YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson225 テーマと世界観

「やりたいことがみつからない」って、
みんなよく言うけど、
そう言うときの、その

「やりたいこと」って、どういう次元なんだろう?

ジャンル? 職業名? 会社?

姪っ子が大学受験で、
自己推薦状を添削していた。

彼女には、ちゃんと「やりたい職業」がある。

社会福祉士だ。
意志はかたい。

だから、サクサク自己推薦状が書けるか?
というと、案外そうでもなかった。

やりたい職業名は、はっきりしている。
でも、それだけでは、弱い。

単純に言ってしまうと、
「社会福祉士になりたい、
だから、大学へ行きたい。」
という文章になってしまう。

「で、大学に行って、何を学ぶの?」
と突っ込まれそうだ。そこで、

「テーマがいるね」と私は言った。

その職業に就いて、主にどんなテーマに
取り組んでいきたいのか?

姪っ子には、ちゃんと「マイテーマ」があった。
「地域と福祉」だ。

彼女は、比較的小規模の地域という単位で
福祉の問題解決を図っていきたいそうだ。

「職業名」×「テーマ」で、
ずいぶん文章は強くなった。

「このようなきっかけから社会福祉士を目指すようになった。
そのための取り組みから、
地域と福祉というテーマに出会い、
強い関心を持つようになった。
だから、大学では、地域福祉論を学び、
将来は、社会福祉士として、
地域福祉に貢献していきたい。」

要約すると、そんな感じで、
理路整然としていていいのだけれど、
なにかが足りない。

「職業名」×「テーマ」×「 ?  」

このもうひとつの要素はなに?

そう想ったとき、わたしの頭に
2つのちがう事柄が混線してきた。

ひとつは、就職活動で
100社落ちたという学生が書いた
「エントリーシート」。

もうひとつは、友人の「33歳病」。

いま、仕事で、いろいろな人の
エントリーシートを読ませてもらっているのだが、
どうしてか、100社落ちたという学生の文章だけが、
妙に、印象にのこっている。

他の学生たちが、
自分という人間の「機能」を「説明」する場面で、
彼は、自分という人間の「味」を「表現」している。

企業は、「味なやつ」ではなく
「よく働く人間」を採ろうとしているのだから、
このままでは、受かりようがない。

だけど、この人の文章は面白い。

もうひとつは、友人がブログに、
「33歳病」のことを書いていたことだ。
この年齢前後の人は、すべからく悩んでいる、と。
「え? あんたまで?」と思うような人まで、みんな悩んでいると。

私も、まさに、ぴったり33歳のとき
それまでの人生最大に悩んでいたので、驚いた。

なぜ、33歳前後で悩むのか?

私は、「33歳病」は、
自分が突き抜けていく前の「胎動」ではないかと思っている。

33歳と言えば、社会に出て10年過ぎたあたりだ。
同じことを10年続けていれば自分の中に何かが育つ。

これが、マグマのように内から突き上げてくる。
でも、これをうまく形にして外に伝えられない。

だから、ものすごく苦しい。

私も33歳で、人生の陣痛をむかえ、
ここで編集者として突き抜けなかったら、
一生、負け犬になるかもと悩み、追いつめられた。

それまで、
「職業名」×「テーマ」=「編集者」×「教育」で
10年仕事をやってきていた。

仕事は面白く、一生懸命やってきたが、
でも、どっかで、

「自分のほんとうの居場所は、
ここではない、どこかよそにあるのでは?」

とも思っていた。
とくに、自分ではいいと思ったことが評価されないような時に、
わたしにふさわしいのは、
「編集者」×「ファッション」かもしれない、とか
「テレビのディレクター」×「教育」かもしれない、とか
どこか中腰の、甘い考えがよぎった。

しかし、33歳の秋、人生の長い陣痛の果てに、
自分の中のマグマを
仕事でひとつの形にすることができた。
それが、まわりの人に通じたときに、
ものすごい感動があった。
初めて本当の「感謝」が生まれ、
「自分の居場所はここ以外にない」と確証した。

そのときの「マグマ」がなんだったかというと、
自分が実現したい教育の「世界観」ではなかったかと思う。

「職業名」×「テーマ」=「社会福祉士」×「地域と福祉」
の姪っ子には、

「なんで地域と福祉なの?
たとえば、一人のおばあさんがいるとして、
地域から、この人の福祉を考えていくってどうすること?
将来、社会福祉士になれたとして
自分のいる地域をどう変えたいの?」

