YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson441
    一斉メールの死角3



特定のグループ内での
「一斉メール」に「全員返信」のやりとりでは、

2人称が「みなさん」から
「佐藤さん」などの個人に変わるとき、
トラブルが起きやすい。

読者からいただいたメールでも、

「みんなの前で、
 自分を名指しして頼みごとをされ、
みんなの手前、断るわけにいかなかった。」

「仕事のグループの一斉メールで、
個人に注意を返したら、
みんなの前で注意された、と反感を買った。」

など、やはり「2人称が変わるところ」で
トラブルが起きている。

自分がいかに
「この部分は佐藤さんだけに言ったつもり」
と言っても通じない。

フタをあけると結局、全員が読者なのだ。

書き手が、ある特定の個人の方を向いていて、
他の人にお尻を向けているような状態。
そこに死角が生まれ、気配りを欠きやすい。

一斉メールでは、「不快を生まない」を
おとなの責任としたい。

メールには「増幅」という避けられない性質がある。

顔を合わせて話すときのような身ぶり・手振り・表情、
電話のような声の抑揚や、間のとり方、
手紙のような手書き文字の風合いなど、
メールにはニュアンスがこめられない。

「言葉=意味100%」の世界。

そのため、読み手が、
どうとでもニュアンスをこめて読んでしまう。

軽い親しみを込めたジョークのつもりが、
相手によって、10倍オーバーに
とられることもある。
その10倍はどこから来るかというと、
読み手自身のコンプレックスやトラウマなど、
内面の投影の場合もあるからふせぎようがない。

嬉しい言葉×10倍、はいい。
だが、不快×10倍、はこまる。

さらに一斉メールで10人に読まれるとなると、

不快×10×10

そう、一斉メールは「撒き散らす」。

ここでの衝突は、いい衝突にならず、
傷が実りを生まない。
ただ「不快」がつのるだけ、にもなりかねない。

逆に、いくら「撒き散らしてもいいこと」には、
一斉メールは向いている。
有益な知らせ、
メンバーの士気アップ、
歓びの共有。

一斉メールは、
最低限「不快を生まない」をおとなの責任とし、
メンバーの士気や歓びを高めるために用い、

複雑なことは会って話す。

現実に顔を合わせてのやりとりでは、
複雑なことも、ときに反感を買いかねないことも、
失敗を恐れず、全身で伝えて、
突っ込んだコミュニケーションをしていくといい。

「不快を生まない」ために、
すぐ実践できることは、まず、

「みなさん」という2人称を
意識して要所に用いることだ。

先々週のA課長の例では、
吉田さん・山川くんの若手メンバー2人ががんばった
全社プレゼンテーションの日に、
たまたま山川くんだけから「一斉メール」で、
プレゼンを終えた感想が届いた。

A課長は、つい、それに「全員返信」する形でこう書いた。

山川くん
きょうは素晴らしいプレゼンだった!
お疲れ様!


基盤となる信頼関係ができていれば
これでなにも問題はない。

ただ、同じくプレゼンを担当した吉田さんは、
日ごろから、一斉メールでのA課長の、
同期の山川くんに対する扱いと
自分への扱いに、不平等感を感じていた。

そのため、
「2人でプレゼンをがんばったのに、
 なぜまた、山川くんだけ‥‥」
と不信感を強めてしまったのだ。

では、2人称を「みなさん」にしてみるとどうだろう?

たったそれだけのことだが、
まちがっても、
「みなさん、山川くんだけがんばった」
とは、もう、書けなくなる。
2人称を変えただけで自然にこうなる。

みなさん
今日はみなさんのおかげで素晴らしいプレゼンになった!
お疲れ様。


一斉メールの書き出しは、
極力2人称「みなさん」を用いよう。
ぐっと「場」を意識した発言が引き出される。

現実読者である「全員」に対して失礼でないし、
心象もよい。死角も生みにくい。

初めて一斉メールに加わるとき、
久々に加わるときはもちろん、
日々のやりとりでも、「書き出し」「しめ」「要所」、
ここぞと言う部分で、意識して、
「みなさん」と呼びかけてみよう。

「みなさん」ではじめ、「みなさん」でしめる、
それもいい。
それだけで、基本の2人称で、文章の背骨が通る。

個人あての発言をする部分では、厳密に言えば、

みなさん
今日はみなさんのおかげで素晴らしいプレゼンになった!
お疲れ様。
この場をお借りして、今日とくに健闘した若手2人、
吉田さん、山川くんに拍手を送りたい!


