フランコさんのイタリア通信。
アズーリにいちばん近いイタリア人の生活と意見。

だまってなさい、ベルルスコーニさん。

去る4月7日、水曜日を
待ちに待っていた男がいます。
ACミランの会長でありイタリア政府首相である
シルヴィオ・ベルルスコーニ。
彼にとってこの夜は、
とってもドラマチックなものになるはずでした。

その数日前のこと、
彼は6月末のEU議会の選挙をひかえての所信を
産業協会に表明するなかで、こう断言しました。

「私がACミランにしたこと、
 つまり勝ちつづける私のチームに対して
 したことを、
 イタリア国家に対しても、行なう」
──と。

快進撃のACミラン、
調子に乗るベルルスコーニ。


その時点では確かに
ACミランはカンピオナートのトップであり、
僕がこの記事を書いている今(4月8日)でも、
第1位を保っています。
ヨーロッパ内のチャンピオンを決める
UEFAチャンピオンズ・リーグでも
準々決勝の第1回戦では、
スペインのデポルティボ・ラ・コルーニャを
4対1で華々しく打ち負かすという快進撃ぶりでした。

第2回戦までの間の日々を利用して、
ベルルスコーニはテレビに登場しまくりました。
ACミランが勝ったのは、
彼がアンチェロッティ監督に
陣形について進言したからであり、
アタッカーを常にふたり配置するようにと、
この私が監督に命令したのだ、
と、自慢するためでした。

「この命令に逆らえば、
 アンチェロッティを更迭する所存です。
 この私が彼に給料を払っているのでありますからね」

ACミランはベルルスコーニのこの発言の後に、
数試合で空振りをしているものの、
いずれにせよカンピオナートでの第1位は
ゆるぎない状況です。

でもACミランが本気で望んでいたのは
UEFAチャンピオンズ・リーグでの連覇です。
ヨーロッパのクラブ・チャンピオンになって、
12月に日本で行われるトヨタ・カップに
また参戦したいのです。

その目標へ向けて、
デポルティボ・ラ・コルーニャとの
準々決勝の第2回戦を前に、
作戦が練られたことでしょう。
実は監督のアンチェロッティは、
リスクを避ける為に、
つまり第1回戦での勝利を守るために、
アタッカーはシェフチェンコひとりにして、
ミッド・フィルダーを充実させたいと
思っていました。

彼と選手たちは、
彼らより先にASモナコが
レアル・マドリードを下して
準決勝戦に進む事になった試合を見ていました。

この組み合わせでは、第1回戦は
レアルが4対2で勝っています。
ところが第2回戦では1対3で破れた結果、
アウェイ2倍ゴール算出方式によって、
ASモナコが結果的には4強に残ったのです。
この結果を見て、
アンチェロッティは思いました、
油断はできない、
デポルティボ・ラ・コルーニャも、
第1回戦の4対1でのACミランの勝利を
ひっくり返しに来るだろうと。
アタッカーをシェフチェンコひとりだけにして
ミッド・フィルダーとディフェンダーを増やし、
堅実に守っていこうとアンチェロッティが考えたのは、
このASモナコの逆転勝利を目の当たりにしたからでした。

これはとても理にかなった判断ですね。
ところが、
ベルルスコーニがこれを阻んだのです。

ベルルスコーニ、
アンチェロッティに命令する。


しつこいようですが、
ベルルスコーニはイタリア首相です。
イタリアの経済状況やイラク問題など、
深刻な問題をかかえて大忙しのはずです。
そんな中で彼は、
アンチェロッティがベルルスコーニ自身の下した命令と
異なる方法を望んでいるらしいことを、
大急ぎで目を通していた新聞紙上に見つけます。

あのアンチェロッティの石頭が!!
というわけで、
このイタリア首相はほんの少しの間だけ
ACミラン会長の自分にもどり、
スペインのコルーニャで試合の準備をしていた
アンチェロッティに、即、電話をかけました。

ベルルスコーニが
アンチェロッティに向かって言ったことは
おおよそこうであったと想像されます。

「君は何を考えているんだ!!
 アタッカーはひとりだけにする、だって?!
 そんな地味なことはACミランには許されない。
 ACミランは常に華やかで、大スペクタクルを
 展開せにゃいかんのだよ。
 それを期待して、
 ヨーロッパ中がテレビの前に座るってことを、
 君は分かっておらんのか。
 シェフチェンコは好いとして、
 トマソンなりカカなりを一緒にプレイさせなさい。
 分かったか?」
 
ベルルスコーニはアンチェロッティに
こう「命令」したのでしょう。



そして4月7日。

ACミランはベルルスコーニの望み通りの、
そしてアンチェロッティの望まなかった形で、
準々決勝第2回戦のピッチに降り立ちました。
試合はアンチェロッティの危惧していたとおりに、
デポルティボ・ラ・コルーニャにさんざんに叩き込まれ、
4対0で大敗してしまいました。
ACミランとイタリアの夢は、
この時点で泡と消えてしまいました。
UEFAチャンピオンズ・リーグからの
敗退です。

ACミランが勝利していた間は、
ベルルスコーニは先陣を切ってテレビに現われ、
「私の手柄だ、私が勝ち組の人間だからだ」
と豪語しておりましたが、
デポルティボ・ラ・コルーニャに負けてからは、
彼はサッカーのサの字も言わなくなりました。
なによりも、次期ヨーロッパ議会の選挙で
票を失いたくありませんからねえ。
「負け」は、今の彼にとっては、禁句です。


訳者のひとこと
イタリアの放送メディアでは、もちろん、
このことで話題沸騰だったのですが、
「アンチェロッティが気の毒」
という意見が多く、中には
「アンチェロッティの立場には
 なりたくないものだ」という
リスナーからの電話もありました。
どこぞの人材派遣会社の電話番号を、
アンチェロッティにあげたくなりますね。

4月10日土曜の夜、
ネットラジオを聞いておりましたら、
カンピオナートに戻ったACミランでは、
アンチェロッティが
シェフチェンコひとりのアタッカーを
主張しつづけて、
ベルルスコーニに逆らっているらしいです。
更迭されてしまうのか???
翻訳/イラスト=酒井うらら


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2004-04-12-MON

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