YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson28 独占欲ってなんですか?
      −読者と山田の往復メール2


:ズーニーさんへ

好きだった彼にふられたのです。
いつかは結婚を、と誓いあった彼にです。

私は彼を
大好きな彼を失うことが
一番の恐怖だったから。
30年間逃げつづけてきた
「自分と向き合う」ということの恐ろしさよりも
彼を失うことが怖かった。

でも失ってしまいました。
失恋なんて言葉じゃまるで足りない
とんでもない闇にほうり込まれました。
そして、彼にふられた原因である
自分の態度を振り返る時間を過ごしました。

ふられる直前
彼がどんどん離れいくのが分かっていました。
私は自分の乗ったボートを
彼のボートに必死で近づけようとしました。
彼の姿を追いながらオールをがんがん漕ぎました。
だけどどんどん離れてしまう。
漕げば漕ぐほどに。
要するに私は
彼の姿を見てはいたけれど
自分がしていることは見ていなかった。
行きたい方向を向いてオールを動かせば
後ろに進みますよね。
そんなことにも気づかずに漕いでいたんです。

彼に対して私がしていたことは
束縛や、自分の押しつけ、思いやりのない行動。
気持ちが通じ合っていたころに
「こういうことされると嫌なんだ」と言っていたことを
フルコースでしていました。
ひとつひとつ思い起こすたびに
「なんてひどいことを」と、自分の心に突き刺さります。
痛みは止まりません。
恥ずかしく、自分に泣けてきます。
でもその痛みをできる限り止めずに続けました。
「誰よりも自分を理解してくれている」と言って
いろんな鎧を脱いで
無防備なまでに自分を預けてくれた彼に対して
私はいつしかたくさんの槍をさしていました。
その行為を思い返すことは
痛みを自分へ返す作業でした。

自分を解体、分析、解毒するにあたり
「おとなの小論文」が役に立ちました。

いまの自分は
彼にふられたのはしかたがない
自分が子供すぎた、という気持ちです。
彼をいかに傷つけたか、その痛みの深さを思うと
私には彼を失うという罰が同等の痛みだと分かっています。

ただ、ひとつ教えてほしいことがあります。
コントロール不能な私が彼にしてしまった行動の多くは
「独占欲」に支配されたものだった気がしています。
「独占欲」というものは
どんな感情に起因しているのでしょう。

彼と別れることはしかたがないと納得できるのに
この先、彼がほかの女性に心を許すことを想像しただけで
つらくてしかたありません。
「独占欲」の理解で
私は彼を卒業できると思っています。
考え方のガイドでかまいません。
どうぞ力を貸してください。

(読者Aさんからのメール)

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Aさん、こんばんは。ズーニ―山田です。

「独占欲」というものは
いったいどこからくるのか?

私も、人を好きになると、
理屈ぬきで、むくむくとわきあがる執着心と戦っています。
たぶん、一生、続くのではないだろうか。
なんの、答えにもならないのですが、
わたしは、執着心でくるしくてしかたがないとき、
友だちがくれた、ある本の一節を読むようにしています。

その友だちはクリスチャンなのですが、
宗教をもたない私の心にも、この言葉はしみました。
答えに代えて、書いておきます。

*******
独占欲から出た愛はエゴイズムです。
これは愛とはいえません。

Waht you love, set it free.
If it doses not come back to you, it was never yours.
If it dose come back to you, it was always yours.

愛するものを手放しなさい。
もし、その人が戻ってこなければ、
初めからあなたのものではなかったのです。
しかし、戻ってくれば初めからあなたのものだったのです。
*******

ズーニ−山田より

―――――――――――――――――――――――――――

ズーニ−さんへ

お返事ありがとうございました。
「愛するものを手放しなさい」。
とてもショックな文章でした。

あれからまたいろいろ考えています。
ズーニーさんの文中では
独占欲が「執着心」と書き換えられてもありました。
それを読んだときは自分をとても恥ずかしく感じました。

 独占欲、って言葉は
 執着心よりかっこいい。
 執着はただみっともなくしつこいだけのようだが
 独占は一途な感じが出ていて美しい罪の響きだ。

そんな気持ちを抱いていた自分の心の醜さに気づき
恥ずかしくなりました。

ただ、あの相談メイルを書いたあと
彼に手紙を書いたのです。
書き始めて、本人に手渡すまで5日間。
書いては寝かせ、読み返し、書き直し
書いては寝かせ、読み返し、書き直し。
今まで私は手紙は書いたら即出す人間でした。
さらに夜に書く手紙が大好きでした。
衝動で生きていたような人間だなあ、と思います。
だから、手紙を寝かせるということは初めての経験です。
そしてこの5日間はまさに
『要約』の作業でした。

要するに?

