三谷 映画の裏方さんがたくさん出てくるですが、
「雨を降らす名人」として出てくる
スタッフは本当の方なんです。
「映画に雨を降らせるなら、この人!」という人が
日本にはふたりいらっしゃって、
初のコラボレーションらしいんですよ。
だから、最高の雨を降らせてくださったという。
糸井 え、別の流派なんですか?
三谷 なんかそうみたいです。
撮影所というか、会社が違うのかな。
糸井 雲竜型と不知火型みたいなもんですか?
三谷 そんな感じですね(笑)。
そろい踏みでやってくださったんです。
糸井 それ、ポスターに描きたいぐらいですね(笑)。
三谷 ええ(笑)。
それで、そのあと、わざとというかあえてというか
町に雨のシーンをつくって、
それももちろん彼らがやった雨なんですけども、
フィルターを通すとこういうふうになるんだよ、
というふうな感じで仕上げて、
本当にそっと彼らを称えてるみたいな感じに
させていただきました。

三谷 たとえば、高瀬允が村田大樹を
励ますシーンの脚本を書くときに、
まあ、こういう場面になるだろうというのは
決めて書きはじめるんですけど、
具体的に高瀬という老人が
どんなことを言うのかというのは
書きはじめるまで考えてないんです。
だから、書く瞬間に、自分も本当に
必死に高瀬の気持ちになって、
「僕が高瀬だったら
 村田になんて言ってあげるだろう」
「どんなことばを聞いたら
 村田は元気になるだろう」って考えるんですね。
だから、その瞬間には高瀬になってる。
で、がんばってると、ことばが見えてくるというか
突破口ができてくるんですけど、
すごく便利なのは、村田大樹も僕ですから、
わりと素直なんですよ(笑)。
糸井 (笑)
三谷 そういうことの積み重ねですね。
糸井 あそこは、いい場面ですよね。
しゃべり終わって、まずは、
「どっこいしょ」、「よいしょ」って言うのかな。
「よいしょ」と言って立ち上がって‥‥。
三谷 「どっこいしょ」かな。
糸井 「どっこいしょ」でしたか。
その老人のセリフを、まず、
普通の老人のセリフのあいだに挟んで、
で、こっちに向いてもう1回しゃべるんですよね。
あれ、「どっこいしょ」を
挟まない方法もあるし‥‥。
三谷 あ、それはね、僕は挟んでなかったんですよ。
糸井 あらま!
三谷 あれは柳澤さんのアドリブですね。
糸井 はぁーー。
あれ、相当難しい芝居だなと思ってて。
三谷 ふつうは、僕の感性でいくと、
「どっこいしょ」は書きたくないセリフなんです。
だって、あまり言わないですもんね、
「どっこいしょ」ってね。
糸井 そうですねぇ。
三谷 だから、あれは
柳澤さんの芝居の構築の仕方でいうと、
あの人はわざと老人ぶって、それを見せるために
あえて「どっこいしょ」と言ってるという。
僕もそれはありだなと思って、
だから、現場で納得して、
そこはそのまま行ったんですけども。
糸井 僕は、「どっこいしょ」というのが
思わず出てくる台詞じゃなくて、
意味のあるセリフとして書いてあるんだと思って、
どうして三谷さんそういう
丁寧な仕事するんだろうって思ってました。
三谷 それは柳澤さんのおかげですね(笑)。
糸井 つまり、映画のマジックですね、それは。
三谷 ですね。
糸井 純粋に、脚本家としての三谷さんが、
「これは、ことばだけでよくできてるぞ」って
思えるセリフはたくさんあると思うんです。
でも、のちの「監督の三谷」に託すからこそ、
「できるはずだぞ」って思えるセリフも
あるんじゃないかと思うんです。
三谷 ああ、そうですね。
そういう意味でいうと、僕がこの映画で
いちばん好きなセリフは、
佐藤浩市さんが、ボスに会って、
1回、妻夫木さんに連れ出されたあと、
また部屋に戻ってくるときに言う
「さっきはすみませんでした。
 自分の考えが足りませんでした。」
っていうセリフなんです。
糸井 あれはいいですね(笑)!
