主婦と科学。 家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所 |
研究レポート49 みそ汁が爆発ですって? ──「突沸」の科学。 ほぼにちわ、カソウケンの研究員Aです。 前回のレポートで「圧力鍋、こわい」と 前時代的なことをぬかしていた研究員Aですが 圧力鍋に限らずとも、台所という実験室は いつも危険と隣り合わせ。 鈍くさい研究員Aはなんて 切り傷・火傷はしょっちゅうです。 特に、スライサーでは何度 指までスライスしてしまったことか。 今ではさすがに懲りて あまり出番がないスライサーです。 って、悪いのはスライサーではなく 研究員Aの方なんですけど。 火薬工場が爆発した、と聞いても そんなにびっくりはしませんが (いやびっくりはしますけど) なんと、「普通の鍋」で 「みそ汁」を熱するという どのおうちでも行なっている調理過程でも 事故が起きることがあるのです! 普通のステンレス三層鍋でみそ汁の温め直しをしたら 大きな音と共に鍋がひっくり返ってしまったと! ひどいときには、マンションの窓ガラスを 粉々に割ってしまったという事故も! ひいいいい。 この「みそ汁爆発事故」は複数の報告があり 大阪府立消費生活センターで検証が行われました。 詳しくはこちら。 なんでも、これは「突沸(とっぷつ)」という 現象のせいだというのです。 実は、この突沸は私たちの身近にあるもの。 おうちでの「みそ汁爆発事故」を防止するためにも 今回はその科学についてレポートします〜。
さて、前回の圧力鍋のレポートで 「1気圧のもとでは、水は100℃で沸騰する」 と書きました。 実は研究員A、ウソを申しておりました! じゃなかった、これは正確ではないのです。 100℃を超えても泡がぶくぶく出ず、 沸騰しはじめないことはあるのです。 これを過熱状態といいますが このときに何らかの「ショック」が加わると 突然! 沸騰が激しく起こるのです。 このことを「突沸」といいます。 このとき、ぶわっとお湯が吹き上がるので たいへん、たいへんキケンです。 ではでは、なぜ「100℃を超えても沸騰しないのか」 「なぜ『ショック』で突然沸騰しちゃうのか」 ということをご説明しましょう〜。 水が水蒸気になろうとするとき、まず「泡」ができます。 新しく気体に変化したものが、 液体に囲まれている状態です。 この「泡」が順調に大きくなってくれれば つぎつぎと泡が出て、 スムーズにぶくぶく沸騰が進むはずです。 なのですが、この泡、小さいうちはとても不安定です。 すぐに周囲の水に押しつぶされて、消えてしまいます。 ある程度の大きさになるまでは きちんと泡が大きく成長してくれないのです。 もっと詳しく物理的なところを知りたい方は、こちらの ビールの泡の科学をご覧下さい! 面白いです〜。 実は、「泡が順調に成長する」ためには 「余計なもの」の存在が必要なんです。 まっさらな、きれいな状態だとなかなか泡が生まれません。 泡を作るきっかけになるのは 水の中にあるちっさいゴミや 鍋の内側にあるキズ、凹凸など。 そういう「余計なもの」のおかげで 泡ができやすくなり、 順調に沸騰が進んでくれているのです。 余計なものがない場合は、沸騰が始まらずに 温度だけが上昇してしまいます。 この中にある水は 「気体になりたくて仕方ないんだけど 我慢している液体たち」 なわけです。 例えるならば、噴火しようと 待ちかまえているマグマの状態。 そこにあるショックが加わると…。 マグマ状態の水が爆発して沸騰してしまう! というわけです。 この場合、揺らしただけでもショックになり得ます。 つまり、ショックというのは 「泡のきっかけ」なのです。 例えば、パスタを茹でるときに沸騰したお湯の中に 塩を入れますよね。 その時、ぶわっとお湯が飛び散りませんか? 研究員Aがやるときは派手に飛び散るので いつも塩を入れるときは「逃げ腰体勢」でやっています。 ええ、あまり格好の良いものではありません。 これも、過熱状態になった水が 「塩」という大量の 「泡のきっかけ」を投入したことで 突沸をはじめてしまった、という現象です。
