その11 馬のこと。
糸井 薫ちゃん、まだ、馬関係はしてるの?
小林 はい。
糸井 それは案外やめられないものなの?
小林 というか、賞金をプールしてて、
そこからたま儲けると、配当してるんです。
5人、メンバーがいまして、
他の馬を買ったり、
経費に使ってるんですけど、
ことのほか、お金がまだあるんで、
やめたくてもやめられないというか。
糸井 ほぉー。へぇ〜。
小林 ずっと稼いでますねぇ。
糸井 ということは、うまくいったっていうこと?
小林 もう、すごくうまくいってて。
糸井 ふぅん。
小林 何年間かは、お金をみんなそれぞれ
出しててやってたんですけど、
あるときから
まったく出さなくていいようになって。
で、たまに大きいレース勝つと、
配当するんです。
糸井 ふぅ〜ん。そんなつもりなかったのにね、きっと。
小林 まぁまぁ、貰えるの? みたいな。
糸井 ふぅ〜ん。経営をしてるみたいなもんだ。
小林 普通こんなにうまくいかないんだけれども、
ちょうどその小林薫会の馬は、
飛び切り高い馬とかは絶対買わないというのが
あるんですよ。
糸井 なるほど。
小林 メンバーの中には
社台ファームの吉田照哉さんとか、
ノーザンの吉田和美さんなんかも入ってるんだけど、
あんだけ大金持ちが高い馬買おうとすると、
「自分の金で買え!」っていうぐらいに。
あんたたち、いっぱい持ってるだろう、みたいに。
で、僕が競りで買おうとすると、
ストップかかってきましたからね。
「おまえ、何競ってるんだ!」って。
「分というものでやれ」って。
糸井 馬会のまかないめしだね。
本当は高級な料理店のシェフなのに、
こっちで納豆チャーハン作ってるみたいなね。
小林 もともとそんなにかからないんです。
1億の馬も1千万の馬も経費は同じなんですよね。
糸井 うんうんうん。いいもの食うとかないわけだ?
小林 そうですよ。まったく同じなんで。
これもまた、走る走らないの確率は
安いも高いもないんですよ。
走らない馬は本当に走らないんで。
糸井 うん。
小林 そうすると、まぁ、たとえば、
1億出すリスクは俺たちはやっちゃいけない。
400万とか500万だ。
そうすると、見舞金で400万貰えりゃ済むんで、
言ってみれば、どう転んでもそんなに、
傷が深くならないような考え方で馬を買う。
それがわりと徹底してるんですかね。
だから、そんなに経費かからない馬でやって、
未だにまだお金があるし、馬も走ってるしね。
糸井 へぇ〜、すごいねぇ。馬好きだったっていうこと?
小林 なんですかね?
嫌いじゃないんですけど、そんなに。
たまに競馬好きの中に、
「馬はいいですよねぇ」って
情熱持って語る人がいるんですけど。
糸井 そういうんじゃないの?
語らない?
小林 僕はそういうタイプじゃ全然ないんですよね。
ただ、僕は、牧場もだいたい
年に2回ぐらい行ったりするんで、
仔馬も見てるし、今度自分が持ってた
繁殖牝馬が来年産むんで、種付けもしてるし。
そうするとまたね。
糸井 かわいくなるの?
小林 かわいいっていうのもあるんですけど、
すぐ大きくなるし、すぐ獰猛になるっていうか、
やっぱりサラブレッドはもう近寄れない感じです。
気合が入ってくると、
我々素人じゃあ、もう近づけないんです。
糸井 ふぅん。
小林 牧場にいる1才ぐらいまではヨシヨシで、
人懐こかったりするんですけど、
もうレースに行く直前ぐらいになってくると、
ボクサーが体絞ってあばら骨が出るような。
糸井 はぁー。
小林 本当にもう筋肉と皮になってくる。
精神的にもいろんな圧を掛けて、
ステップアップさせてるんですね。
我慢をすることを覚えたりとか。
糸井 へぇー!
小林 我慢ってできないんですよ、普通の動物は。
スタートのとき、
こんな狭いところ入るんですけど、
もっともいやがるんですよ。
糸井 はいはいはい。
小林 で、ガッと我慢しなきゃいけないし、
レースも流れは自分の思い通りには走れないんですよ。
走りたい、走るために作られてきた馬で、
抑えなきゃいけないんですよ、ペースを。
糸井 うんうん。
小林 だから、走るだけで能力出しちゃうと、
もう続かないんですよ、そのスピード能力が。
だから、溜めていくというか、
ポーンと行って、もうそこ我慢して抑えながら
走っていくっていう。
その手綱をぐっと引かれたら、
走りたい気持ちは山ほどあるんだけど
抑えるっていう。
そういう精神性とかも
鍛えていかなきゃいけないんですよね。
だから、そういう段階をどんどん経てきて、
本当にレースになると
もう顔つきとかももう雰囲気が
まったく違うんで、
そういう馬ははっきりいって、
なかなかもう僕らは近づけないですよ。
糸井 はぁー。稼業違いになっちゃうわけだ。
小林 違いますね。
だから、乗馬だけの人は、
レースの馬には乗れないですね。
レースの直後でも、
興奮状態っていうか、
乗れないんじゃないですか。
糸井 薫ちゃんが、馬始めて
間もないころに牧場に行って、
「朝起きて窓開けたら、
 馬がいるっていうのはいいもんだねぇ」
って言ったのを、俺、ものすごく鮮烈に。
本人はもう覚えてないかもしれないけど。
小林 ああ、はいはいはい。
糸井 それはうらやましく聞こえたね。
小林 あのぅ、実際にそれは、僕の知り合いで、
錦岡牧場の土井睦秋さんって、
これもまたおもしろい人で、
いわゆる農業生産者と思えないような
生き方の人なんだけど。
北海道の牧場だから、
敷地じゃなくて建坪100坪なんですよ。
アーリーアメリカンの
2階建てを造ってるんですよ。
錦岡の坊ちゃんがやってることだ、
みたいな感じで人から批判されるような、
日本の家屋じゃないの。寸法も。
糸井 6畳とかないよね。
小林 で、こうちょっと僕が行くと、
ゲストルームが当然あるんですね。
で、そこからパッと朝こう見ると、
もう本当にそのまま地続きで牧場で、
犬飼ってるみたいに馬がいるんですよ。
糸井 いや、その話は何回聞いてもいいよね、
やっぱり(笑)。ああ〜。
小林 お金持ちが大きい庭持ってて、
キリン走らせてるようなもんですよ。
糸井 うんうんうん。
今でも、その感動はあるんだ?
