はじめに
東北新幹線に乗って東京から福島へは
2時間かからない。
思ったよりもずっと、福島は近い。

窓の外を緑が流れていく。
西への新幹線と違って、トンネルが少ない。
こんもりとした低い山と、
そろそろ夏の形をしはじめた白い雲。

はじめて、福島へ向かいながら、
当たり前のことを思った。

東京と福島はつながっている。
福島について、考えることは難しい。
なにをどう願えばいいのか、よくわからない。
力になりたい、と思ったときに
どうしていいのか、
はっきりとした道をうまく見つけられない。
ずっと先にそうなってほしいことと、
いますぐそうなってほしいことが、入り交じる。
離れた場所からぼくが思うどんな願いも、
いまそこにいる人にとっては
甘っちょろいことかもしれない。
そもそも、もとになる知識がとぼしい。
何かを読むたび、それを鵜呑みにしている気分になる。

福島について、考えることは難しい。

それでも、考えるのをやめることが
いちばんよくないことだと思った。
福島について、考えなくちゃいけないと思っていた。
といっても、それはぜんぜん義務じゃない。

ぼくは、福島について、考えたかった。
考えたかったけど、うまく考えられなかった。
3月11日から、ようやく時が流れて、
何人もの知り合いが、被災地を訪れはじめた。
ぼくもなにかをはじめたかった。
できれば、ちゃんと決めて動きたかった。
そこに正解なんてないに決まってるけれど、
できれば、よく考えて、しっかり選びたかった。
そんな自分が理屈っぽすぎるようにも感じたけど、
同時に漠然と、大事なことであるようにも思った。
たぶん、これまで考えることをさぼっていたことを
ひけめに感じていたからかもしれない。
そういうところを、ぐるぐると、もやもやと、
といっても深い場所ではなく、
浅いところで、もやもやと考えていた。

そして、やっぱり、
自分がそう思っているらしいとわかった。

ぼくは、福島のことが気になっていた。

それはもう、極めて個人的なレベルだ。
好きな色や美味しいと感じる食べ物や
ついくちずさむ歌が人それぞれにあるように、
理由のないすごく気ままなレベルで、
ぼくは、福島のことが気になっていた。
福島はいま「フクシマ」として
世界で知られるようになってしまった。
新幹線の窓から福島の美しい風景を眺めていると、
世界の人が抱いているであろうイメージとの
ギャップに戸惑ってしまう。
夏を目前に控える福島の緑は濃く、
よぎる葉は強い太陽の光を照り返している。
田を埋める稲のきみどり色が
風に吹かれてやわらかく波を打つ。 この美しい風景が「フクシマ」だなんて。 カタカナで認識される地名と
日常的な風景のギャップに、
じつはぼくは憶えがある。 中学高校の6年間を、ぼくは広島で過ごした。
いうまでもなく、
広島は「ヒロシマ」として世界に知られている。
学校帰りに街へ向かうとき、
友人たちと自転車で通りかかるような
「平和公園」という場所に、
多くの外国人観光客や修学旅行生たちが訪れることを
なんだかぼくは不思議に感じていた。 その場所の重さはもちろんよく知っている。
ぼくが住んだのはたったの6年間だったが、
東京で8月6日を迎えるたびに、
すべてのテレビが式典を生中継していないことに
違和感を覚えるくらいには、
その場所の特別さはぼくの根っこに染みこんでいた。 けれども、「よく横切る公園」が、
世界的に有名な「ヒロシマ」の象徴であることを、
自転車で通るぼくがいつも重く受け止めていたかというと
そうではないような気がする。
福島に行きたい、と会社の仲間に話した。
雑談のなかで、まったく自分の意見をまとめずに。
この会社では、よくそういうことがある。
根っこの動機に求められるのは
現実性ではなく強さと正直さで、
方法はあとから考えればいい。

そうして、福島について、その場にいた仲間たちと、
知っていることをさまざまに話すとき、
ぼくの口から、つっと、糸口が出たのだ。

「福島県の高校野球もたいへんなんだ。
 春の大会も、東北大会も、中止になっちゃったんだ」

そう言いながら、もう、こころは動いていた。
そのまま自分でことばを続けた。
そうだ、それだと、もう決めていた。
ぼくは言った。

福島の甲子園の予選を、追いかけてみようかな、と。

居合わせた人たちは、
ぼくが芯から高校野球を好きなことを知っていたので、
ああ、それはいい、と言った。
それはいい、とぼくも思った。
福島について、考えることは難しい。
ぼくには、知識も経験も圧倒的に乏しい。
はやくよくなりますように、と曖昧に願うだけでなく、
なにか行動を起こしたいけど、
どうしていいのかわからない。

けれども、ひとまず、「わからない」まま、
それとは別なところに見いだした
出っ張りに手をかけて
ぐいと身体を動かしてみようと思う。

そのようにして「わからない」まま、
大好きな高校野球のことを追いかけているうちに、
部屋で考え続けていることとは
別の何かが見えてくるかもしれない。
いや、そんな頭でっかちな展望は、
すでにぼくのなかで、かすれかかっている。

ぼくはスポーツが好きで、
なかでも野球が好きで、
とりわけ夏の甲子園大会が好きなので、
白球と金属バットが奏でる
キンという甲高い音を想像するだけで、
もう、申し訳ないけど、
自動的にわくわくしてきてしまう。

全国高等学校野球選手権、
福島大会を追いかけていきます。
いま、福島県は普通の状態ではありません。
原発から30キロ以内にある7つの高校は
「サテライト校」と呼ばれる
ほかの高校の施設をつかって
授業や練習をしています。
そのうち3つの高校では、
県外へ転校してしまった野球部員が多く、
人数が足りなくなってしまったために
連合チームを結成して甲子園を目指します。
試合が行われる日は、
毎朝6時半に球場で放射線量を計測し、
毎時3.8マイクロシーベルトを
超えた場合は中止となります。
開会式の入場行進もありません。
試合前の練習時間も短くなるそうです。

それでも、福島県の球児たちは、
夏の甲子園を目指します。
それをぼくはわくわくと追いかけます。
といっても、ぼくは基本的に
東京に勤める会社員ですから、
限られた時間のなかで福島へ通うことになります。
全試合を網羅するようなことはできませんし、
速報性はまったくありません。
いろんなドラマを、たぶん見逃してしまうと思います。

それでも、たいへん勝手ながら、
ぼくはこれからの数日間をたのしみにしています。
いろんなことは、後で考えようと思います。

あらためまして、
担当は永田泰大です。
少々、個人的なコンテンツになりますが、
どうぞよろしくお願いします。

次回から続くこの記事が、
ただの野球コンテンツとして熱く盛り上がれば、
それが一番いいことなのかもしれない。

(つづきます)




2011-07-13-WED
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