るというのは、
新任部長の義務ではないでしょうか。
キャリアに関係なく人事が決まるようでは
みんなやる気をなくします。

とにかく本倉くんをリーダーにする、
はっきりした理由をお聞かせください。
うちのような上場企業が、
こんな不透明な人事をしてよいものでしょうか。
場合によっては、常務にもお話して、
問題をはっきりさせようかとも思っています。

開発2課 域堂理子


●相手に伝わったのは?

この手紙が結果的に伝えているのは、
こういうメッセージです。


×理子さんの文章

1.言いたいこと(結論) 
  和久井部長の人事は、誤っている。

2.理由
  みんな言ってるから。

3.自分の根っこにある気持ち
  不正な人事は許せない。

4.相手にとっての意味
  部下からの苦情。

5.自分というメディア
  部長は「自分に反感を持っている人物だ。
      感情的で恐い人物」と思うかも。


○せめて、こうだとよかった

1.言いたいこと(結論) 
  ぜひ、私にリーダーをやらせてください。
2.理由
  プロジェクトの性質・自分の実績・予想される効能
3.自分の根っこにある気持ち
  プロジェクトをぜひ、成功させたい。
4.相手にとっての意味
  リーダーへの自己推薦
5.自分というメディア
  部長に「好感がもて、実力もやる気も
      十分ありそうだ。」と思ってもらう。


●「何のために」書くのか?

理子さんは、部長を責めるために
わざわざメールを書いたのでしょうか? 
最終的にどうなっていたいかというと、
3年間取り組んできた基礎研究を生かして、
新商品開発プロジェクトを成功させること(目的)、
そのために良いリーダーを立てる(手段)
ということです。

であれば、上司と
よいパートナーシップを築いていくことは、
必要条件のひとつ。

上司の理解のもと、すばらしい新商品が完成し、
仲間とともに歓びあう姿を
まず、しっかりイメージしたいですね。

スポーツのイメージトレーニングのように、
書くことによって紡ぎだす状況を、思い描くのです。


●問い=「論点」を修正する

「論点」をチェックしてみましょう。
論点とは、文章全体を貫いている「問い」のことです。

現在の論点:和久井部長の人事は正しいか?

これだと、話はどこまでいっても、
和久井部長が正しいか間違っているか、に
終始してしまいます。
広がりのない、つまらない「問い」です。
よい「論点」を設定しましょう。
つまり、いい「疑問文」をつくることです。

修正案1:プロジェクトを成功させるためには、
     誰がリーダーになると効果的か?

あるいは、

修正案2:プロジェクトを成功させるためには、
     人の配置をどう考えたらよいか?

これも、より広い視野から
建設的な発言ができるでしょう。


●結論をはっきりさせる

理子さんが言いたいこと(結論)を
はっきりさせましょう。

ぜひ、自分がリーダーになりたいのか? 
それとも、プロジェクトが
成功に向かう人事体制が組めれば、
形にはとらわれないのか?

・論点1に呼応させると結論は、
 ……以上の理由から、
   私がリーダーになることによって、
   よりよい成果が期待できます。
   ぜひ、私にリーダーをやらせてください。
・論点2に呼応させると、
 ……プロジェクトの成功には、
   以上のような人の配置が不可欠です。
   よい体制を組んで、
   ぜひプロジェクトを成功させましょう。

メッセージが決まったら、あとは
理由(論拠)を固くしっかり積み上げることです。


●理由を立体的に用意する

理由も、やはり、小さい疑問文を洗い出して、
整理してから材料を集めるとよいでしょう。
例えば、

・プロジェクトのリーダーには、
 どのような要件が求められるか?

・どのような実績、理由からそれを証明できるか?
        →成功事例
        →研究所のアンケート

すべての「理由」を手紙に盛り込むことは不可能です。
実物を添えたり、データやビデオなど資料をつける、
また、和久井部長が信頼している人物で、
この3年間の経緯をよく知る人物がいれば、
生きた証拠になってもらうのもいいでしょう。
だれの目にも明らかな証拠を、
固く積み上げることです。


●自分というメディア力を挙げる

最後に、自分というメディアが、
上司からどう見られているか。
日頃の信頼関係があれば、伝わりやすいのですが。
このケースでは、春から、
あまりお互いを知らないようですね。

そこで、相手が、仕事の中で、
どんなことをやってきたか、
どういうことを大事にしてきたかを、まずよく知る。

そこで、心から共感できることがあれば、
文章の頭においてもよいでしょう。
相手が大事にしているところを的確に認めるのは、
相手との信頼関係をつくる術の一つと私は思うのですが。
もちろん、共感できることが一つもなかったら、
うそをつく必要はありません。


●改作の構想メモ

タイトル<プロジェクトの体制についての提案>

・あいさつ----部長の過去の仕事で共感したこと。

論点:プロジェクト成功のために、
   人をどう配置したらよいか? について、
   以下に考えを述べたいと思います。
               ↓
<理由>
・プロジェクトのリーダーには、
 どのような要件が求められるか? 
→社内でも、高い専門性が問われる2課の開発では、
 3年間の基礎研究の背景や、
 商品知識があることが不可欠。
               ↓
・どのような実績、理由からそれを証明できるか?
→過去の成功事例:開発に専門性がどのように
         かかわってくるか(資料を添える)
→研究所のアンケート:開発担当の知識が乏しいことで、 
          どのようなトラブルが生じたか
                (資料を添える)

               ↓

・提案した体制で、どんな効果が期待できるか?
      →研究所とのスピーディーなやりとり。
      →迅速な意思決定
      →質の高い商品の具現化
               ↓
結論:以上のように、プロジェクトの成功には、
   基礎研究の背景と商品知識を踏まえた
   リーダーの配置が不可欠と考えます。


このメモに沿って、手紙を書けば、
伝えたいことは伝わりそうですね。
最初のストーカーの文章より、よっぽどよくなりました。

論点も、意見も、理由もある。論旨明快のはずが…、
おやおや、この文章、なんか変ですね。
私はこれで上司を説得できるとは思えません。
この文章は何か肝心なことが、抜け落ちています。
それは、何でしょうか? 
説得するとはどういうことなのでしょうか? 
というのを来週探っていきましょう。

(→来週につづく)

2000-06-21-WED
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