小林 ありますね。しかも本当にその敷地の中に、
トラックがあってですね、
1周どのくらいあるのかな?
そこに7、8頭入れてですね、
2頭ずつの合わせにして、
バーっと走ってくるんですよね。
それを何組か交換するんですけど、
そのたびにダーッと別な馬が入ってくる。
自分とこの庭先で馬が競走して走ってるんですよ。
糸井 ねぇ。錦鯉以上だよね(笑)。
小林 もう、ぱんぱんぱんっ(手を叩く)。
一同 (笑)。
糸井 それ、最初に薫ちゃんに聞いたとき、
なんか輝いてたんだよ、それを伝える本人が。
で、俺はそれに気圧されて、
そりゃいいだろうなと思ったのよ。
小林 いや、僕がね、いいなと思ったのは、
そこに真っ黒なラブラドールがいて。
で、まぁ、だいたい玄関とか廊下で
寝るとかしてるんですよ。
で、朝出たいんですよ。
土井さんが調教を見るためにドア開けると、
もう真っ先にバーッと飛び出すんですね。
糸井 うんうん。
小林 で、敷地内っていっても距離があるんで、
車でそのトラックのある所まで行くんですけれども、
車に土井さんが乗り込もうとすると
パアッて行って一緒に乗り込もうとするんだけど、
「運動もあるから、おまえはついといで」
って言うと、ハッハッハッて、
パーッと走っていくんですよ。
で、それ全部敷地の中ですからね。
糸井 ああ〜。
小林 犬もすごい気持ちいいだろうな、みたいな。
パーッと走っていって戻ってきて、
車が来たら車についてきて、
ハッハッハッとかって言って。
で、また次に移動すると、
また、こんなになりながらついてくるんですよ。
一同 (笑)。
小林 それ、全部敷地内でしょ?
あ、ここにいる犬はかなり幸せだなぁと思った。
犬らしくいるんですよ。
すごいなと思って見てるんです、それを。
ああいう表情は東京であまり見ないですね。
糸井 ないだろうね。ないだろうねぇ。
小林 なんかこう、本能に
ささやかれたような。
糸井 あのぅ、僕はよく見てるブログで、
信州でうちの犬と同じ
ジャック・ラッセルを飼ってる人のブログがあって。
それの散歩コースみたいなのが
よく地図とか写真とか出てて。
兎とかを追っかけて
山奥にいなくなっちゃうらしいんだよね、
その犬(笑)。
小林 戻ってくるんですか、最終的には?
糸井 戻ってこないときもあるの。
で、そのときは、そのブログで、
「いないんです」っていう話が書いてあるわけよ。
で、やっぱりひどい目に合って傷だらけになって、
探し出したとか、そういう話があるんだよ。
で、今は、GPS付けてるんだよ、犬に。
小林 あ、犬にね。あ、なるほど。
糸井 で、そういうことしなきゃ
なんないような場所っていうところの
犬が写ってると、
やっぱりおもしろいんだよね。
小林 ああ〜。
糸井 そのぅ、なんだろう?
おもしろいんだよ。
で、散歩だけで行って帰ってくるっていうのが
彼女の日課なんだろうけど、
犬にしてみれば、なんか見つけたら
追っかけたいっていう気持ちがあって、
そういうものがいるのが自然なんだけど、
そういうものに会いませんようにっていう
気持ちもあるわけで、散歩中に(笑)。
それがねぇ、うちで部屋の中に犬がいるけども、
うちがどうだっていうことじゃないんだけど、
うーん、そこで飼われてる犬が
起きてるものがあるよね。
なんか目が覚めてるものがね。
小林 そうそうそう。
糸井 でも、早死にする可能性もあるしさ。
小林 あぁー、どうなんだろう?
どっちなんだろう?
ああー、わかんないですね、やっぱり。
糸井 だって、犬の寿命って、
どんどん延びてるわけで。
小林 たぶん部屋で飼ってる
犬のほうが長生きしてるんですよね。
糸井 たぶんそうだろうね。
小林 そうだね。
糸井 人間もたぶんそうなんだろうけどね。
猟師さんに分けてもらった肉を
庭先の木に干して、
取っとけるようにして干し肉にして。
それを犬がこう、あれは俺のだっていって
見てるような写真とかあったりすると、
やっぱりなんかこう、
ちょっとワクワクするよねぇ。
(つづきます)


2010-07-09-FRI


(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN