YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson55  誤解されない伝え方
結果を出す文章の書き方(8)―Keyword


あなたは人からどう見られているだろう?
どうやってそれをつかむのだろう?

先週、こんな問いかけをして、
読者の方々からいただいたメールを見て、
二つ思った。

一つは、やっぱり、自分のこととなると難しいんだな。
ということ。

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地位が上がる程、
特に自分のことになると尚更、
更に、
大切な時、大切な問題になるほど、
見えにくくなる

京橋の悩める子羊さん

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みんな決め手がなく、不安の中で手探りしている。

ある人は、自分だったらどう想うかを基準にしたり、
またある人は、自分だったらどう想うかを、
他人への基準にしてはいけない、と考えたり。

自分への評価が不安だから、想像で埋めようとする。
で、想像するときに……、

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自分勝手で、協調性なくて、人に嫌な思いをさせて
しまう人。って誤解されているんじゃないかな、
と私が思うということは、自分勝手で協調性なく不快感を
人に与えてしまうのが私なのだ、ということですね。

数々の傷ついたり傷つけたりの経験を通して、
自分なりに習得した術は、
「自分が好きだな?思うひと以外はもうどうでもいい」
という極論です。

Aさん

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このAさんのように、
自分への評価をとても低く想像している人が、
多いんじゃないか、
というのが、二つ目に思ったことだ。
私もそうだ。

日本人は世界的にみても、自信・自尊心が低いらしい。

でも私は、仕事を通して、
何度か、外から見た自分を知る機会に恵まれた。
ときどき、自分の予想を裏切って、
周囲の目は、あたたかかった。

自分が思うときに、
自分が思う文脈で、
人は自分に好意を示してはくれない。

でも、
あなたが気がつかないときに、
あなたが思いも寄らぬやり方で、
だれかがあなたのことを想っている。

いっそ、外から見た自分をつかむ手立てがないのなら、
そういう観えない人の気持ちを、もっと信じた方が
いいんじゃないか。私はそう思う。

私は、毎日、
いまは会わない友達や、
昔の同僚、
先輩や、後輩、
いろんな人のことを想う。

朝起きて、ふと一瞬「元気にしてるかな」と、
よぎることもあれば、
しみじみ想うこともある。
仕事の手をとめて、じっと、想う。

でも、とりたててその人にメールをするわけでも、
電話をするわけでもない。

そういう想いは、
もう、前提だから、
いまさら、だれも言葉にすることもないし、
あなたにわざわざ伝えない。
人のそういう想いを、あなたは、ある、と思うか?
ない、と思って生きるか?

どっちを選んでも自由だが、
最後のとこで、そういうものはある、と
自分で自分に言ってやらなければ、
もう、そういうものは、存在しないことになってしまう。

言葉でコミュニケーションするのは、
たぶん、その先のやりとり。
言葉にしてやりとりする必要か問題が発生したからで、
人の想いにくらべれば、ずっと部分的なものだと思う。

だが、それでも、想像は想像。
他者から見た自分を知りたいとき、どうするか?

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1. 何気ない会話の中から又は、
  少しせっぱつまった状況で
  悪気はないが本音をついポロッ
  といってしまったんだなぁ。
  という一言からつかみます。
2. 身近な人に尋ねます。

2番はだいたいにおいて、
物事が上手くいかずどうすればいいのか
自分で分からなくなった時です。
他人から今の自分はどう見えている?と率直に聞き
改善するようあがきます。

nnさん

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私も、ものを書いていて、
ほとほと行き詰まったことがある。
編集者だから、自分でなんとかしようと思った。
このままじゃいかん、と路線を変えたら、
ますます書けなくなってしまった。

どこをどう間違ったのか、
もとに戻ろうにも、自分がどこへ立っているのかさえ、
もう、なんともわからない。

「もう、人に聞くしかない」
こころの底から、人を求め、人を必要とした。
ものを書くという、一番、自己完結しそうな行為が、
これほど他者を求めるものだということを
はじめて知った。

編集者の人たちに、叫びのようなSOSを出した。
「会ってください。
 山田の書いたもののいいところと、
 悪いところを教えてください。」

自分のマイナス面を指摘されることが、
この時ほど、薬のように、ありがたく
身体に響いたことはなかった。
プロの編集者たちが、すごいなあと思ったのは、
うそのない言葉を紡ぎながら、
最終的には、
その人にしかない良さを引き出していくところだ。

複数の編集者の言葉をつないだら、
バラバラになった自分の形、立っているところが
しだいに形をあらわした。
その形は、自分が予想したより、
ずっとましな形をしていた。