というように、実際にいちいち書かなくてもいいが、
「この場をお借りして」くらいの気持ちはあってもいい。
「現実読者であるみなさん、公的な場ですが、
 ちょっと失礼して、
 個人に対してものを言わせてもらいますよ」
ときにはこうしたエクスキューズがあると、
現実読者にやさしい。

私がこどものころ、お祭りなどで親戚の集まりが多く、
よく、「お客さんに、お尻を向けるな」と怒られた。
大人数の中、お酌をしてまわったり、話込んでいると
つい、だれかに対してお尻を向けていることがある。

しかし、そういうときでも、
背中に気配りを持てば大丈夫だ。
「お客さまにお尻を向けて失礼ですが、
 ちょっとあちらのおじさんに
 ビールをつがせていただきます」
とあらかじめことわって、背中を向け、
すんだら、すぐ向き直って、「失礼しました」と言う。

からだがともなわないメールの場でも、
だれかに向けて話すとき、だれかに背中を向けている。
その背中を結局全員が見ている。

これで、「吉田さん」に対して不快を生まない
メールにはなった。
だが、プロジェクトメンバーはA課長以外に8人、
他のメンバーはどうだろう? そこで、

個人あての声がけをするときは、
他の全員にもひと言ずつ
声がけできないかと気を配ってみる。

これは、一斉メールでみんなよく心がけて、
よくやっていると思う。

吉田さん、山川くん、プレゼンすばらしかった。
これも、井上さんが「若手を抜擢しよう」と
提案してくれたおかげだ。
林さん、鈴木さん、木村さん、
データの準備が完璧だった。
沢崎さん、花田さん、若手2人への指導が
すばらしかった。


というふうに、メンバー全員に努めて公平に声がけする。
ただこの場合、「テーマやレベルをそろえる」ことが
大切だ。

林さん、週末のゴルフ楽しみにしてます。
花田さん、この前の飲み会のときはありがとう。


などと、別次元のことが混ざると
またトラブルのもとになる。
なにがなんでも全員にひと言言えばいいのではない。
この場合は、「プレゼンに向けての貢献ポイント」
というテーマで統一してこそ、
チームの一体感や士気も高まるというものだ。

こうした2人称「みなさん」の基礎を心がけていくと、

個人あてのコメントを書いているくだりでも、
「みなさん」に向けて書くような心で書く

というやり方もできるようになる。
例えば、テレビで島田紳介が磯野貴理にしゃべっている。
磯野貴理にしゃべっているようでいて、
実はそうではない、
実質の2人称である「視聴者」に向けてしゃべっている。
だから、見ているほうは面白い。

同様に、一斉メールでも、
個人に向けて文章を書いていても、
他のメンバーにとっても、なにか受け取るものがある
文章を書くことができる。
たとえば、A課長が
「山川くん」あてに返信したとしても、

山川くん
山川くんの感想メールにあったように、
僕もきょうほど、このチームの
チーム力を実感したことはない。
メンバーのだれが欠けても今日のプレゼンは
ありえなかった。
メンバーそれぞれが、自分で考えて、
自分のポジションを見つけ、まっとうし、
それらが、えもいわれぬ連携で働き合っていた‥‥


このような内容であれば、
実質読者である「みなさん」に何か伝わるものがある。

つまり、一斉メールで「山川くん」からメールがきて、
それに「全員返信」で返す場合、3とおりあるわけだ。

最初のメールは、
「山川くん、よくやった」と、
2人称を山川くんだけにし、
他のメンバーにお尻を向けてしまう書き方。

2番目は、メールが来たのは「山川くん」だけど、
あえて2人称を「みなさん」にして、
「みなさん」に返信する方法。
「みなさん、山川くんのメールにもあったとおり‥‥」
とやれば、2人称を「みなさん」にしながらも、
山川くんに対してもちゃんとリアクションできる。

そして3番目、
よい文章は「たったひとり」に向けて
書いているんだけど、
なぜかみんなに伝わる力がある。
例えば、「母にあてた手紙集」などで、
母親本人ではない人が読んでも、なぜか泣けるようにだ。

ホロッとしたり、やる気をふるいたたされたり、
問題意識をかきたてられたり、プッと笑えてなごんだり、
役立つ情報やヒントが得られたり‥‥。

一斉メールという公の場で、あえて個人とやりとりし、
そのやりとりの一部始終を見せるとき、
「このやりとりは、
 他のメンバーにとってどんな意味があるか?」
と考えてみるといいと思う。

「何の意味もない、むしろ不快になる」なら
個別メールでもいいんじゃないだろうか。
でも、「ささやかだけど、なにか場にとって
読んでもらう意味はある。活気づく」
と判断したら、勇気を持って一斉で出そう。

「みんなによく思われたい」というのと、
「場をよくしたい」
「よいコミュニティをつくりたい」というのは
ずいぶん違う。

自分がリストに名を連ねるその「場」を、
「ささやかでもやる気を引き出しあう場にしよう」
「ゆるくてもあったかな心なごむ場にしよう」
など、小さくてもなにか志を持って、
一斉メールの門をくぐるといいと私は思う。

はじめて一斉メールの門をくぐるとき、
そこにあなたが込めていた期待はなんだろう?

その初心を思い出そう。

山田ズーニーさんへの激励や感想などは、
メールの表題に「山田ズーニーさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2009-04-22-WED
YAMADA
戻る