おとなの小論文教室。 感じる・考える・伝わる! |
Lesson19 人は「好きなこと」で生きられますか?
好きなことをやって生きていけたら… これはだれもがもつ願いではないだろうか。 人生を「好きなこと」で貫いているお手本というと、 私は、西山敏樹さんのことを、すぐ思い浮かべる。 彼の生き方を見ていると、 それだけのことやっている気がする。しかも、 ・よい「問い」を発見する ・書くことを通して、自分の活動を広く発信する など、小論文の要素が実にうまく息づいているのだ。 そこで今日は、あなたと、 人は「好きなこと」をやって生きていかれるのか? そのための条件は何か? 彼の生き方を手がかりに考えてみたい。 まず、子ども時代から、 大学までの彼の歩みを追ってみよう。 特に、好きなものを、 マニアではなく、人生のテーマに変えた 「グッド・クエッション」に注目してほしい。 また、高校生の人がいたら、 大学ありき、成績ありきでなく、 「やりたいこと」ありきの進路選択や 入試方法も知っておいてソンはないと思う。 好きなことに立脚して、問いを発見し、 その問いを通してダイナミックに世界とかかわる、 自分を充実させていく。 こういう発想こそ小論文的だと私は思う。 ●少年は「バス」が大好きだった これは8歳の西山さん。 小さいときからバスが大好きだった。 珍しいバスがあると聞けば、遠くても乗りに行った。 京都に珍しいトイレつきの路線バスがあると聞けば行き…、 20年の長寿バスがあると聞けば (バスの命は都市では12年くらい)行って写真をとり。 貴重な写真もどんどんたまっていく。 あなたが子どものころ、 夢中で過ごしたのはどんな時間ですか? ●「問い」を発見した!----好きがテーマに変わるとき 西山少年は、バスを見て歩くうち、しだいに疑問をもつ。 「お年よりや、からだに障碍を持つ人に、 路線バスは乗りにくい。どうしたら もっと利用しやすくできるだろうか?」 (▲以降の写真、撮影:大槻 茂) 直感的にわいた「問い」は、その後の 西山さんの人生を変えたといっても過言ではない。 西山さんの家におばあさんがいたことも大きかった。 好きなバスと好きなおばあさん、 彼にとって身近で切実な「問い」だった。 問いの中に「他者」の存在がいたことも見逃せない。 あなたが今、身近で切実に感じることは何ですか? ●調べて、考えて、発信する 中学・高校ごろから、 交通弱者が期待を寄せる「路線バス」について 彼なりに、調べたり、考えるようになる。 ここで役立ったのが「書くこと」すなわち、 バス専門誌への投稿だった。 書くことで考えを整理し、人々に 広く自分の活動を知ってもらうことができる。 人脈も開け、さらに関心は広がっていった。 ●進路----いったい何学部に行けばいいんだろう? 進路選択で西山さんは考えた。 自分のやりたいことをやっていくためには、 いろいろな学問をヨコにやっていく必要がある。 例えば… 高齢者や障碍者のからだや行動の特徴を知りたい。 (リハビリテーション) バスの車体も知りたい。(車両技術) バス以外の交通福祉も知っておかないと。(交通学) だれもが移動する権利を もてるような社会にする動きも知りたい。(法律) バス会社の予算制約や、財政が苦しい バス会社を支える地域政策も知りたい。 (組織の経営・地域政策) 高齢者・障碍者福祉や、各地の 「福祉のまちづくり」の動きもつかんでおきたい。 (福祉学・地域計画) 公共経済学・行政学・福祉学・交通計画学など、 いろんな学問が必要で、法学部とか、経済学部とか、 一つの学部ではだめだ。 ではいったいどこでやれるのだろう? そこで、彼が選んだのが、 SFC(慶應大学湘南藤沢キャンパス)。 タテ割りの学問ではなく、 学生一人一人のやりたいテーマがまずある。 その環境を整えてサポートする。 日本初の「問題発見・解決型」の 教育がされているところだ。 多様な領域の学問を自分でコーディネートできる。 そして、彼は、AO入試で受験する。 学科試験は一切ない。 自分は何をやりたいのかをプレゼンテーションし、 3人の教員から30分間面接を受ける。 「やりたいこと」への情熱は本物か、 まわりの人や社会にとって意味があることか、 という二つが鋭く試される。 入試のために用意したのは、志望理由を書いた紙と、 自分のレポートが載ったバスの専門誌。 ただ好きでやっていたことが、合格の切り札になるとは、 西山さんも想像しなかったが、ここでも書くことが生きた。 あなたがやりたいことができる環境はどこですか? なければどう探しますか? どう創りますか? あなたがやりたいことは、他者にどんな意味をもっていますか? ●現場と交流、開かれた研究 入学後の西山さんは、 「交通運輸プロジェクト」のチームで 現場と交流しながら問題解決を目指す。 