感謝がこみあげてきた。

人からどう見えるかは、人に聞いてみるしかない。
ふだんから、そうするのは、もちろんだが、
自分に関することは、耳が抵抗したり、
過剰反応をおこしたりして、
なかなかうまく聞き取れないものだ。

何か、自分の想いを形にしてみる。
そこで打たれ、
どうしようもないところへ追い詰められる。
信頼できる人に出会う。

この3条件がそろったとき、
他者から見た自分を、
素直に受け入れることができるのではないだろうか。

孤独の中で、精一杯やって、
人の力なくしてはできないことを知り、
本気で、人の力を求める。

これが自立だ。
とその時思った。

「自立」?

そうそう。先先週の、友人との対立。
無理やりにでも、そこに話を戻そう。

私と友人は、
「自立」をめぐって、まっこうから対立していた。
友人は、「自立なんかしなくても」と言い、
私は、「自立はするべきだ」と言う。

ところが、議論を進めるうちに、
2人が言っていることが、そんなに違わないような、
違うような、だんだん、ヘンな気持ちがしてきた。

この対立の原因、なんだか分かりますか?

キーワードの定義だ。

つまり、同じ「自立」という言葉を使っていても、
この言葉にこめた意味が、友人と私とでは違う。
友人は、平たく言えば「自己完結。一人で全部やる」
というような意味で言っていた。
私は、
「どんなに自立した人間でも、一人では生きられない。
 依存を知ることも自立」と思っている。
だから、生きる上で、人と人の協力が不可欠、
という点で、2人は一致していたのだ。

言葉は不自由な道具である。

会話や文章に何回も登場する言葉、
あるいは、重要な意味を持つ言葉、
これが「キーワード」だ。
「キーワード」は、相手がどんな意味で使っているか、
正確に押さえなければいけない。

映画を観終わった、恋人同士が、
「リアルだったなあ」
「ええ? リアルじゃないよ、あそこの展開、
現実にはありえない、不自然よ」
「お前は、リアルっていうものがわかってない」
なんてケンカをしているのも、
何がリアルか? 
言葉の定義が二人の間でブレているからだ。

「編集者って、女には無理だよ」
なんて、ふとどきなことを言う奴がいても、
焦って、すぐ反論するべからず、
まず、深呼吸。
「編集者って、どんな意味で言ってますか?」
と、相手の定義を押さえてからにしよう。

メールの返信を書くときも、
リアリティとか、
自由、とか、幸福とか、自立とか、価値、とか
人によって、定義がぶれる言葉は、
相手のものを、オウム返しにつかうと危険だ。

「リアリティ、ここでは、
 私は、……ほどの意味で使いますが」
と、自分の定義を断っておくか、最初から、
平たい、自分の言葉に言いかえておくと誤解されない。

あと、今日前半で言ってきたように、
言葉で扱う問題は、その人との関係の中で、
あくまで、部分だ。
そして、多くの人が、相手からどう思われているか?
知る手立てなく、不安を感じている。

そこで、部分的な問題を切り出す前に、
できるだけ、全体的な、
相手に対する日ごろの想いを、前面に出していくといい。

例えば、仕事のフィードバックをするときも、
いきなり、「すいません、ここに問題がひとつ……」
と切り出さず、
もっと、全体的な相手への気持ちから入ってみる。
「いつも、こちらの意図を汲み取った仕事をしてくださって、
大変頼もしく想っています。
今回のお仕事も、全体としてとてもいい、私は好きです。」
そのあとで、
「瑣末なことですが、ここに問題がひとつ……」
と切り出していくと、誤解なく伝わるはずだ。

「いまさら言うまでもないことだ」、とか、
「照れるから」、と言って逃げず、恐れず、
私は、日ごろあなたをこう見ている、
あなたの仕事を私はこう受け取っている、
という根本思想を頭のところで、
ぐぐぐぐっと前に出してみよう。

そうすれば、大切な人とのコミュニケーションは
もっとずっとブレなく、スムーズになり、
相手も、あなたへの想いを伝えてくれるだろう。

今、世の中は、枠組みがどんどん崩れている。
結果、出会いと別れの頻度が激しくなる。

今日、一緒に仕事をした人と、
明日はもう、お別れ、なんてことも簡単におこる。
やっと出会えたあの人と、仕事ができるのは、
本当のところ、あと何回だろうか?

その想いは、今、伝えないで、
いったい、いつ、伝えるんだ?

2001-08-01-WED

YAMADA
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