三谷 あそこでみんなが笑ってくれれば
もう成功だっていう感じだったんですよね。
糸井 大丈夫です、笑いました。
三谷 台本で書いてるときは、
「これは絶対におもしろい」と思ったんです。
ただ、それをちゃんと
現場でおもしろく撮れるかっていうのは、
やっぱり監督の僕に託すしかないんです。
逆に、もしも違う監督にこの本を渡すんだったら、
ちょっと託せない気がするんです。
だから、僕は書かなかったと思います。
糸井 あーーー、なるほど。
三谷 で、結果的には、佐藤さんがすごくおもしろいし、
そのあとの寺島(進)さんの「ん?」って表情も
すごくおかしいからよかったんですけども。
でも、あのセリフのおもしろさを、
脚本家の僕が安心して託せる監督は、
たぶん、監督の僕しかいない気がするんですよ。
糸井 脚本家と監督が、
そうとうなかよくないとできないですよね。
三谷 そうですね(笑)。
糸井 あの場面は僕も大好きなんですけど、
佐藤さんが西田さんの机に座って、
ナイフを何回もなめるじゃないですか。
三谷 3回なめますね。
糸井 で、その、2度目のときに、西田さんが、
「そこからやるのか?」って言うでしょ(笑)。
三谷 そうそう(笑)。
で、「そんなにおいしいかね」。
糸井 「そんなにおいしいかね」(笑)。
三谷 で、3回目になめるときは
「そんなに気に入ったら持っていきなさい」。
糸井 あはははははは。
三谷 僕がすごくうれしかったのは、あの
「そんなに気に入ったら持っていきなさい」
っていうセリフを書いてるとき、
もちろん僕は笑うわけですよ。
糸井 あ、やっぱり(笑)。
三谷 もう、西田さんのやってる芝居が
想像できるから、おかしくて笑うんです。
で、現場であのシーンを撮る前に、
西田さんが台本を読んでらっしゃったんですが、
読みながら、すごく笑ってらっしゃるんですよ。
で、「なに笑ってるんですか」って訊いたら、
「いや、もうこのセリフが本当におかしい。
 このセリフを言えるのがすごく幸せです」って、
おっしゃってくださったんです。
それがもう本当にうれしくて。
あの西田さんがそんなこと言ってくださるなんて
もう、映画をつくってよかったなと思いました。
糸井 あそこは、観客としても、
いいものを見せていただいたって感じでした。
おかしいし、見事だったなあ(笑)。
三谷 あのシーンのとき、じつは僕は、
西田さんの足もとでモニターを見てるんです。
で、もうおかしくて。だって、
50センチぐらい先であの芝居やってるわけです。
でも、もしもここで監督が笑ったら
いちばん恥ずかしいじゃないですか。
だから絶対笑っちゃいけないと思って
我慢しましたけど、本当おかしかった。
糸井 ああ、それはキツいですね(笑)。
三谷 あの脚本を書いてるときは、
「これを舞台でやったら
 100パーセント笑いがとれる」
っていう自信があったんです。
で、目の前でやってもやっぱりおもしろかった。
そこで思ったのは、これがフィルムになったときに
ちょっとでもおもしろさが減ってたら
もう僕は映画をやる意味がないと思ったんです。
糸井 ああ、なるほど。
三谷 現場と同じくらいか、もしくは、
フィルムにしたらもっとおもしろくなってなきゃ、
映画にする意味がないと思ったので、
逆に怖かったんですよね。

三谷 僕は映画の職人さんたちが好きですけども、
いちばんの職人は、
じつは俳優さんだなって感じがすごくします。
で、佐藤浩市という役者は
やっぱりすごい職人役者なんですよね。
糸井 すごいですね。
あれをもうちょっとだけわざとらしく、
ちょっとアホなアクション俳優にするんだったら
簡単にできちゃうんだと思うんだけど、
やっぱりあの男の中に「泣ける」という部分を
残してるじゃないですか。
それができる人はそんなにいないですよねえ。
三谷 いや、本当にそう思いましたね。
糸井 あと、髪の毛の分量もちょうどいいんですよ。
三谷 (笑)
糸井 いや、けっこう本気で言いますけどね、
あの髪の量は本当にちょうどいい。
あれがね、たとえば藤岡弘、の
分量になると、多いんですよ。
三谷 多すぎるんですね。トゥ・マッチな感じしますね。
