YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson40
お願いの文章を書く−あなたはだれですか?



はじめての人に、
メールで仕事のお願いをする。

こんなとき、あなたは、
何を大切にしてメールを書きますか?

今日は、
具体例を見ながら、
失礼にならない、
うまくいっても、ことわられても
相手にさわやかな印象を残せる
おねがいの仕方を見ていきましょう。

さっそくですが、
企業で編集をしていた私は、
例えば、こんなメールを書いていました。

まず、ざっと読んでいただけますか?
手本としてでなく、たたき台として。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
表題:取材のお願い

●●●●先生

突然メールで、お願いを差し上げる失礼をお許しください。
私は、A社におきまして、
小論文の編集をしている山田ズーニーと申します。

私が担当しております『●●』は、
全国約2万5千人の高2生を対象に、
自分でものを考え・書くことを、
できるだけ面白くやっていこうという、
月刊の教育誌です。
毎月、環境問題、国際社会、科学論など、
さまざまなテーマを取り上げ、
高2生と一緒に考えています。

この6月号で
「リアルとバーチャル」というテーマで特集を組みます。
コンピュータ社会は現実感が薄いと言われますが、
「そもそも現実って何?」
というところから高校生と考えてみたいのです。

先生の作品は高校生にも強く支持されています。
最新作の『●●』では、
コンピュータを駆使した
非現実の世界でありながら、
私自身、自分のことを言い当てられているような
リアリティを覚えました。

そこで、ぜひ先生に、高校生に向け、
「コンピュータ社会に生きる私たちにとって、現実とは何か?」
というテーマで、最近のお仕事や、
先生ご自身が17歳頃の体験もまじえて、
お話いただきたいのです。

具体的には1時間程度のインタビューをさせていただき、
こちらで記事にまとめさせていただければと思います。
後に要項をまとめましたので、ご確認ください。

のちほど、こちらから電話をいたします。
ご不明な点は、その際、何でもおたずねください。
ご検討、どうかよろしくお願いいたします。

A社 『●●』編集部
山田ズーニー

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

さて、
おそらく仕事や目的のちがうあなたに
これを読んでもらったのは、
お願いの文章のポイントを具体的に
考えるためです。

これから、だれかに、お願いのメールを書こうとしている
あなたにおうかがいします、

あなたはだれですか?

え? そんなわかりきったことを…と言わないで。
考えてほしいのは、メールの「一人称」をだれにするかです。

この文章から読みとるに、
少なくとも「私」には、3つの顔があります。

ひとつめは、A社の社員としての私、
ふたつめは、編集者として読者を代弁する私。
3つめは、個人としての私。

わかりやすい例におきかえてみましょう。
レストランのオーナーが、
お店の改装を頼むとき、

レストランの経営者としての私、
料理人として食事にくるお客さんたちを代弁する私、
個人としての私

という顔があります。
あなたも、

組織を代表している自分
仕事を受け取る人たちを代弁する自分
自分個人

という、いくつかの顔を持ちます。
これをちょっと、意識してみましょう、
ということです。
たとえば、取材依頼をこの三つで、
ちょっと極端にやると、こうなります。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

先生のメッセージは、
ひとり一人の成長を支援するという弊社の事業方針に
重なるところが大きく、
取材をお願いできれば、
弊社としては大変幸いです。
(A社の社員としての私)

事前の調査で読者は、
このテーマについて、良いか、悪いかの両極端です。
先生なら、
別の角度からこのテーマを考えるきっかけを
読者に与えることができるのでは、と思います。
(読者を代弁する私)

私事恐縮ですが、
先生の大ファンで、高校時代から
先生の作品はすべて見せていただいています。
ぜひ、お仕事をさせていただきたいと想っておりました。
(個人としての私)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

この3つの顔の、どれかひとつに決める、
ということではないんです。
どの立場も長所・短所があります。

例えば、
「弊社が…」を1人称にする場合。
面識のない相手に対しては、
個人で向かうよりは、
説得力が出ます。
相手も、組織ぐるみで信頼を寄せてくれる
と感じられるのは、心強いでしょう。
でも、やりすぎると、
組織の権力を笠に着た、
慇懃無礼な感じになります。

また、顧客を代表する私。
編集者が読者を、
レストランのオーナーがお客さんの声を代表して
ことにあたる、
というのは、
お願いを受ける側にとっても、
自分の仕事の意義が見え、
伝わりやすいと思います。
ただこれも、顧客を代表するだけの根拠がないと、
うさんくさくなってしまうし、
やりすぎると
水戸黄門の印籠のように、
相手を威圧してしまいます。

3つめ、個人としての私。
いくら仕事だからと言っても、
個人をなくせ、ということではないんです。
私は、
あるデザイナーさんとやりとりをしていたとき、
こんな風に怒られたことがありました。
「読者が…、会社が…って、
じゃあ、山田さん自身は、
このデザインについてどう思うんだ?
僕は、山田さんの意見を聞きたい!」
顧客アンケートや、
会社の方針などにとらわれすぎると
自分が空洞化してしまうことがあります。
率直な自分の意見を言うことが、
時に、信頼の近道になることもあります。

