フランコさんのイタリア通信。
アズーリにいちばん近いイタリア人の生活と意見。

ミラノ・ダービー 2006秋。


10月28日、イタリア・カンピオナートの
セリエAでは、ミラノ・ダービーがありました。
ミラノの街をホームとする
インテル対ACミランの試合です。

ただでも興奮を呼ぶダービーですが、
この日の試合は、
最後のページまで結末が明かされない冒険小説みたいに、
手に汗を握る面白い展開でした。

悲劇的な場面から感傷的な想いへのグラデーション。
そのすべてのニュアンスが、
それぞれに、たいへん情熱的でした。
そして最後には、あまりの感動に
観客の気持ちを押さえる糸は、その重みを支え切れず、
多くの人の涙を絞る結果になりました。
90分間のぶっ続けの緊張と感動で積み重ねられた
アドレナリンから自らを解放するためには、
もう泣くほかありませんでした。

ベルルスコーニ、試合をかく乱?


それは、イタリア・カンピオナートの
今シーズン最初の節で、
何よりも待たれた試合でした。
ミラノの2チームのライバル関係に加えて、
このシーズンには、ACミランが8点減点という
ペナルティーを受けたスキャンダルの影響があります。
実際、5月に始まった「審判買収の審議」が終ったのは、
ダービー前日の10月27日でした。

ACミランでは、
会長であり前イタリア首相のベルルスコーニが、
政治の世界への返り咲きをねらっています。
相変わらず偉そうで居丈高なのですが、
彼は裁判が終るとすぐに
「政府は私の企業を罰する事で私を罰した。
 ACミランは最も清潔は組織だ。
 これはスキャンダルであり、
 ACミランは無罪だ‥‥」と、
自分が政治的ライバルたちに迫害されて、
おとしめられたかのような発言をしました。

そして彼は、試合開始の数分前に
ヘリコプターでサン・シーロ競技場に到着しました。
彼の通り道を作るためのボディーガードに囲まれ、
ティフォーゾたちは有頂天な讃嘆とともに
彼を迎え入れました。

偉大なライバルである
インテルのマッシモ・モラッティは、
サン・シーロ競技場には行かず、
有名ブランドの立ち並ぶモンテナポレオーネ通りに
彼の姉妹が住居専用として持っている家で、
テレビ観戦することを選びました。

ここ2年間は、インテルよりもACミラン色が強い
ダービーが続いていました。
インテルのマンチーニ監督は、
今回の試合まで6試合中2試合しか勝っていません。

しかし今回、大きな競争力をつけたインテルが、
前半が終った時点ですでに2対0で勝っていました。
それを見たベルルスコーニはACミランの更衣室に行き、
静かにするように命じてから、
選手を3人交代するべきだとアンチェロッティ監督に
命じたそうです。

前半戦と後半戦の間に
選手を3人も替えたチームというのは、
イタリアサッカーの歴史上では見たことがありません。
でもACミランがピッチに再び現れた時、
ヤンクロフスキー、アンブロジアーニ、
インザーギに替えて
オリヴェイラ、ジラルディーノ、
マルディーニが入っていました。
そして更に驚いたことには、
ACミランの3人交代などお構いないかのように、
インテルのイブラヒモヴィッチが、
すぐさま秀逸なゴールを入れてしまったのです。

その後も、
ACミランのシードルフが
インテルのブルディッソの外したボールを蹴り込んで
3対1にしたものの、
マテラッツィが4点目のゴールを印し、
また4対1とインテルに突き放されます。

ここで感動は、いよいよ佳境に入り、
もう観客の心臓はドキドキで
苦しいほどになり始めました。

イタリアサッカーの歴史で
一度もなかった決戦が行われる?!


マテラッツィはゴールを印すや否や、
シャツを頭の上まで引き上げました。
そこには彼の息子のダヴィデへのメッセージが
書かれていたのです。
もちろん、インテルのティフォーゾは
大喝采を送りましたが、
しかし、その行為は禁止されており、
審判に一発退場のレッドカードを出された彼は、
ピッチを去ります。

10人になったインテルを11人で攻めるACミランは、
2対4、3対4と攻め進みます。
ACミランの怒濤の攻撃で、最後の10分間くらいは、
インテルがPKエリアから出られないほど
追いつめられているように見えました。
それにも関わらず、
ACミランは同点にすることが出来ませんでした。

ダービーの後、
ACミランとインテルは14点差になりました。
インテルは首位にいますが、
今シーズンはカンピオナート最南端のチームである
パレルモが驚異的な快進撃を続けており、
インテルとともに首位にいます。

何が驚異的と言って、
最も裕福な州であるロンバルディアのインテルと、
最も南の州であるシチリアのパレルモが、
スクデットを賭けて闘うことになるかも知れないのです。
これはイタリアサッカーの100年以上も続く歴史上、
実現したことのない事態なのです。

北部vs.南部‥‥この新たなスペクタクルは、
やっと始まったばかりです。

訳者のひとこと
イタリアは南北で経済的に差があります。
つまり、おおざっぱに言って、
北部に大企業が集中しているので、
優秀な選手を獲得する資金の豊富な
北のチームが強いということになるのですね。
その豊富な資金が、言ってみれば
買収スキャンダルにもつながったわけで、
結果的に買収騒動の激震が
カンピオナートを再生してくれるのなら、
これも無駄ではなかったということでしょうか。

ところでマテラッツィのタンクトップに
書かれているのは
AUGURI DAVIDE
おめでとう ダヴィデ、です。
バースデーだったのかな‥‥?
翻訳/イラスト=酒井うらら

2006-11-07-TUE

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