BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

第3回
僕の知らないあのコの時間
糸井 川崎さんは、うちでは銀ちゃん1匹だけど、
ノラ猫もすごく気になるんでしょ。
ひと頃、空き地に住みついてる
ノラたちの世話をしに通ってたよね。
ほら、ビル開発で揉めてそのままになってた
建設用地‥‥。
あそこ、いかにも猫がたくさんいそうだった。
川崎 あぁ、40匹くらいいましたね。
2年くらい通ってエサをあげたり、
毛布持ってったり。
糸井 毛布!
川崎 冬場は寒くて相当キツいんですよ。
母猫のいない子猫なんか、
特にしっかり防寒してやらないと。
それで、会社のみんなに
古い毛布やセーター供出してもらったり、
ベニヤで簡単な屋根作ったり。
大工さんですね。
保坂 エサは何を?
川崎 缶詰とドライフードを。
糸井 猫の数は多いし、いろいろ持っていくの、
重いでしょ。
川崎 重かったですね。
糸井 それ背負って自転車こいで‥‥。
40匹をひとりで世話してたんですか。
川崎 いや、他に何人もいたみたい。
朝晩来る人とか、夜だけの人とか。
その人の仕事のサイクルによって違うんです。
それで、エサだけをやりに来る人もいれば、
小屋づくり専門にやってる人もいて。
糸井 不動産関係を一手に引き受けてる(笑)。
雨の日も毎日?
川崎 そりゃそうでしょ。
雨の日は、
いつも来る人でも来ないことがあったりするから。
猫用の傘を広げて呼ぶと、
猫たちが入ってくるので、
そこで手早くエサを食べさせる。
保坂 はぁ、傘も持って行ったんですか。
川崎 傘は、空き地のある場所に隠しておくの。
ウンチを処理するためのスコップもね。
あと、薬も持って行ってました。
保坂 風邪とか眼病とか。
川崎 皮膚病のコもいっぱいいたし。
糸井 川崎さんの行動そのものが詩みたい。
アクションポエムだなぁ。
保坂 そういう人の前には出にくいって思いますね。
だって僕は、
うちに来てる何匹かのノラしか面倒見てないから。
糸井 いわば「二人称」の状態ですね。
保坂さんは、「あなた」と名前がつく範囲の猫を、
川崎さんは「三人称」というか、
「彼ら」をみてる。
その彼らに対する思いって何?
川崎 さっき保坂さんが、
猫の場合は与えられた環境から逃れられないと
おっしゃったけど、それはすごくありますね。
それに対して何か手を差し伸べたいと。
糸井 ただ、与えられた環境から逃れられないものって、
山ほどいるじゃないですか。
昆虫だって、人だって。
川崎 だから、それを突き進んでいくと
ユニセフの黒柳徹子さんになるんですよ。
糸井 川崎さんは、その一歩手前、
猫の段階で止めてるわけだ。
川崎 その頃は、意識してあまりいろいろ
考えないようにしてたところはあるかな。
ともかくエサ運んでいろいろ世話して、
事務的に処理することに徹していた。
それでね、僕、
ノラ猫たちの集まる場所を
たくさん知ってますけど、
そこにやってくる「猫にとりつかれた人」、
相当見ましたよ。
糸井 変な人、いますか。
川崎 ノラ猫の世話するのに
1日5時間費やしててヘトヘトになってる人とか、
十何年同じ場所で世話を続けてる人とか。
糸井 へぇー。
川崎 ある公園では、
エサをやりに来る人の管轄が
それぞれ自然に決まってるの。
自分は4分の1のエリアだけってことに決めてて、
それ以外は他の人にまかせる。
で、公園って、
いつも散歩でうろうろしてる人もいるでしょ。
そういう人が、エサはやらないけど、
旅芸人みたいに
「あのエリアではこういうことが起きてる」
「向こうでは
 ○○教授の猫が子どもを産んだばかり」
とか、いろいろ情報を伝えてくれる。
○○教授の猫と言われてもねぇ。(笑)
糸井 要するに○○教授の管轄内の猫ってことね。
川崎 エリアごとに、管轄者の、
猫に対する考え方も接し方も違うわけですが、
その違いについては言及しないっていうか、
口出ししないのが礼儀のようですね。
保坂 それ、お互いに
誰だか名前も知らない同士ですよね。
きっと日本全国、ノラ猫のいる公園、
空地、廃屋それぞれに、
そういう暗黙のルールがあるんだろうね。
川崎 でしょうね。
世話してることは、
お互いにいっさい口外しないとか。
糸井 日比谷公園の
ノゾキの集団に近いものがあるかもしれない。
あれ、アベックに手を出しちゃいけないとか、
いろいろルールがあるんだよね。
保坂 似てますね。
あ、でも僕自身は
そういうノラ猫の世話をしてないから、
外から見ることになっちゃって、
ノゾキと似てると思うのかもしれないけど。
川崎 いや、完全にそうですね。
懐中電灯持ってる人もいるし(笑)。
