おとなの小論文教室。 感じる・考える・伝わる! |
Lesson296 生存の条件 いま、2006年4月。 ということは、私は、独立してから 6年、サバイバルしたことになる。 なんのつても、コネもなく、 なんのうしろだてもなく、 なんの組織にも属さず、 たった独り、 自分から創り出すものだけを頼みに、 現代という大海原の中で、仕事人として、 どうにか、こうにか、 生き残ってこられている。 自分はどうして、生き残ってこられたのだろうか? 以前、生徒の論文の中に、 「絶滅する種の条件」が引用されていた。 それは、こんなふうにはじまる。 1. 狭い生息地 2. 限られたエサ 3. …… 「絶滅の条件」とは、 要するに、 自分の生息地を狭くしていき、 同種の仲間とだけつるんで、 限られたエサを食い減らしていけば、 やがては閉塞し、絶滅する、 そんな風なものだった。 「生存したいなら、生息地を広げろ。」 これが、たぶん、今日まで 自分が細々とでも生き残ってこられた 第一の条件ではないかと思う。 自分の生息地をどうやって広げるか? まちがいやすいのが、 「自分の世界」を広げることと、 「生息地」を広げることだと思う。 例えば、 たくさん本を読んだり、 たくさん人に会ったり、 たくさん旅行に行けば、 世界は広がる。 でもそれは、自分の内的世界が広がっただけで、 そのまま即、生息地が広がったとは言えない。 生息する、とはどういうことだろうか? 「そこに生きる」 ということだろう。 この時代にあって、 文章を書いたり、 教育を仕事にしているものにとって、 「生息地」ってなんだろう? よくよく考えたら、自分は、土地に執着がない。 いま東京にいるけれど、 地方の人と仕事を通してつながっているし。 将来どこかに移っても、この仕事はやっていける。 動物のように、具体的に、 住む土地を拡大するということではない。 私が、生息地、と言われていちばんピッタリするのは、 「人の記憶」だ。 「そこに生きる」 というためには、自分の主観だけじゃなくて、 他人の存在がいる。 人の記憶に残ったときに、 私は仕事を通して、そこに生きた、 ということになる。 この6年間は、ずっと東京が拠点で、 住む土地を拡大したわけでもなく、 ましてや、支店や支社をつくったわけではない。 仕事も、選ぶし、ひとつひとつに時間がかかるから 決して多くはしていない。 けれども、私の仕事を受け取った人の中に、 何かひとつ、記憶にとどめてくれていたり、 何かひとつ、日常の中で 役立ててみようと思ってくれたり、 そういう人が1人でてくることによって、 私は、そこに、生きた。 そこで、また、次の仕事のときに、 私を思い出して、手を引いてくれる人がいて、 次の道ができ、 そういう意味で、コツコツと生息地を広げてきたことが、 いまにつながり、 自分を生かしている。 自分の生息地とは、 自分の仕事を受け取った一人の人間の記憶である。 そこに生きる、ということを、忘れないようにしたい。 でも、たくさんの情報が出ては消えていく中で、 なぜ、自分の仕事は、 いくらかの人たちに、 なにがしかの印象をとどめられたのだろう? 生存の条件の2番目は、 「正しい戦略」である。 戦略とは、何を目指して生きるか、ということだ。 生き残る、生き残らない、でなく、 その人が、なんのために生きようとしているかが肝心だ。 私の場合、言葉にするとうすっぺらいが、 この6年間、一貫してやってきたことが、 「人を生かす」ということだ。 ここにうそはない。 その人が持っている「考える力」を生かす。 その人が持っている「表現力」を生かす。 先日、紀伊國屋ホールのワークショップで、 ある学校の先生がスピーチをした。 その先生は、こう言った。 「もしも、将来、理想の社会が実現するとしたら、 私はそこに、いなくていい。」 同じ教育者として、 私はこの言葉に痛く共感した。 私も同じ気持ちだ。 私が、個人でも、教育というフィールドで、 必死に生きていこうとしているのは、 目指す理想があるからだ。 人がもっと、自分の頭でものを考え、 自分が想っていることを、 もっともっと自由に表現できるようにしたい。 そんな社会になっていったら、面白いと想う、 だから、もしも、教育の制度が大きく変わり、 人がもっと、自由に、考えたり、表現したり できるようになったら、 もう、私の存在は、そこに、いらない。 そのときは、サバイバル、などといわずに、 自分から、すっぱりと、このフィールドから絶滅して、 また別のフィールドに向かうだろう。 そういう絶滅は嬉しい。 だけれども、いまは、 それができない現実がある。 その現実の中で、 「人の持つ考える力・表現力を生かす」という 私の目指すところは、 人に必要とされ、人に役立てられている。 どうやって生き残るかではなく、 何のために生き残るか、 「人を生かす」という 自分のゴールを見失わないでいたい。 人の淘汰が激しい中で、 あなたを、その道に生き残らせた、 あなたの戦略、あなたの生存の条件は何だろう? ………………………………………………………………… 『理解という名の愛が欲しいーおとなの小論文教室。II』 河出書房新社 『おとなの小論文教室。』河出書房新社 『考えるシート』講談社1300円 『あなたの話はなぜ「通じない」のか』 筑摩書房1400円 『伝わる・揺さぶる!文章を書く』 山田ズーニー著 PHP新書660円 内容紹介(PHP新書リードより) お願い、お詫び、議事録、志望理由など、 私たちは日々、文章を書いている。 どんな小さなメモにも、 読み手がいて、目指す結果がある。 どうしたら誤解されずに想いを伝え、 読み手の気持ちを動かすことができるのだろう? 自分の頭で考え、他者と関わることの 痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。 (書き下ろし236ページ) |
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2006-04-19-WED
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