冒頭にあげた「みそ汁爆発事故」に共通しているのは ステンレスの鍋だということ。 ステンレスの鍋はアルミなどに比べて 熱伝導が悪い(その分保温性はよい)。 (詳しくは「鍋の科学」で) だから、部分的に加熱ムラができてしまう。 そのせいで起きてしまった突沸現象みたいです。 というわけで、ステンレスの鍋に限らず この爆発事故は報告例があるようです。 うーん、カソウケンで使っているのも ステンレス三層鍋とか熱伝導が悪い鍋ばかりです。 だからパスタ茹でるためのお湯に 塩入れたときも派手に飛び散るのでしょうか。 …気をつけねば。 突沸は、工場だとか実験の現場でも おそろし〜い事故に繋がりますが 台所でも同じことですものね。 あと、電子レンジで液体を加熱したときも この突沸現象が起きやすいといいます。 お湯などを電子レンジで温めて 取り出そうとしたとき! もしくは取り出して砂糖などを入れたとき! 突沸が起きてしまって火傷をしてしまうというのです。 これもお気を付け下さいませ。 このページを担当者である「ほぼ日」のシェフさんも 紅茶を淹れるため、カップに水を張り 電子レンジでチンしたのですが 何分たっても「ぶくぶくぶく」とならず、 いいや、ととり出してティーバッグを入れたら とつぜん「ぶくぶくぶく!!」と激しく泡立ち たいへん驚いたといいます。 そうです、それが「突沸」。 この場合ショックを起こしたのは ティーバッグだったのですね。 電子レンジで起きやすいというのも、 これも加熱ムラができやすいからと 考えて良いのでしょうか。 研究員Aの勝手な予想なので もしご存じの方いたら教えて下さい〜!
この突沸を防ぐためには、最初から 「泡のきっかけ」が存在すればよいわけです。 小学校の理科の実験で アルコールランプで沸騰させるときに 石のかけらを入れた記憶、ありませんか? 「あれはいったい何のおまじないだ?」と 不思議に思っていた方、いるかもしれません。 あれは素焼きの石で、穴がいっぱい開いているから 沸騰をどんどん進めてくれる役割をしているのです。 “みそ汁事故は具がない方がキケン” と上のリンクに書いてありましたが それは具がある方が 突沸が起きにくいということでしょう。 実験用のビーカーなどでも内側にわざわざ凸凹をつけて 突沸が起きないようにしたものもあります。 という具合に 「泡のきっかけ」がないきれいな状態だと なかなか沸騰は始まってくれない! というのは 意外な印象を持たれるかもしれません。 そして「気体が液体になるとき」にもこのような 現象が起きる場合があります。 この場合は「過冷却」ですね。 冷やすと気体は液体になりますが 冷えすぎたのにもかかわらず液体になれないのです。 具体的なところでは、空に浮かぶ雲。 これも、本来空気中にチリやホコリなどが 雲(水蒸気の集まり)になるための 「きっかけ」になっています。 それらがないと雲となるための水蒸気はできないのです。 つまり、雲があるのはチリやホコリのおかげ! このような「過熱」や「過冷却」のことを 熱力学的に準安定状態である、といいます。 熱力学的には不安定にもかかわらず、 速度論的には安定なので このようなことが起きてしまうのです。 ナニがナニやらさっぱり〜ですが 実はこの突沸のレポートは こんな大学レベルの物理化学のおはなしをしていたんです。
ただでさえ鈍くさい研究員A、 突沸の事故に巻き込まれないためにも 熱伝導の悪い鍋や電子レンジには心せねばなりませんね。 みなさまもどうかお気を付け下さい〜。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 参考文献 物理化学(上) アトキンス著 東京化学同人 理化学辞典 岩波書店 参考サイト WEBニッポン消費者新聞 ステンレス協会 加藤岳生氏「物理に関する小文」 |
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2004-12-17-FRI
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