おとなの小論文教室。 感じる・考える・伝わる! |
Lesson51 その先の結果へ ――結果を出す!文章の書き方(4) 戦略 ここしばらく、 このコーナーでやっているのは、 戦略的にコミュニケーションを打つ ってことだと思う。 ゴールをはっきりと描き、 相手の性質や、 相手から見た自分を読みながら、 手を打っていく。 かつて、 口は災いのもとで、人が離れたりしていた私も、 戦略を考えるようになって、 少しずつ結果が出せるようになってきた。 交渉が成立したり、 難しい人と、うまくやっていけたり。 ところが、これ、思わぬ落とし穴がある。 仕事でも何でもそうだけど、 戦略まちがうと、努力はむなしい。 だから今日はあなたと、 どんな戦略が有効か? 考えてみたい。 あなたの考えを教えてくれると、とてもうれしい。 例えばこんなとき、 あなたならどうしますか? 画家の横尾忠則さんが、 デザイナーとして会社に勤めていたころのこと、 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「クライアントに自尊心を傷つけられ」 作品が外部に発表される時、 なぜかぼくの名前が記されず、 チーフの名前で発表された。 このことでぼくはやりきれない不満が生じた。… ぼくのアイデアや意見には クライアントは耳を傾けようともせず、無視した。 そのくせぼくのアイデアをチーフが提案した時は いとも簡単に採用された。… ある日、ふとした彼の言葉が ぼくの自尊心を傷つけた。 側にあった写真のパネルでぼくは彼の頭を 思い切り力を込めて殴打した。 彼は頭をかかえて机に伏したまま動かなかった。… クライアントを殴ってしもた、 えらいことをしてしもた、どないしょう、 これで会社は首や、 それだけやあらへん、 もうデザイナー生命もこれで終わりや……。 (『横尾忠則自伝』より *文中の…は中略) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 以前、同じような場面で、 私は、ま反対の行動をとっていた。 クライアントは、 ぬらりくらりと質問をかわし、議論にならない。 でもだんだん追い詰められると、 今度は、私という人間を貶めにかかった。 むっかぁ〜〜ッ!!! 私は、みぞおちのあたりに、 どうしようもない感情を抱えつつも、 頭だけは妙に冷静だった。 「この交渉のゴールは、相手に、 こちらの主張を通すこと。 そのために私を信頼してもらうこと。」 ゴールと関係のない、向こうの失礼にはじっと耐え、 前向きな発言を粘り強く、くりかえした。 最終的に、主張は通った。 信頼も得た。 結果は出せたのだ。 でもなぜか、翌日になると、 その仕事への興味だけでなく、 こう、生きるエネルギーみたいなものが しぼんでいくのを感じた。 しばらく違和感を持ちつづけていたことに、 そのとき、やっと気がついたのだ。 私は、戦略をまちがっている。 特に、フリーになってから、 外部との信頼関係を築くのに必死だったから、 大局からみたとき、 いちばん望む結果を優先し、 それ以外を譲るようにした。 向こうの感情を害したら、 通る主張も通らなくなる。 感情は抑え、相手側から見て、 共感と信頼を得るよう発言をしていく。 これは、正しいはず……だった。 ところが、それとひきかえに 相手という人間への興味や、 モチベーションがしぼんでいく。 何をまちがえたのだろう? 信頼する編集者Jさんに相談したら、 とてもいい質問を二つくださった。一つ目は、 「よく、女は正義感が強く、 正しいことばかり言って、うまくいかない、 って言われる。あれはなぜだろう?」 あなたは、こんな風景を見たことはありますか? −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 正しい私 予定より1時間遅れてきたTV局のディレクター、 私の履歴書をチラッと見て言った。 「きみサァー、みかけより歳食ってんね。」 そのディレクターの企画を、 みんなでたたくことになった。私は言った。 「はっきり言ってこの発想はもう古い。 2番煎じ、3番煎じだ。それに、視聴者をなめている。 どこが問題かというと……」 私は理路セイゼンと説明した。 いまでも思う。あの意見は正しかった。 しかし、ディレクターは、怒り狂った。 結局のところ、やっとつかんだ仕事を失った。 ディレクターは誇らしげに言った。 「きみぐらいの構成作家だったらサァー、 変わりはいくらでもいるんだから。 やっぱ、使い勝手のいい若手にしときゃよかった。」 私の人生、こうして孤立していく。 いつも言われる「正義だけでは、渡っていけない」。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 発言が的確なあまりに孤立していく人。 私は、そこから脱却したかった。 私は編集者Jさんに答えて言った。 「あなたの言うことは正しい、しかし、 あなたという人間はきらいになった……では、 状況は動きませんから。 相手から自分という人間を信頼してもらい、 好きになってもらってこそ、 相手の心は動くのだと私は思います。 少なくとも私は、そういう戦略をとります。」 すると、Jさんは、次の質問をなげかけた。 「相手に好かれて、結果を出すんなら、 もっとラクな方法がありますよね。 山田さんは、なぜ、 そんなに苦しんでがんばっているんだろう?」 そうだ。もっとラクで早い方法がある。 最近、こんな風景を非常によく見る。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− まるくなれ 偉いおっさんなんて、 おだてて、「はい、はい、ハイハイ」って相づち打って、 好きなこと、言わせときゃいいのよぉ。 大人になりなよお…、 さっさとバカになっちゃった方が勝ちよ。 がまんするんじゃなくて、考えないようにするのよお。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 確かに。この方が、ラクに早く相手に好かれる。 でも、どうしても、私はこれができなかった。 だからこそ、 考え・表現し、伝えることを ライフワークにしてきたのだと思う。 でもなんのために? あらためて聞かれるとポカンとした。 なんのためにラクな方法をとらず、 大人になっても、毎回、悩んだり、苦しんだり、 工夫しようとしつづけるのか? なぜ、なぜ、なぜ……、 と問いつづけたら、あることが見えてきた。 あなたは、意識的・無意識に、 どんなコミュニケーション戦略を とっているだろうか? 感情を犠牲にしても相手の信頼を勝ち取るか? 孤立してでも、言いたいことをいうか? はたまたまるくなりきるか? 望んでいるのは本当にその結果だろうか? あなたの考えを聞かせてください。 さて、このつづきは来週、水曜日に考えてみたい。 ところで、冒頭の横尾さん、 その後どうなったのだろう? 最後に続きをあげておこう。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 取引先のクライアントの宣伝課長を いかなる理由があろうと、 ぶん殴るなんて狂気の沙汰だ。 たとえ即時解雇されたとしても文句は言えまい。 だけどこの時ばかりは 火山のマグマが噴出するように、 ぼくの内部から抑えがたい破壊の衝動が 起こってきたのだった。… 次の日から会社を休むつもりでいたら、 チーフから電話があり、 とにかくこのままじゃまずいから会社においでよ、 といわれて翌日謝罪に行くことになった。… 建物の一室に通された。 この古くて重苦しい暗い雰囲気の部屋が ぼくの気持ちを一層落ち込ませた。 謝って済むんならくやしいけどそうしよう と思っていたら、いきなり相手が謝ってきた。 「横尾ちゃんサー、俺が悪かったよ、謝るネ」 一瞬出鼻をくじかれた感じだった。 チーフたちもこの予期しなかった主客転倒劇に 虚をつかれたのか、ポカンとした顔をしていた。 この事件を期に、 謝罪されたばかりか、逆に先方からぼくに かなり重要な仕事の一部がまかされる というようなことになってしまった。 (『横尾忠則自伝』より、*都合上省略改変した個所がある。) (来週につづく) |
2001-07-04-WED
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