YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson651
 「誰かのせいで何かができない」と言わない自立
   ー8.何もなかったように


現実に、誰かのせいで、
何かができなくされてしまうことだってある。

私も、そういうめにあったことがある。

その悔しさ、無念から、
人はどう立ち直ったらいいのだろう?

読者の実体験を見てみよう。

実体験だけに、しみる。
親子関係に悩む人、必見だ!


<私を変えた、1つの問い>

私の父は浮気性で母を泣かせてばかりでした。
よくお酒を飲む人で、
酔うと家にある物を手当たり次第に壊しました。
そのたびに泣く母を慰め、
部屋を片付けるのは私でした。

夫婦関係のうまくいかない母には、
子供が全てでした。
あらゆることに過干渉で、
私は自分が無力な存在でなければいけないと、
必死に期待に応えていました。

親が憎くて憎くて、
それでいて親の望む通りに生きる日々は
ただ空虚でした。

無邪気に笑う同級生が
別世界のひとのように見えました。

大学生になった私は、
ある年上の人と付き合い始めました。

それなのに私は、
デートの最中もひっきりなしに携帯を気にしていて、
親からの連絡があれば
飛んで帰るような状態でした。

親を憎んでいるくせに同時に
ひどく縛られている私を見かねて、

その人は自分のことを話してくれました。

母から虐待されて育ったこと。
それでただ無気力に生きていたこと。
19のときに、同じように虐待されて育った友人が
自ら命を絶ったこと。

それを見て、
「あぁたぶん私もこのままいけば、死ぬんだな」
と思ったこと。

そして、もう19までの人生は捨てたと思って
新しく生き直そうと思ったこと。
ひとしきり話した後にその人は、

「ねぇ、親がいなかったら、何したい?」

と、聞いたのです。

私には自分がしたいことなんかなくて、
その事にびっくりして、くらくら眩暈がしました。
胸の奥がうすら寒くなって、ひどく泣きました。

憎しみがなければ私は空っぽだ

もう一人の私がこっちを向いて、そう言った気がした。
そのことが本当に怖かった。

私はずっと

「親が怖くて、親の言うことを聞いてるんだ。
 こんな人生になったのは、私のせいじゃない。」

と思っていました。
だけど本当は

「親の言うことさえ聞いていれば
 親を憎んでいられるし、親のせいにできる」
から親の期待に応えていたのかもしれない。

私は親を憎みたいのだ。

憎しみが私を支えている。

そう気付いたらすごく怖かった。

途方にくれる私に、その人は

「お前は自分で立てる。勇気を出しなさい。」

そう言ったのでした。

それから、私は
憎しみという形の依存を
手放そうと努力してきました。

許せなくていい。

ただ憎しみに支えられ守られるのをやめよう。

代わりに自分で自分を支えようと。

なるべく自分がしたいことをして、
父が激昂して物を壊しても叩かれても、
言いたいことを言うようになりました。

母を喜ばせるために無力でいるのをやめました。
母を泣かせて家を出ました。

親に縛られてじっとしていた頃より
揉め事も生傷も増えたけど、
生きることがずっと楽になりました。

自分で立つことがこんなに清々しいことを
初めて知りました。

憎しみを支えにしていたときは、
ゆっくりと死んでいくような人生でした。

あのとき、憎しみにさよならを言えてから、
私は初めて生きているという実感が持てました。

私を助けてくれたその人は、
私よりずっとひどい経験をしていたけれど、
やっぱり母を憎んではいなかった。

「親を憎んで生きるのは自分がしんどいからやめた」
とあっけらかんとしていました。

私も、自分が生きるのが楽だから、憎まない。
許すというより憎しみを手放す。
その方がしっくりきます。

誰であれ人を憎むことは、自分を消耗します。
相手が親であれば、
それこそ自分を殺しかねないほど強いストレス
なのだろうと思います。

最近になって、親とよく会うようになりましたが、
もう何も奪われないですむと思えます。

私には、自分で立つ力がある。

そのことを知ったからです。

自分の人生は自分が差し出さない限り、
誰も奪えない。

それが分かったとき、
どんな親に対しても、
この人生をくれてありがとう
と思えるのかもしれません。
(ハチ)



「自分の道を激しく妨害した、あのことが
 もしなかったとしたら、
 いま自分は、どうしていたいか?」

それをありったけの想像力・創造力で
イメージする。

「なら、それをやろう!」

私自身も、ここ何年間か、
そうして立ち直ってきた。

憎しみや、怒りに、足元からすくわれそうになるので、
何度も、何度も、
具体的にイメージする。
あんな目にあわず順調に来ていたとしたら、

「どんな仕事を手がけていたいか?」

「どんな人たちとつながっていたいか?」

「自分のチカラをどう磨き、鍛えていたいか?」

今からじゃ遅いような気がする、
道が果てしなく遠いような気がする、
またぐるぐると、
“あの人があの時あんなことさえしなければ”
という考えに飲み込まれそうになる。
でも信じるしかない。

「いまからでも間にあう!」

「自分はできる!」

憎しみは、私には、
「手放してやる」
くらいがちょうどいい。そして、

「何もなかったように、その先を生きる。」

私も、小っちゃく、弱く、
まだまだ、そうなりきれないけれど、
この方向、まちがってはいない。
そうなりきれるように、
ますます努力していこうと
いただいたおたよりに思った。

「道を妨げる何者か、
 何者かがいなかったとしたら、
 あなたは何やりたい?」

このおたよりを紹介して
今日は終わろう。


<世界に投げかける求人票>

「自立」ということは、
他人をしばらない、
ことのような気がしています。

助ける、助けられる、
そのかかわりはあってもよいけど、
相手の自由をうばわないというか。。。

孤立は、相手との関わりを断っている
(影響されることを拒む)分、
かたくなな気がします。

どんなにわがままな人でも、
子供でも、弱っていても、
自分がこうしてほしい、こうしたい、と叫んでも、
それを要求する「相手」や「相手の行動」を
しばらないかぎり、
お互いに自由。

人間、どこまで一人で生きられるのか?
食べ物からお金、誰かの好意や空気まで、
どれも借り物なんだなぁと思いました。

だからこそ、

求めるものは声を出さないと伝わらないし、
手に入って当然ではない。
自戒をこめて、そんなことを思います。

自分にとって、足りない、助けてほしい凹みは、
世界全体に向かって投げられる、『求人票』
みたいなものじゃないかと。

それを受け取ってきてくれる人に助けてもらい、

充足したら、自分も誰かを助ける。
まんまるの人はいないから、
だれもが、『求人票』を投げるし、また、
足りてる所でそれを受け取れる。
(Y.Y)

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2013-09-04-WED
YAMADA
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