例えば、JR東日本と一緒に研究、提案する。 現場のプロとコラボレーションすることで、 より現実的な問題解決と社会的貢献ができる。 産・官・学、そして民と交流しながら 「交通福祉政策」の実現へと、 着実に進んでいる彼は、現在、 政策・メディア研究科(大学院)の博士課程。 <西山敏樹さんへのインタビュー> ●どうして「やりたいこと」が見つからないの? ----ズーニ−:こんにちは。人は 「好きなことで」生きていかれるか? というテーマでお話したいんですけど。 西山さんはやりたいことを ずっとやってきていると思うんです。 西山さん:そうです。目的(やりたいこと)があって、 問題を解決しようとするから、 そこではじめて何かつくれると思うんです。 ----その目的がみつからない、というのが、 ある種時代の問いだと思うんですが。 「技術」が一人歩きしてる、そこが 世の中を悪くしている原因のような気がするんです。 私たちの持ってる「価値観」と、 経済面とか政治面の「制度」と、 「技術」がどうもここへきて、 マッチしてないんじゃないのか? っていうのがぼくの最近の問題意識なんですよ。 たとえば今、学者や業者、行政が、海外に行って、 何か成功した技術を探してくるっていうのをよくやるんですよ。 まず技術があって、それを使って何かやろうか、 って話すんです。まず目的ありきじゃない。 それはおかしいと思うんですよ。 ----与えられた「技術」のワクの中でしか、 目的(やりたいこと)がつくれない。 ちいっちゃいワクになっちゃいますよね。 ええ、ワクを小さくしよう、小さくしようって なぜかしちゃってるんですよ。今の日本社会は。 「技術」ばかりがすごい上のほういっちゃって、 「価値観」「制度」がもう、 ついていってない感じなんですよね。 これは日本人の姿勢そのものだとも思うんです。 社会の目的、価値観が育たない。 だから、「やりたいことが見つからない」 っていう人が多いんだと思うんですよ。 ----なるほど… つまり、個人も、目的ないわけですよね。 ●やりたいことと仕事をどうつなげるか? ----西山さん自身は、将来の仕事は どうしようと思っていますか? 好きなことはあっても、具体的な職業名が みつからないっていう人も多いんですが…。 ぼくは研究の道に入ってくと思うんですけど。 従来の研究者だと 社会的貢献が少ないと思うんですよね。 開発者には開発者の制約があるし、 生活者には生活者の価値観や文化、制度がある。 開発者と生活者の間に立って、 結びつけて世の中をよくしようとするようなことを、 ぼくはぜひ、やりたいわけですね。 ----それは何なんでしょう? いまの職種にはないでしょう? 新種の肩書き? 大学教授っていうのとも違いますよね。 なんて言うんだろうなあ…うーん。 それこそ「クリエ−ター」だと思うんですよ。 ----なるほど!!! クリエイティブ、創造的っていうのには、 二つの要素があって、「斬新であること」が まず一つの要素だと思うんですよ。 もうひとつ「社会受容性」ってのがあるんですよ。 だからたぶん、クリエーターだと思うんです、世の中の。 ある時はすべて壊してもいいんだけど、 その先に社会受容なものを、 だけどちゃんと斬新さがあるものを創る。 それを生活者に浸透させる。 そういう人が求められているような気がして。 ----自分のフィールドをどこに置くのですか?個人?企業? 産・官・学、そして民がいる。 ぼくは研究機関にいますけど、 立場は、あくまで、この4者の「間」ですよね。 要するに、インターメディア。 媒介物の役目の人がいなくちゃいけないと思うんですよ。 ----すごく思います。企業で編集をしてても、 いいものが生まれる時、 かならずインターメディアがいるんです。 肩書きもつけられず、 お金も支払えない時もあるんですけど。 でもまだまだ、この「間」の役割って、 社会的に認知もされてないんですよね。 おまえは「間」で何やってんだ、 って人もいるわけですよ。大学関係者にもね。 だからそのイメージを打破できればなと。 ----素敵ですね!ただ、そうなった時、 「やりたいことで」食っていけるか? その見通しってどう思いますか? 私は広義の「教育」で インターメディアになりたいんですけども、 それを経済化していくって考えると、 どうしていいかわからないんです。 だからこれ、ぼく「賭け」だと思うんですけどね。 ----やっぱりそうですか!! 最近、日本の中にも 政策科学的な視点が芽生えてきてんですよね。 学問にも、現場にも。