YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson723 小さなすりかえ

「私が書こうとしていることを
 必要としている人は少数派です。
 だったら、もっと、いわゆる売れる本に、
 すべきじゃないでしょうか?」

去年暮れ、私は、編集者さんにそう言った。

私の前職は編集長だから、
その本の企画にしても、
読者のニーズに寄り添った、効能のはっきりしたものにと
かれこれ2年越しで、練り直してきた。

でも、どうもその方向がうまくいかない。
ぐっと自分の書きたいことにテーマを戻したときに、
はからずも、編集者さんが賛同してくれていたのだ。

その書きたいことを、小出しで、
別の所で書いてみたところ、
反応は、まっぷたつだった。

必要な人には、もの凄く必要とされる。
あれこれ説明はいらない、一発で切実に響く。

一方で響かない人には響かない、では済まされない。
無理解を通りこして、誤解されたり、
けなされたりもした。

しかも人口比からいって、対象となる層は少数派だ。

だったら、もっと間口を広くして、
同じことを言うにも、実用の要素を強めて、
と提案したのだ。

編集者さんも、
そうですね、より多くの層に受け入れられるよう
工夫もしていきましょう、と言うものと思っていた。
常にひかえめな姿勢で、私の意向を第一にしてくれる
編集者さんだったからだ。

ところが、その日はじめて、編集者さんは、
きっぱりと、私にNOと言った。

「少数派が切実に求める、
 そのような本こそ、当社が出す意味があります。」

編集者さんは続けて、こう言った。

「本のかたちにすれば、
 必要な人は、どうにかして必ずたどりつけます。

 当社は一度出した本を決して絶版にしません。
 在庫がつきたら、少量でも必ず重版します。

 それは、巨大部数を発行する大手出版社には
 できないことです。
 小さな出版社である当社にこそ、できる仕事です。

 必要としている人に長期的に
 この本を送り続けることができます。

 この本は必要です。

 むりに実用とからめたりせず、
 本来いちばん書きたかったことを書いてください。」

なんか泣きそうだった。

これが去年1年間で、
私がいちばん嬉しかった瞬間だ。
すなわち、

「自分が本当に書きたいものが見つかった」

幸せだ。

と思った瞬間だ。
内から幸せが満ち、さらに満ち、心は強められた。

いちばん書きたいものほど、いちばん書くのが怖い。

だから人は、小さなすりかえをする。

「人のためになるように」
「利益を生むように」
ともっともらしい理由をつけてすりかえて、
実は、いちばん書きたい大切なことだからこそ、
それがうまく伝わらなかったら、いちばん
痛い・恐い・立ち直れない
その緊張から逃げる。

わたしも逃げていた。

ちょっと小出しにして、ちょっとけなされたくらいで、
もっとも大事な書きたいことだからこそ、だいぶ傷つき、
ひっこめようとした。

こんなに怖いんだな。

大学で、素晴らしいプレゼンをしたあの学生も、
胸を打つ文章を書いたあの学生も、
自分の中から伝えたいものを導き出すのは
きっと怖かったろう、勇気が要ったろう。

「本当に書きたいものを書け。」

まずはそこからしか始められないんじゃないだろうか。

自分の「腹」は、書きたいものを知っている。

ここからどううまく逃れても、書く情熱は損なわれる。
私もそんな日々を経て、やっと気持ちが固まった。

私自身の、会社を辞めてからアイデンティティを喪失し、
そこから再生した経験を書こうと心に決めた。

「あなたも、書きたいものを書いてほしい。」

めんどうで緊張の持続を強いられる行為だけど、
そこに向かっている限り、モチベーションはわき続け、
そこに幸福がある、と私は思う。

※来週3月2日(水)の「おとなの小論文教室。」は、
「ほぼ日」が社員研修旅行のため、お休みいたします。

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2015-02-25-WED
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