逆に、個人が全面に出過ぎるのも、どうでしょうか。
「私はずっと前から、あなたの大ファンで、
あなたと仕事をするのが夢だった…」
というようなことは、
相手にとってもうれしい、伝えてよいことです。
ただ、それだけでは、
人を動かす力にはなりにくい。
ひっくりかえすと、
私はあなたのファン心を満たすため、ただそれだけのために、
その仕事を引き受けるのか?
ということになりかねませんから。
個人の想いを大事にしながらも、
自分のやろうとしていることを
広い目でとらえて、
そこに関わってくる人たちを見失わないようにしましょう。

私は、新米のころは、
これらの1人称をほとんど意識することはありませんでした。
でも、依頼をして断られたり、
うまくいったり、
試行錯誤を繰り返すうち、
依頼がうまくいく方へ、うまくいく方へ、
自然に流れ着いた結果、
「読者の代弁者である私」
が大半を占めるようになりました。
くわえて要所に、A社の社員としての顔、
私個人の顔がのぞく、というスタンスです。

編集者としての私自身も、
担当していた雑誌も、残念ながら、
名前を言えばピン!とくるようなメディア力はありません。
だから、私というメディアを全面に出すのは無理です。
一方、
時代の先端でクリエイティブな仕事をされて
いる人たちも、
これからの時代を担う若い人には、
コミットしたいと思っている人が多い。
高校生がどんな考えをもっているか、知りたい
と思っている人や、
そういう若い人に、何かを発信したり、サポートしたい、
と思っている人は多いようです。

だから、「私が、私が…」と自分をアピールするより、
読者の高校生の顔が見えるような依頼をする方が、
ずっと楽で確実、ということが分かってきました。

その分、ふだんから、
読者を知るための努力は必要になってきますが、
それは、ワープロの前で依頼文をこねくりまわすより、
ずっと実りのある作業です。

それは自分にとって、
関係の発見でもありました。

上記はあくまで、私のケースですが、
お願いをしようとしているあなたと、
相手と、
仕事を受け取る人たち、
あなたを生かしている環境、
それらの中で、
あなただけの立場、
関係を発見してみてください。
そのグッドバランスが最強の1人称になります。

そういう関係性は、
若いうちは、頭をつかって考えなければなりませんが、
しだいにプロになって、
個人と、仕事と、立場がしっくりいくようになると、
ごく自然に語るだけで、
その人をとりまく関係性までが、
自然に漂ってくるようになるのではと思います。

最後に、もうひとつ、
これから、だれかに、お願いのメールを書こうとしている
あなたにおうかがいします、

頼みこむのですか? 探すのですか?

お願いをして、成功すると
鬼の首でもとったかのように歓ぶ人や、
お願いして断られると、必要以上にしょげたり、
相手をうらんだり、という人も、たまにいるようです。

新米編集者のころは、私もやっぱり野心があって、
忙しかったり、気のすすまない著者を、
説得して、やる気を出してもらい、
仕事を受けていただくことに、やりがいを感じたり、
断られると、まるで、自分が否定されたかのように
がっかりしたりしていました。

でも、いつからか、そんなことでもないな…。
と思うようになったのです。

大切なのは、
依頼が成功した、あるいは、失敗した理由を
なるべく客観的につかみ、次にいかすことです。
よく聞いてみると、
依頼の善し悪しではない、
先方の都合や、他の効力で、
ことが決まっていく場合もありますから。

わたしは、冒頭のメールに、要項を添えていました。
要項には、料金や、日程や、
条件を明らかにしておきます。
そうして、判断に必要な情報は
先方に提供してしまって、
やるかどうかは、先方に判断していただく、
というスタンスをとることが
次第に多くなりました。

無理をいって、頼みこんで、
最初は、いい条件ばかり出す、
都合の悪いことは伏せておく、
そういうやりかたは、結局は効率が悪いんです。
もともと、無理な設定でことを走らせようとする上に、
条件がわかってくると、
「こんなはずじゃなかった」になりますから。

条件を正直に出した上で、
考える時間をあげて、
最終的には、先方が、
自分の意志と責任で、この依頼を受けた。
と思ってもらうことが、
以降の仕事へのモチベーションもあがり、
最終的に最も効率のよいやり方ではないかと思います。

だから、ベストを尽くしても断られたら、次を探す。
「そういう仕事なら、こちらから頼んででも、歓んで!」
という人を探すまで、
断られたら次を、また次を、またその次を…
という方に、エネルギーを向けていってはどうでしょうか。

今、実力とやる気があって、チャンスがない人は、多い。
うまく依頼すれば、
あなたが、そういう人の
フロンティアになることができます。

2001-03-07-WED
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