そこに来る人同士、
なかには何人かの携帯の番号くらいは知ってて、
あの猫、具合悪そうだから
入院させたほうがいいとか、
横の連絡をとってる所もあるみたいです。
糸井 緊急連絡網ね。
猫を介してつながってる人間関係‥‥。
保坂 それ、あります。
友達の家の近くに
すごく怒りっぽいおじさんがいて、
自分の家の前に誰かが駐車してると
車を蹴飛ばしそうな勢いなのに、
猫にはメチャメチャ優しいんだって。
で、猫のことから口をきくようになって、
今は同じノラ猫の面倒をみてる。(笑)
川崎 ノラのエサで言えば、
僕が「なるほど」と感心したのは、
ナルトとかちくわなんかの練り物。
糸井 ちくわねぇ。
川崎 練り物は、猫が食べたあと、
その場所が汚れないでしょう。
会社の近くの路地に
しょっちゅうちくわが落ちてて、
最初、
「何でここは、こんなにちくわが落ちてるんだ?!
 人って、そんなにちくわを落とさないだろう」
と思ってたの(笑)。
そこを通ると、
みんながちくわを落としちゃうような
特殊な磁場があるとしか思えなくて。
糸井 相当、変な場所だよね。
川崎 ある時、目撃したんですけど、
それはある人がやってる猫のエサだった。
いろいろ試したあげく、
ちくわがいいとなったらしい。
それで、銭形平次の投げ銭のように、
パッパッと投げていく。
保坂 ちくわを見て猫を思わないっていうのも変ですよ。
糸井 えぇっ、そうなんですか。(笑)
川崎 僕も初めは気づかなかった。
それから、ノラ猫は
なでたり抱いたりしないほうがいいんだ
っていうのも、
空き地にエサをやりに来てた人から教えられた。
ノラは人に馴れると何されるかわからないから、
警戒心を失わせないままがいい。
それで自分はノラ猫と距離は
詰めないんだと言うんです。
それは、その人の経験から生まれた一つの見識で、
「ああ、なるほどなあ」と教えられましたね。
糸井 川崎さんの話を聞いてると、
「家に連れてきちゃいけないんだ」
「なでないほうがいいのか」
「ああ、ちくわはそういう理由でいいのね」
といちいち感心してますよね。
それ全部、ノラ猫との関係の持ち方の
ノウハウじゃないですか。
どっちが愛情深いか競争してるんじゃなくて、
「そのほうがよりいいですよ」
というテクノロジーを聞いては感心し、
「俺もそうしよう」と学ぶ話は、
猫との関係の達人になっていくプロセスを
物語として聞いてるみたい。
川崎 板で猫の小屋作ってた人に聞いたんですけど、
最初は庇なんてつけてなかったのを、
雨が吹き込むから庇をつけて。
その庇もあまり長くすると、
猫が中で具合が悪くなった時、
邪魔になって手を突っ込めないから、
ほどほどの長さにしたりとか。
糸井 テクノロジーだねえ。
保坂 でも、そういうふうに外の猫に関わり出すと、
キリがなくなるでしょう。
川崎 そうですね。猫に対しての思いって、
一つには目の前に猫がいて、
その時に可愛いと思うことが一つ。
もう一つは、自分が見ていない時に
その猫がどうしてるか考えちゃうこと。
ノラの場合、
僕が知らない時間のほうが長いわけで、
その時のことがすごく気になる。
糸井 となると「24時間、猫」だよね。
保坂 僕はうちの猫は増やしたくない。
世話をする外の猫もこれ以上増やしたくない。
ずっとこのまんま行きたいと思っているんだけど、
それは、仮定の話を始めると
キリがないからなんですよね。
だから永遠にこのままとしか考えない(笑)。
たまに見たことのない子猫を
近所で目撃したりすると、
これは家に帰る途中なのか、
それとも迷い込んだのか、と、
30分後にその場所に見に行って、
1時間後にまた行って、
結論が出るまで気持ちが落ちつかない。
最悪、拾ってこなきゃいけないかな、
と思いながら‥‥。
糸井 現実と戦うわけですね。
保坂 だから、見てる時より
見てない時のほうが気になる。
糸井 根は川崎さんと同じなんだ。
保坂 ともかく、うちの猫3匹と、外猫の何匹か、
ずっとそのままを願うけど、
向こうから来たり、やっぱり拾ってきたり。
それで里親を探すことになる。
川崎 里親探しは大変。消耗しますよね。
糸井 ずいぶんやったんですか。
川崎 4、5匹。
相手選んで声かけなきゃいけないし、
頼まれたほうもうかつに引き受けられないから、
けっこうヘビーな相談になるんですよ。
あんまり疲れるので、最近はもうやってないけど。
保坂 僕は近所のノラ関係と、捨てられてたのと
6、7匹かな。
川崎 見つかった時は嬉しいですよね。
(つづく)

2003-09-26-FRI

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