YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson595  鬼


「集団がいっこうにうまくいかないとき、
 1人の鬼を作り出し、
 なにもかもその人に原因をおっかぶせて
 排斥することで安定を保つ。

 だとしたら鬼はなんとヒトに優しい存在ではないか。
 ヒトのほうが鬼ではないか?」


少し前、

私は、出かける前に、
新しい腕時計をはめるか、やめるかで、迷っていた。

ちょうど、この腕時計が届いた日から、
よくないことが続いたのだ。

災難というか、理不尽というか、
自分ではどうにもならない不幸が、
2つ、3つ…と重なっていき、
気持ちも、体も弱った私は、

「もしかして、コイツ(新しい腕時計)のせいか?」

と、ゲンの悪そうな腕時計をはめるのを、
躊躇した。すると、たちどころに、

「そんなの思考停止だよ!」

ともう一人の自分がツッコミを入れる。

私は、自分の頭で考えたい人間だ。
占いに頼らないし、
リクツに合わないことは信じない。

だけど、10年に1度くらいのペースで、
非科学ゾーンに、弱気が吸い込まれそうになることがある。

今回の腕時計がそれだ。

「絶対、おかしいよ!
 ある時計をはめたら、悪いことが起きるなんて。
 じゃあ逆に、努力しなくても、
 ラッキーアイテムをつけたら、
 いい仕事ができるの?
 自分は、そういう考え方は、キライだったろう!」

と自分で自分にツッコミ、
そうだそうだ、と頭は納得するものの、
いざ、時計をはめようとすると、うらはらに、
腰が引けてしまっている自分がいる。

「また、よくないことが起こったらどうしよう?」

ちょうどそのとき、
私が昔アルバイトをしていた時代の知人、
「オニヅカ」が、テレビに映っていた。

プライバシーに抵触しないよう、
改変を加えてお話ししよう。
「オニヅカ」も仮名だ。

オニヅカは、
私が昔アルバイトをしていた、
従業員30人くらいの会社に、
中途採用ではいってきた
30歳すぎの女性で、

身長が170センチ近くある、
日本人だけど、アメリカの大学を出ていて、
とにかく、地方の職場では、
すごく目立つ存在だった。

頭のいい人で、
ずばずば意見が言えて、
しかも的を射ている。

私は、あこがれて、友だちになりたかったが、
オニヅカから見て、面白みがない人間なのか、
相手にされずにいたら、

なんとオニヅカは、
たった3か月の試用期間の果てに、
正式採用されることなく、
会社を辞めてしまった。

「辞めさせられたのだ。」

と、あとから社員の人に聞いた。
上の人の言い分はこうだ。

オニヅカが入社してしばらくして、
直属の上司にあたる男性が会社にこなくなった。
うつ病らしい。
どうもオニヅカのストレートな発言、
年功序列も無視のふるまい、
まだ男尊女卑が強く残る地方で、
男を男とも思わぬ物言いが、
上司にはこたえたのではないか、と。

協調性の欠如は小さな組織では致命的だから、
試用期間というのは、
そういう適正を見るためのものでもあるから、と。

それを聞いて、私には、
「ちがう、おかしい!
 人はそんなに短絡的に、すぐ病気になるものかな」
という違和感が走った。

けれども、私はアルバイトの身、
どうすることもできず、
私もほどなくしてバイトを辞めた。

だけど、あれから20年以上たっても、
あのときの違和感、
人間の底の恐ろしさのようなものが、
ときどき蘇って、でも、もやもやと言葉にならずにいた。

今年、

大震災から1年たった日本を、あちこち、
講演や、ワークショップでまわった。

震災で、被害を受けても、
立ち直って、前にもまして元気な会社もあれば、

これといって直接被害は受けなかったのに、
間接的に、震災のあおりをくって、
業績不振においこまれている会社もあった。

先日も、そんな会社の社員さんと話していて、
「震災以降、経費も削られ、
 がんばっても、業績がのびず、
 努力が報われない分、先行きが不安で、
 震災から1年以上たつ今、
 みんなちょうど疲れがでてくることで、
 職場がどんよりしている」
といった感想をうかがいながら、はっと思った。

「オニヅカが来た時も、
 ちょうど会社がこんな状態だった。」

ちょうどその業界のバブルがはじけて1年以上過ぎたころ、
オニヅカが例の会社に中途採用ではいってきた。

それまで努力に比して業績が伸びていたのに比べ、
何をしても業績が伸び悩むことがつづき、
リストラなどはされていなかったけど、
そんな噂もまことしやかに囁かれ、
会社はどんよりしていた。

そこに、同僚の「うつ病」。

今と違い、当時は、うつ病にたいして、無知・無理解で、
そのため、誤解や偏見も横行していて、
従業員30名の職場では、みんなはじめてのことで
どんなに不安でたまらなかったろう、と、
いまの私だからこそ、想像することができた。

そして、いまだからわかる。

「組織のみんなは、カタチがなく見えないからこそ
 恐ろしい不安を、
 はっきりカタチある、見えるものにして
 安心したかったのだ。」

オニヅカが、その標的になった。

そして、みんなの不安を一身に背負って、
辞めていった。

オニヅカは、
「誤解されることには慣れっこだ。
 良くも悪くも、一目置かれてしまう、それが私だから。」
と言っていた。

中学の時、いじめをしている女子を、
教室の隅にひっぱっていって、
「そういうことはよくない」と注意した。

後日、なぜか、オニヅカが先生に呼ばれ、
いじめをしてはいけないと怒られた。

オニヅカは、陰でいじめを止めていたのにもかかわらず、
その光景を見た、いじめられていた女子が、
「オニヅカさんが、陰でいじめを指図している」と
先生に告げ口をしたそうだ。

オニヅカは、こうも言っていた。

「本人に面と向かって言えないことは、
 陰でも決して言わない。
 みんなのまえで正々堂々と言えないことは、
 本人とふたりきりでも言わない」と。

その言葉どおり、会社でも、意見があるときは、
どうどうとみんなの前で、たとえそれが上司であっても
はっきり言った。

それが裏目に出て、みんなにキツイという心象を与えた。

しかし、オニヅカは率直であって、意地悪ではなかった。

陰で人に嫌味をいったり、
感情的に攻撃するような人間ではなかった。

病気になった上司のことは、
あとからあとから、新事実が出てきた。

借金が何百万もあったこと。
ギャンブルとも、水商売の女性に、とも言われた。

また、50歳近くまで、ずっと母親と二人暮らしで
一度も家を出たことがなかったが、
母親がとても難しい人で、
母子関係にストレスがあったとも。

真面目で、責任感が強い分、
業績の落ち込みにたいして、
人一倍、自分を責めていたとも。

私は病気のことはわからないが、
オニヅカが来て1か月足らずで即病気にと考えるより、
上記のような複雑な理由がからみあい、
あしきスパイラルとなって、
上司は、じわじわと病気になっていったと考えるほうが、
素人目には納得感があった。

「なにかうまくいかないとき、
 理由はたいてい複雑である。」

だけど、私たちは、
複雑なものを複雑なままに、
見えないものを見えないままに、
受け止め、考えていくのがニガテである。

「そこにはっきりとしたわかりやすいカタチを求める。」

「そして、諸悪の根源さえ排除すれば、状況はよくなる」

と考えやすい。
けれども、状況を上向かせるのは、
コツコツとした地道な努力の積み重ね以外にない。

良い発想など、なんらかの、新しい、良い種をまき、
それを育てるための、複雑な要素を考え、
それらを複雑に、コツコツとやっていって、
よいスパイラルをつくり、時間をかけて育てることでしか、
状況をほんとうの意味で上向かせることはできない。

20数年たって、
テレビのビジネスニュースで取材を受けているオニヅカは、
いま、良い意味で目立ち、
業界で一目置かれているようだった。

私は、ためらうことなく時計をつけた。

あやうく、時計を鬼にするところだった。
時計は、優しい鬼となってすべての罪を背負って
消えていくところだった。

その日の仕事は、
ものすごく素晴らしく、成果があがった。

以降、私はでかけるたびにこの腕時計をつける。
心配した悪いことなど一度も起こっておらず、
快進撃のような、感動的な時を
この腕時計といっしょに、刻みつづけている。

たとえ何かがいっこうにうまくいかないときがきても、
私はもう、鬼を作り出さない。
鬼は臆病が生み出した幻影、
そこに原因をおっかぶせて
排斥することで安定を保とうともしない。
かわりに私は、こう考える。

「ここから、はじまる!」

ここから良い種を蒔くのも自分、
よい風を起こし、
新たな種を育てるのも自分、

コツコツとこの手で創りあげていくんだと。

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2012-07-11-WED
YAMADA
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