|
【読み方】
【夏目漱石の生涯】
1867年2月9日 -
1916年12月9日
漱石は号。
本名は金之助。
牛込馬場下の名主、
夏目小兵衛直克の末子。
四谷の古道具屋へ
里子へ出されたが、
すぐに実家へ帰る。
再び塩原昌之助へ
養子にだされるが、
そこからも戻る。
22歳のときに、
正岡子規と出会い、
大きく影響をうける。
23歳で帝国大学に入学。
このころから
神経衰弱が持病となる。
卒業後、
東京師範学校の
教師をしていたが、
病が進行したこともあり、
愛媛県の愛媛県尋常中学校に
赴任。
その後、文部省から、
英国留学を命ぜられる。
帰国後は、
小泉八雲の後任として、
東京帝国大学の講師になる。
その後、神経衰弱の
リハビリのために書いた
『吾輩は猫である』が好評。
次々に小説を発表。
『門』執筆中に、
胃潰瘍で入院。
退院後も、胃潰瘍他、
痔、神経衰弱、糖尿病に苦しむ。
『明暗』執筆中に死去。
ちなみに、漱石の脳みそは、
東京大学医学部に
保管されている。 |
|
|