私が彼に伝えたいことは要するに何なのか。

最初の手紙は言い訳オンパレードでした。
読み返すと嫌気がさしてきました。
そして書き直します。
こんどは、相手の気持ちを動かそうとする下心が丸見えの
演出がかった手紙。
また書き直します。

書いたあとこれを出して後悔しないのか?
自分が彼に一番伝えたいことはどの気持ちなのか。
書き直すたびに優先順位がどんどんハッキリしていき
枚数も減っていきました。

あとは制限時間との戦いで
この日に渡さないと駄目かもしれない、という
ギリギリの期日がきたので
その時点での、ぜい肉を削いだ心の芯に近いものを
書いて手渡しました。
書き上げたとき
この手紙のために買った100枚の便せんが
ちょうどなくなりました。
この手紙のために新しく削った鉛筆も短くなっていました。

書いてからだいぶ落ちつきました。
結局、自分が手紙の中で一番強く書いたのは
「あなたを取り戻したい」ということではなかった。
そういう諦めの悪い願いは持っているけれども
「あなたが自分自身のまま変わらないでいてほしい」
ということを書いた手紙になりました。
「あなたがあなたらしく生きる道を
 私が塞いでいるのであれば
 それは私自身がそれを許さない」と。

変わらずに大好きだけれど
それより、私が傷つけた彼の自分らしさを
どうかそのまま大切に生きてほしいのです。
それが一番の想いだと
自分で気づけたので落ちつきました。

彼を救えるのは自分のはずじゃないか、とか
そういう自信を彼が最後に
私に求めているのではないか、とか
私がすがってそれを受け入れたほうが
彼はラクなんじゃないか、とか
そんな想いはは悶々と心の中でくり返されています。
これが「妄想」なのか、
彼を知っているからこその「理解」なのか
そんな葛藤があることは事実です。
でも、そういう"もがき"もすべて引き受け続けることを
私は選びました。
彼が私を「必要」と言うか言わないかを
私の答えと決めました。
気づけばそれは
「愛するものを手放しなさい・・・」に近いのかな、と。

こうやってズーニーさんにメイルすることで
気持ちがラクになることは
なぜかいけないことのような気がしてきます。
ズーニーさんのアドバイスで、よりよい自分になりたい。
一生の恋の決着を、より後悔のないものにしたい。
そう思うのは正直な気持ちなのですが。

手紙にも結局、一番言いたいことは書いたけれど
諦めの悪さも引きずりつつ出した結論ですよ、ということを
相手にちゃんと伝えてあるのはずるい気がしてきます。
ずるいのか、それとも
私の正直な気持ちを誤解せず分かってもらいたいのか
分からなくなってきます。

そしてそれも私が引き受け続けるべき葛藤。
もがくしかないとも思っています。
(A)

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Aさん、こんにちは。ズーニ−山田です。


「あなたがあなたらしく生きる道を
 私が塞いでいるのであれば
 それは私自身がそれを許さない」



この3行に、私は打たれました。
ここまで、徹底した要約をみたことがありません。

最後の最後まで考え抜くのだということ、
自分自身の意志を、
相手のことを
相手と自分の関係性を

そのことを改めて教えられました。

私も、自分で自分を責める目にやり場なく、
ぱっくり開いた心の傷から、血を流し、
泣きくれたことがあります。
2年くらい立ち直れなかった。
そういう自分の醜さから目をそむけはしなかったものの、
ここまで徹底して考え抜くことはできなかった。

私が生きていく限り、好きなことや、好きな人間は現れ、
願いが生まれ、
願いを実現しようという意志が生まれる。

でも、意志を持ったとたん、
自分ではどうしようもないことの存在を知ります。

この世の中は、自分とはまったく違った意志をもった
たくさんの人で構成されていて、
自分もその関係性の中で生かされるしかないからです。

意志が果せない時、絶望のふちに陥れられますが、
でも、その中で、自分はその状況にどう関わるか、
徹底的に考え抜くことで、
自分の意志が介在する余地はあるのだということを、
Aさんのメールから教えていただきました。

過酷な要約の果てに出会った自分が、
この3行であったこと。
私だっら、これを自分の美しさだと思います。

ズーニ−山田


*山田の文中の引用は
 『そよ風のように生きる−旅ゆくあなたへ』
 バレンタイン・デ・スーザ(女子パウロ会)より。

*Aさんのメールは、省略・改変した個所があります。

2000-12-06-WED

YAMADA
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