YAMADA
カンバセイション・ピース。
保坂和志さんの、小説を書くという冒険。

第6回「小説の筆が止まるとき」

糸井 今回の小説を、保坂さんが
どういう風に書いていったのかを、
ちょっと、教えてもらえますか?
保坂 何かが出てくるっていう予感が、
去年の12月10日ごろからはじまっていて、
それはもう、タイヘンだったんです。
苦痛っていうんじゃないけど、とにかく、
進まないというか、進めようとしている足が、
もう、重すぎて出てこないというか。
糸井 筆が止まる時っていうのは、
それは、保坂さん、書く人だから、
人が書いてる時の気持ちも、
わかるだろうなぁと思います。
「あ、この人、ここで筆が止まったな」とか。

筆が止まる時って、基本的には、
「もっとすごくなる前触れ」か
「止まる前のほうから削ったほうがいい」かの、
どっちか、ですよね。
保坂 うん。
糸井 保坂さんは、その時、どっちでしたか?
保坂 止まっていないんです。
ずーっと、もう、ほんとうに……。
重い字を、ずっと休まず書いていた。

12月の末ぐらいっていうのは、
両極端とか、本来一緒じゃないものを
くっつけていくということだけを
ずっと考えていた時期だったんです。

小説を書いている時間って、
4時間ぐらいしかないんだけど、
それ以外でも、その雰囲気を忘れてると
ワヤになっちゃいそうなので、
大晦日、三が日と、
今年だけは、仕事を続けてたもん。
糸井 要するに、「離れたくなくて」ね?
保坂 離れちゃうと、おしまいになっちゃうから。

2日離れたら、きっと、建て直しに、
1週間か10日ぐらいかかりそうという気がしたから。
ほんとに、小説って、小説の中にしかないから、
書いている間は、ひとつの音楽が鳴りつづけている。
それが、休んだら、消えていっちゃうというか。

だから、最後の章を
12月のはじめくらいから書きはじめて、
2月の頭ぐらいに峠を抜けていったんだけど。
ホッとしたもんね。
糸井 保坂さんって、小説は
手書きですか? パソコン?
保坂 ぼくは、ぜんぶ手書き。

糸井 ふーん。
いま聞いていると、
手の先から聞こえてくるものが、
冒険物語のように聞こえるよね。
めちゃくちゃ、おもしろいです。
保坂 最後を書いている時は、たとえば、
「わたしは木を見ている」
という字を書いていながらも、
もっと抽象的な何かをずっと思っているわけ。
だから、作業が二重三重になっている感じで、
字が重くて、その重い字を
ずっと、書いていたんですよ。
糸井 長い時間、継続してできるんだ?
保坂 一日、3〜4時間。
糸井 3〜4時間はできるんだ。
ものすごいね、それは。
保坂 ま、最初の30分か1時間は、そうでもないけどね。
糸井 でも、それって、
一生に何分もないことですよね。
保坂 そう。
糸井 それが、正月を挟む寒い時期に、
3〜4時間ずつ、毎日あったっていうと、
「人類の金字塔」みたいに、聞こえますよね。
保坂 (笑)で、その年末に
タイヘンなところを書いている時、
あろうことか、大晦日の夜9時から、
うちのネコが、ゲロゲロゲロゲロ吐きだして。
夜中じゅう、1時間に1回、吐くわけ。
だから、元日の朝に病院に電話をして、
ぼくは免許ないから自転車で連れてってさ。

家から自転車で
5分ぐらいのところの動物病院なんだけど、
獣医さんがいい人で、
いつも急患対応で、大晦日も元日も、
ずっとやってくれるところなんです。

そこに連れていって、
年が開けて2日までは、ほんとに
1時間に1回ずつ吐いていたから、
そのたびに、吐いてるものを
片付けたりしているんですよね。

そうやって、書いていた。
(つづきます!)  

2003-07-02-WED

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