糸井 |
つまり、なにをやるにしても
「赤字だけは出さない」っていうことが、
ウチのね、約束ごとなんです。 |
石川 |
へーえ‥‥。 |
糸井 |
そうしないと、どこかで「ゆるみ」が
出てきちゃうと思うんですよ。 |
石川 |
んー、なんとなくわかりますけれども‥‥。 |
エリック |
でも‥‥「もとを取りたい」と思って撮ったら
なんか、作品がダメになるんじゃないかなって、
そういう心配もあって。‥‥ハハハ(笑)。
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糸井 |
うーん‥‥。 |
エリック |
自分の本当に撮りたいものが、
その「稼がなきゃ!」って気持ちで
ブレちゃったりしないのかな? |
石川 |
この写真集を出した直後に
もとなんて取れないです、たぶん。
でも、10年とか20年くらい経ったら、
ぼくは、もしかしたら
取れるようになるんじゃないかと思ってて。 |
糸井 |
ほう。 |
石川 |
というのも、
ぼくやエリックみたいな写真家の本って
そんなに大部数刷ってないし、
なにより自分で「いい」と確信して
出していることもあって、
記録としても本としても、
いつかその価値が認められると信じています。
そう思わないとやってられないし。 |
糸井 |
なるほどね。 |
石川 |
いまは、ぜんぜん、もとを取れてないし、
まぁ、正直いえばすごくマイナスなんだけど、
自分への先行投資ですよね。
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エリック |
いつか、自分にかえってくると信じてね。 |
糸井 |
つまり、オレたちのやれることって、
まだまだあるんだぞってことだね。 |
石川 |
もちろん、それは。 |
エリック |
ボク、この『中国好運』では
1万5000カット、撮ってるんですよ。 |
糸井 |
1万5000。 |
エリック |
でも、北島敬三さんが撮った
ニューヨークの写真集なんか3万カットですし、
ロバート・キャパなら、
これまでの人生で7万カットですとか‥‥。
そういうのを考えると、
ボク、ぜんぜん足りないなぁと思っていて。 |
糸井 |
うん、うん。 |
エリック |
だから「もとを取るぞ」と思って撮って、
もし、お金が手に入ったときに、
この気持ちがどうなるか、わかんなくて‥‥。 |
糸井 |
エリックの気持ちは同じでも、
自分をとりまく環境が変わってきたら、
どこからか、
ちがうものになっていくかもしれないしね。
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エリック |
そうですよね? |
糸井 |
でもさ、ちがうものになったときの「よさ」が
また、あるかも知れないですよね。 |
エリック |
ああ‥‥。 |
糸井 |
そのときどうなるかだなんて、
なってみないと、わかんない。 |
エリック |
うん‥‥そうか、わかんないよね。
本質は変わらないのかもしれないし。 |
糸井 |
なんとも言えないと思うんですよ。
あの‥‥十文字美信さんがね、
師匠のところから独立したときに‥‥。 |
石川 |
ええ。 |
糸井 |
半年分の「インスタントラーメン」を
買いこんだんだって。有り金はたいて。 |
エリック |
へぇー‥‥。
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糸井 |
「これでもう、食うには困らないから、
あとは好き勝手に撮るぜ」って。 |
石川 |
はぁー‥‥。 |
糸井 |
まぁ、すぐに売れっ子になっちゃったから、
そんなインスタントラーメンなんかに頼んなくても
きっと大丈夫だったのかもしれないけどさ。 |
石川 |
そっかー、なるほど‥‥。 |
糸井 |
でもさ、その後、十文字さんは
コマーシャルの世界にも行ったし、
ファッションにも行った。
でも、十文字さんは、十文字さんだった。 |
エリック |
うん。 |
糸井 |
ただ、いちばん最初の十文字さんとは
なにかが、変わってるかもしれない。 |
石川 |
うーん。 |
糸井 |
その、インスタントラーメン買い込んだときの
十文字さんとは。 |
エリック |
うーん。 |
糸井 |
でも、本質の部分は、何にも壊れてない。 |
石川 |
‥‥。 |
エリック |
‥‥。 |
糸井 |
だから、おもしろいなぁと思うんですよ。
ちょっと前に出した『わび』なんて作品は
お茶の世界とか
「わびさび」をテーマにした写真集ですけど、
インスタントラーメンを買い込んだときの
十文字さんとは、
たぶん‥‥ちがうものになってるでしょ。
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エリック |
なるほどー。 |
糸井 |
でも、そこには、ちがう素晴らしさが、
あるじゃないですか。
だから、
エリックにも「第2期」がくると思うよ。
この先、いつか。 |
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石川直樹『VERNACULAR』(赤々舍刊)より |
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エリック『中国好運』(赤々舍刊)より |