YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson604  人の品


友人があっという間に「品」を失ったことがあり、
あれはなんだったんだろう?
と、ずっと考えていた。

友人とは、
ほとんど音信不通のような半年がつづき、
さすがにまわりも心配しはじめ、
とくに仲のよかった数名で、
友人のマンションをたずねることにした。

ドアから顔を出した友人に、
だれもが言葉を失った。

半年前とは別人だ。

べつに化粧がケバくなったわけでもない、
激太りしたわけでもない、
服装も髪形も、とくに以前と変わったわけではない。

でも決定的になにかが違う。

たたずまい、
ことば、
ふとしたはずみに見せる表情、しぐさ、
そのはしばしが、いちいち全部、ちがう。

半年であっという間に変わり果てた、その変化が、
私たちは言葉にならず無言のままだった。でも、
帰途で、だれからともなく、

「品が無くなった‥‥」

ポロリ、もれた。
わたしもまさに!そう思っていたので、
反射的にみなが深くうなずいた。

「品」という言葉、

当時20代の女の子たちが、
しかも私たち庶民が、
ともだちに対して、めったに言わない言葉だ。

お見合いで、おばさまが、
嫁にくる人の品定めをするのなら別だけど。

でもその変わりようは、
「品」という以外、これ以上ぴったりした言葉はない!
とだれもが感じていた。

友人はなぜ、あっという間に品を失ったのか?

あの日私たちが歴然とつきつけられた
人の品とは何なのか?

月日は流れて今年、

私の文章講座にきれいな女性が一人やってきた。

たたずまいが美しい。

文章、ふるまい、表情、そのはしばしにまで
美意識がゆきわたっている気がした。

気高くさえあった。

ど田舎の庶民として生まれ育った私は、
「おじょうさま」に永遠のあこがれがある。

「全身から光輝くような気品がこぼれるこの女性は、
 きっと裕福な家に生まれ、
 小さいころから、クラシックの生演奏とか、絵画とか、
 いいものにたくさん触れて、
 品格を育てられてきたのだろうなあ」
と想像した。

ところが、

この女性が、実は、
たいへんな苦労をして育った人なのだとわかった。

貧乏は、自己表現の機会を奪う。

自分らしい服装をするにも、
自分らしくいられる場に出かけ、無邪気に遊ぶにも、
趣味を愉しむにもお金が要る。

貧乏は、そうした機会をすべて奪い去るばかりか、

良い子でいなければいけない。
こどもでいさせてくれない。
大人のようにふるまわねばならない。
家族を支えなければならない、というふうに、

早期に自立を強制し、
自分らしからぬ役割を押しつけ、演じさせる。
その状態を彼女は、

「わたしはどこにもいなかった。」

「よいおねえちゃんという誰か別人の生活だった。」

とふりかえっていう。

私は信じがたかった。
この女性が、一点の苦労の後も滲ませず、
いまここに輝くような品をこぼれさせ、
近寄りがたくさえあるのはなぜなのか?

不遇時代を支えたもの、それはただひとつ
これだった。

「私を生きたい。」

自分で考え、自分の手で選んだ、
自分の人生を歩みたい。
この意志だけは、どんな苦境も決して奪えなかった。

彼女はすべてを、進路を切り拓くための勉強に注ぎこみ、
進学、そして仕事と、自分の手で道を切り拓き、
自由を得た。

「いま不遇でも、いつか自分を生きる!
 この意志だけは手放さない。」

彼女の決意にふれたとき、
反射的に、たった半年であっという間に品を失った
友人のことが蘇った。

「友人は、自分を生きることから降りた。」

ふいにこの言葉がうかび、
十何年来の謎が解けた気がした。

世間で言われるマナーが良いなどの「品」の定義とは、
ずいぶん違う解釈だとわかっている。
でも私にとって、あのときの友人のすさみようを、
これ以上に腑に落ちる言葉で説明してくれるものはない。

「友人は、自分を生きることを諦め、
 自分の人生から降りた。
 諦めたとたん、あっという間にすさんだ。」

友人は水商売に手を染めていた。

水商売が天職のようにぴたりとする人、
その場でこそ、生き生きと輝く人ももちろんいる。

けれども、友人は
自分の人生を降りるために水商売を利用した。

それくらい、彼女にはにつかわしくない仕事だった。
につかわしくないとだれもがわかっていた。

人の「品」は、
自分を生きることを諦めないところから来るように思う。

みんながいつも自分らしくあれるわけではない。
不遇のなか役割を演じ、
自分を偽って生き延びねばならない時期もある。

それでも、いつか自分を生きてやる!

という意志を手放さない人には品がある。
高貴で綺麗な顔をしている。

逆に言えば、手放したとたん
あっという間に人は、すさむ。

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2012-09-19-WED
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