その有効性を、 少しずつ自分たちで訴えていくしかないんです。 やってるものが。 ----それ、すごくわかる! 重要なんだってことが、中央省庁のあたりでも、 わかってきたっていう感触はありますよ、すごく。 自治省の方とかお会いしても やっぱり、必要だとおっしゃいます。 だから、そこで自分で変えていかないと、 その次の経済化ってのも考えられませんね。 シンクタンクとかで、少しずつ フィールドを伸ばしている人もいるし、実際に。 やっぱり、僕たちがメッセンジャーになって、 そこでもメディアになって 社会を変えてかなくちゃと思うんですよね。 ----それもクリエイトしていくんですね。 社会をクリエイト、というかプロデュース、 そういう能力を 身につけないといけないと思うんですよね。 ----そういう意味では、面白い時代に生まれたっていう。 ええ、今やんないと。使命だと思って。 ●人は好きなことで生きられますか? ぼくは、うしろ向かないんで、どんどん先行っちゃう、 行けるとこまで行こうと最近すごく思うんです。 だから進めば進むほど失敗もします、 だからそれをプロセスとして、 「考えた」ってことを財産にしないとダメですよね。 ----人は好きなことで生きていかれるか? 西山さんはどう思いますか? いけると思うんですよね。 だれにも可能性あると思いますよね。 ----素晴らしい! でも、そこで道の開き方、まちがってる人が 多いんじゃないかと思います。 そもそも無理してまで大学行く人は、なんで? 直感的に「面白い!」と思ったことを、 本当に大事にしてないんですよ。 進学とか、一流企業に就職とか、親の期待とか そういうのにがんじがらめになってるから、 やりたいことに対する思考はストップしますよね。 やっぱり、やりたくないものをやるっていうほど つらいことってないですから。 伸びるものも伸びない。 自分の面白いと思ったテーマが、 大学に行かなくてできるんだったら、 別にそっち進んだっていいと思うんですけど。 それに大学に行ってないってことで 偏見もつ人がいればそれもおかしい。 社会の偏見を壊し、 個人が面白いと思ったことを大事にできる環境は つくっていかなきゃいけないですよ。 ----それは、私がぜひ、 メッセージを放ちたいところです。 結局ぼくは、好きだから続いたんですよ。 たまたまね。だからみんながどこに行っても、 好きなことを追求すれば、それでいい。 だからチャンスは平等に開かれていると思うんです。 ----形にならない、金にならない、 認めてもらえないとダメだっていう これまでの価値観にとらわれてると、 すごい不安、っていうか 無力感におそわれちゃいますよね。 ぼくはもう一日一日、 自分で納得のいくように生きるしかないんですよ。 こうと思ったら、すぐ予定組んだり、人と関わったり。 自分で知識をまとめて、人に発表して、 刺激を受けて、自分に蓄積していく。 そういうの、どっかで生きてくるって割り切らないと、 次につなげていけないでしょう。 一日一日を蓄積して、線にして、面にして。 ----何をしたいかわからない、 だから自分から発信できない、 わかってもらえない、だからつまらない、 でぐるぐるしている人も多いと思うんです。 発信しなくて「くれくれ」って言ってても、 必要な情報は集まってこないですよね。 ループになっちゃんてんですよね。 それにインタラクションの創り方がヘタなんだよね。 そういうのを打開するためには、人と共有していく。 ひろげてかないとだめですよね、シェアする。 そのためにテーマが必要です、テーマを持って、 自分で書いてみたりとか、話してみたりとか、 それがいちばん大事なんですよね。 それと自分を伸ばせる環境。 どんどん話すとこに出てかないと。 ----テーマを起こすことに慣れてない人は、 稚拙なテーマからはじめてもいいんでしょうか? やっぱり、直感で「楽しい」と思ったことから はじめるのが一番大事だと思うんですよね。 少しづつ面白いと思ったことから、 広げてって、考えて、プレゼンして、 インタラクションを起こして、 また、情報を得て、という循環を創っていく。 そうするとイキイキしてきますよね。 西山敏樹さん 24歳 [URL]http://www.sfc.keio.ac.jp/~bus/ 面白いと思えるテーマをもつ。 そこから他者との関わりが生まれる。 あなたのテーマは何ですか? ぜひ教えてください。 マイテーマの発信はこちらへ→ postman@1101.com |
2000-10-04-WED
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