YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson425  最初のひと言


「一発、頭出しで話す。」

スピーチをうまくするには?
と聞かれたら、まずそう答えるだろう。

年末年始、
会合も多く、いきなりふられて、人前に立ち、
短いスピーチをする機会も増えるだろう。

心象のよいスピーチのために
やってはいけないことがある。

よけいな「前置き」だ。

「えーっと、私は、
 人前で話すのが苦手なんで、
 いやだ、いやだと言ったんですが、
 どうしても幹事さんが何か話してくれというので、
 しかたなくここに立ちました。
 ちゃんとした話ができるかどうか不安なんですが‥‥、」

「えー、あーっと、あのー、
 私はアガリ性なんで
 いま、ものすごく緊張しています。
 緊張して、あたまがまっしろで、
 なにを言えばいいのかわかりませんが‥‥、」

言う方にとって、こういう前置きは、
言わずにおられないんだろう。

「いやだ」「あがっている」とあえて口に出して、
ふっきって、前に進むというのもある。

だけど、スピーチの神さんがいるとしたら、
一瞬でどこか遠くに逃がしてしまう行為だ。

スピーチの神さんとは、聞く人の「聞く気」だ。

「聞く気」が起きる人とは、
「なんかこの人いい、この人の話を聞こう」、あるいは、
「なんか不可解、次なに言うかわからない人」だ。

逆に言えば、「なんかヤな人」
「ありきたりで次言いそうなことが読めてしまう人」
の話は、聞く気が失せてしまう。

一度、場から散って逃げてしまった「聞く気」は、
途中からだと、取り戻すのに何倍も労力がかかる。

よけいな前置きを聞いた人が、
最初に受ける心象は、

「またか」、だ。

「人前で話すのが苦手で緊張する」というのは、
表現の場数を踏んでない日本人、ほとんどそうなのだ。
だから、スピーチの現場で、聞く人は、これまでに
何度もなんども、うんざりするほど、
この前置きを聞かされて生きてきている。

だから、聞く側は、思えば何回も聞かされてきた
平凡でわかりきった同じ前置きを最初に言われることで、
「なんだか人とおんなじつまらないことを言いそうだ」と、
無意識に聞くモチベーションをさげている。

また、言う方にそんなつもりが全然ないのはわかるのだが、
聞く側の心象として、とどのつまり受けるのは、
なんとなく「卑怯」なカンジ、なのだ。

自分は話したくなかったのに話をさせられた、から、
話は苦手だ、から、
緊張している、から、
「つまらない話になっても自分のせいではない」と、
どこか逃げを打って、話はじめる印象がする。

人が卑怯を嫌うのは、強いからでなく弱いからだ。

だれもが自分の中に逃げや卑怯をもっており、
日々たたかっているから、
人のそういう部分が見えると、なんとなくずるい、と
興味がそがれてしまう。

「勇気」、を出すことが大切だと私は思う。

勇気なんてオーバーと思うかもしれないが、
勇気なくできることに、そうそう面白いものはない。

短いスピーチひとつ、それ相応の小さい勇気が要る。

話す側が勇気を出さないと、聞く側に、
自分の緊張をとくための「心の準備」や、
恥をかいてもいいようにとの「予防線はり」に、
無自覚につきあわせることになる。

よけいな前置きも、
必要な前置きも、
「ええっと」、とか、「あーっ」とかも、
いっさい言わないでしゃべりはじめるいい方法がある。

「最初のひと言を決める」ことだ。

なにも考えないで人前に立ち、
いきなりずけっと興味を引く言葉からはじめられる
というのは、よほどの熟練で、

表現のビギナーには、やはり適度な準備が要る。

いきなり話をするようにふられたら、
まず、「メインにくる何かひとつ」を決める。
次に、「最初のひと言」だけは決めてからしゃべり出す。

短い時間にさっとできないというかもしれないが、
だからこそ、
「人前で話すのが苦手」「緊張する」「いやだ」
などと、考えている暇は、いっさいないのだ。

あてられたら、
すぐ、「メインに何をもってこようか?」と考える。

メインにくるものは、
はっきり言葉にできないものでもいい。
部活の忘年会なら、
「あの大会で負けたときのあのカンジ‥‥」とか、
「あの失敗のときの私の気持ち」とか、
印象・感情などのうまく言葉にできないものでもいい。

直感的に話の中心にくるもの、まずひとつだけ心に決める。

最終的に聞き手に伝わるものはひとつ、だからだ。
あれもこれもでは結局、なにも伝わらない。

メインは決まっているが、
これをどう伝えようかと、もがくのは有りだが、
何を言えばいいのか、
あれを言おうか、これを言おうかと
自分の番が来ても、話はじめても、まだ迷って、
まだ探している、というのは無しだ。

かたや、言いたいことを言うためのもがき、
かたや、言いたいことが無いためのもがき、
聞くほうには雲泥の差がある。

メインが決まったら、ともかく、
話し始めの一文は、考えて決めておく。
決めたら、その一文を、
いっさいの余分なものをつけずに言い切る。

比較してみると、多くの人が
こんなふうに話し始めているはずだ。

「えーっと、私は、
 人前で話すのが苦手なんで、
 さっきから、なに話そうか、
 ずっと考えていたんですけど、
 たいした話ができそうにないので、
 地区大会で失敗したときのことを
 話そうと思います」

「私もさっきの田中さんと同じで
 私も人前で話すのが苦手なんで、ええーと、
 いま、緊張してて、
 何を話していいかわからないんですけど、
 なんでもいいからということなんで、とりあえず、
 やっぱり田中さんと同じで、地区大会のことが
 今年いちばんに印象に残っているので、
 そのときのことを、話してみようと思います」

日本では、こんなカンジで、みんながなにかしらの
前置き、もたつき、をもって話すので、たとえば、

「決勝戦、最終回で、私はボールを落としました」

「地区大会で負けたあと、マネージャーがこう言いました」

と、こんな感じでずけっ、と本題から話し始めるだけで
人とちがう印象になる。
「なに? なに? 何の話?!」と、
場の聞く気が一気に高まる。

「最初のひと言」を決めて話す、というのが難しい
という人は、ちょっとチェックしてみてほしい。

ひと言で話全体を要約できるような
重い、たいそうなひと言を探してないだろうか?
あるいは、教訓めいたひと言、決めゼリフ、
かっこいい言葉ではじめようとしてないだろうか?

それができるにこしたことはないんだろうけれど、
ここでおすすめするのはビギナー向けに、
あくまで、前置きや、
「あー」「えー」をつけないことだけ、
いきなり本題から話し始める、
ただそれだけだ。

余分な前置きをとるだけで
あなたの話はずっと興味をそそる。

最初のひと言に、
スピーチの神さんは近づいている。

のがさないで、ひきつけて。

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2008-12-17-WED
YAMADA
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