と、質問を浴びせかけながら、
彼女が、実現したい福祉の「世界観」を具体化してもらった。

中学・高校と、老人ホームの訪問を続けてきた姪の
経験の湖から、浮上してきた言葉は、
お年寄りから、必ずといっていいほど聞くというこの言葉、

「家へ帰りたい」

だった。そこからどっと彼女の想いが出てきた。
老人ホームのような、いわゆる箱モノを充実させて
そこに、次々と老人を隔離していくようなやり方は、
彼女が実現したい世界観とはまったく違うと。

そこから彼女は、社会福祉士を目指したきっかけは、
「人にはそれぞれ歩いてきた道のりがある」と
知った衝撃からだった、ということを言葉にできた。

そこから、彼女は、人が老いていくときには、
住み慣れた地域の風景と、見慣れた人の顔が
絶対に必要だと言った。

人が住み慣れた家で、見慣れた風景と、
おなじみの人の顔につつまれて
人生をまっとうできるようにするために、
地域はどうあったらいいか、福祉はどうあったらいいか、
自分にはどんな知識が必要か、と考えるところから、
大学でのプランが生まれ、
将来のビジョンが文章になっていった。

そのようにして、何度もの添削の果て、
姪っ子からあがってきた自己推薦状を読んで、
私はちょっと泣きそうになってしまった。

そこには、
「なりたい職業名」×「マイテーマ」×「実現したい世界観」が、
18歳ながら、しっかりと人に伝わるように書けていたからだ。

その瞬間、「受験」も「就職」も、
手段にすぎないと思えた。

一番大事なものがはっきりすると、それ以外は手段になる。

いくら大学にストレートで入れ、社会福祉士になれ、
地域の福祉に携われたって、
次々と地域の老人ホームを充実させることに加担させられ、
そこにお年寄りを送り込むことに加担させられるのなら、
彼女の夢は死んでしまう。

しかし、たとえ、望む進学、望む職業につけなくとも、
別の職業、別のやり方でも、
お年寄りが、住み慣れた家、風景、おなじみの人の顔に
つつまれて過ごせる地域と福祉に貢献できるのなら、
彼女には、内なる満足があるだろう。

自分の中に育った「世界観」の実現に向けて、
時間がかかっても、
一歩一歩、歩を進めているとき、
人は、やりたいことがやれている充実感がある。

彼女は自分の思う、福祉の世界観を実現する方向に
歩を進めるだろう、と思った。
どんなに遠回りをしても、
どんな立場からでも。

だから、夢は適う。
必ず。
決して、甘い意味でなく。

「職業名」×「テーマ」×「実現したい世界観」

このうち、私の就職活動には、「職業名」だけがあった。
つまり、「編集者になる!」
あとにも先にも、この思い込みだけで。

「なりたい職業名」×「マイテーマ」×「実現したい世界観」
=「編集者」×「考えてない」×「なにそれ?」

これで、よく社会に出られたものである。

それが、教育系の企業にはいることで
「テーマ = 教育」を与えられ、
10年するうちに
「実現したい教育の世界観」が自分の中に育っていた。

これが、マグマのようにつきあげていたから、
33歳のとき、
形にして、仕事につなげて、人に通じさせるまで、
産みの苦しみを味わったんだと思う。
あそこで産まなかったら、
編集の仕事がいやになっていたろうか?

私は、あの、100社落ちたという学生の、
エントリーシートがなぜ、面白いのかを考えていた。

彼は、自分の中に、
やっぱりマグマのような内なる「世界観」をかかえ、
それを文章で表現しようと格闘していたのではないか。

多くの学生は、自分の「長所」を「説明」しているなかで、
彼は、自分の「長所」とか、「機能」とかの説明に
いっさい興味はなく。

自分という人間の内面を、
匂いや味、手ざわり、空気をもったひとつの世界として
文章に再現しようと格闘していた。
だから、匂いも味もないエントリーシートの
「説明書き」のような文章の中で、
ひとつの世界として、私の印象に残ったのだ。

「職業名」×「テーマ」×「世界観」

の中で、この学生が、無意識に最も大事にしていたのは、
自分の世界観を表すことだった。

33歳病の人も、自分の内に育ってしまった世界観が
外の世界とせめぎあうから、
たとえ、やりたかった職業に就けていて、
たとえ、やりたかったテーマを扱えていても悩むのだろう。

やりたいことが見つからない、と言うとき、
探しものは何ですか?

「なりたい職業名」×「マイテーマ」×「実現したい世界観」

あなたが探しているのは、この中のどれですか?




『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

山田ズーニーさんへの激励や感想などは、
メールの表題に「山田ズーニーさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2004-11-24-WED
YAMADA
戻る