34. 『ミンボーの女』。
『マルサの女』『マルサの女2』に続く
伊丹さんの『○○の女』シリーズは、
『ミンボーの女』です。
「ミンボー」とは、暴力団の民事介入暴力のことで、
民間人や一般企業に対して、
圧力や暴力で活動を阻害したり、金品を要求することです。
つまり、ゆすりやおどしですね。
映画公開の1992年は、
一般に「暴力団新法」とよばれる
「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」が
1991年に施行されたばかりでしたから、
世間の耳目を集め、大ヒット映画となりました。
舞台は、「ホテル・ヨーロッパ」というホテルです。
ホテルというものは、信用がたいせつですから、
そのぶん、難癖をつけておきながら、
ことを穏便に済ませるように仕向け、
金品を要求する場として、狙われやすかったそうです。
このホテル、超豪華ホテルという設定ですので、
スタジオにセットを作ったりすると、
莫大な費用がかかってしまいます。
美術を担当された中村州志さんによると、
さんざんセットの案を出して伊丹さんと話しあったあげく、
オーストラリアでの撮影を検討して
下見にまで行かれたそうです。
しかしそのころ、完成寸前だった長崎ハウステンボス
(1992年3月オープン)の「ホテル・ヨーロッパ」が、
撮影に使えるというすばらしい話が
飛び込んできました。
実際に、ハウステンボスの中でも最上級クラスの
ホテルですから、スケール感も調度も申し分ない場所で
撮影することができたのです。
主人公の、宮本信子さん演じる女弁護士・井上まひるは、
『マルサの女』の板倉亮子とちがって、
おしゃれでスタイリッシュです。
でも、やくざ相手にひるむことがない、
やっぱりたくましい女なのでした。
そして主役級のもうふたりが、
大地康雄さんと村田雄浩さん。
決して派手ではないふたりですが、
伊丹さんはほんとうに、こういう、
味のある顔をされた俳優さんが大好きだったようです。
伊丹さんも、お父さんである伊丹万作さんの言葉、
「百の演技指導も、一つの打ってつけな配役にはかなわない。」
(『伊丹万作エッセイ集』の「演技指導論草案」より)
がこころに焼き付いているようで、繰り返し、
キャスティングの重要さと、その苦労を語っています。
さまざまな苦労の甲斐あって、
映画は最高におもしろい仕上がりとなり、
また大ヒットを記録します。
しかし今回は、それで終りませんでした。
伊丹さんが、映画公開一週間後のある日、
3人の暴漢に襲われ、顔や首を切られる、
という事件が起こってしまいます。
あってはならないことですが、
芸能人への脅しとして効果的な顔は切るが、
結局、脅していどであり、致命傷までは与えない。
なぜならばそこまでやると逮捕後、
加害者側にかかる費用や負担が大きいから、という、
映画の中にも出てきた、
“殺されはしない”というエピソードを、
皮肉にも、なぞったかたちになりました。
それも、伊丹さんが無事にお元気になられ、
また映画を撮り始められたから、
今わたしたちがこう思える、ということもあるのですが。
この事件の直後のことを、伊丹さんは次の映画
『大病人』のメイキング本である
『「大病人」日記』の中で、語っています。
その中の伊丹さんは比較的冷静で、
マスコミに出す声明文も堂々としていて
かっこいいのですが、
手術をしても、左手の小指の腱が切れたのは
元通りにならず、ギターなど、
生涯の友である楽器を弾けなくなってしまった、
という部分などは、胸に迫ります。
この映画のメイキングビデオである
『ミンボーなんて怖くない』は、
冒頭に、伊丹さんが襲われて病院に運ばれる、
実写が入っています。
そして、私たちは暴力に屈しない、ということを
謳い上げ、映画のメイキングが始まります。
実際にミンボーと戦ってきた弁護士や、
東京の有名ホテルからやくざを追いだした方たちが
登場し、映画の中のエピソードが
いかによくできているか、さまざま語ってくれます。
(ほぼ日・りか)
参考:伊丹十三記念館ホームページ
『伊丹十三記念館 ガイドブック』
DVD『13の顔を持つ男』
『伊丹十三の本』『伊丹十三の映画』ほか。