糸井 トゥ・マッチなんですよ。
だから、佐藤浩市の髪の分量は、
ナチュラルなヅラだと思う。
三谷 (笑)
糸井 あの分量はね、
町をふつうに歩いてたら多いですよ(笑)。
三谷 一般人としてはちょっと多いんですね。
糸井 多い。多い。
ただ、あの映画のあの役で
「フィルム回してなかったのかよ」って言う
役者の人としては、ちょうどいい。
それは、ちょっと入れちゃった目ばりと
同じくらいの分量ですよね。
三谷 そうなんです、そうなんです(笑)。
糸井 絶妙な量なんです。
三谷 たしかに、もしあれよりも、
もっと髪が薄かったら、
ちょっと悲しさが強すぎますからね。
糸井 そうですね。
「舞台の仕事で脇の役来たんだよ」ってときの、
あのやりたくないっていう感じが、
ほんとはどんな役でもやりたいんじゃないかって
思えちゃいますからね。
三谷 ちょうどいい髪の量なんですね。
糸井 その意味では、深津絵里さんの
グラマーじゃないぶりも素晴らしいですね。
三谷 そうですね(笑)。
糸井 あれ、もう少し肉があると、
あの、なんていうんだろうな、
必死のずるさが出ないと思うんですよ。
それから、西田敏行さんが
深津絵里さんを本当に好きなんだってことが、
肉がないからこそ伝わるというか。
逆にちょっと肉が増えると、
「あ、肉ごと好きなんだな」と。
三谷 うん。ちょっと生々しくなりますよね。
かといってガリガリだと、またちょっと。
糸井 ガリガリじゃダメですね。
ガリガリだと同情になったりします(笑)。
三谷 哀れな感じが出ちゃうんですよね(笑)。
糸井 そういう‥‥どう言ったらいいですかね、
仕様書にはなかなか表しづらいんだけども、
頭の中ではわかってるスペックみたいなものが
やっぱりセンスなんでしょうねえ。
三谷 あまりそれを褒めてくれる人はいないんですよね。
背の高さがよかったとか、肉づきとか、
髪の量がよかったみたいなことっていうのは。
でも、本当に大事なのは、たぶん、
そういうことなんだなっていう気がしますね。
糸井 つまり、徹底的に討論でつくれる部分と、
討論やってたらずっとつくれない部分と、
両方あると思うんですね。
で、いまの時代ってやっぱり
マーケティングの時代ですから、
話し合ったらわかるんじゃないかってことは、
頭のいい人たちが散々やるんです。
だけど、それはやっぱりおもしろくなくて、
「できちゃったんだよ」って信じ込むというか。
だから、佐藤浩市の髪の分量というのは、
これは佐藤浩市という運命を信じるしかない。
三谷 そうですよね(笑)。
糸井 「いいなあ!」と思うのはそこですよね。
三谷 ‥‥ただ、あの、僕は別に髪の分量で
佐藤浩市をキャスティングしたわけじゃない(笑)。
一同 (爆笑)
糸井 うん(笑)。
三谷 それはもう運命なんですね。
糸井 運命です。運命ごとキャスティングしてる。

三谷 (理屈ではない部分が作用した例として)
村田大樹が自分のラッシュを、
映画館でたまたま観てしまう場面がありますよね。
糸井 あそこ、よかったねえ。
三谷 いいシーンなんですけど、
あのときに、どういう気持ちで
村田大樹は観てるのか。
最後はちょっと涙を浮かべるんですけど、
あの涙はなんなのか。
そういうことを、じつは映画では一切説明してないんです。
たぶん、いろんな解釈ができるし、
僕の中でもいろいろな考えがあるし、
たぶん、佐藤さんの中でもあると思うんですけど、
それをお客さんに提示してないっていうのは、
じつは僕はあまりやらないことなんです。
だから、じつは、不安なんです。
糸井 でも、それが提示されないというのは、
大いに、ありじゃないですか?

三谷 ありなんです。
糸井 よかったですよ。
僕は観ながら村田といっしょに泣いてましたよ。
だから、答えわからないけど
泣いてるっていうのは‥‥あるでしょう。
三谷 うん。でも、僕は、
ずっとそれを否定してきた人間ですからね。
糸井 ああ、そうか(笑)。
三谷 だから、ちょっと冒険というか。
糸井 あれは三谷さんの中に、
答えがあることはあるんですか。
三谷 そうですね、僕なりの思いはあるんだけども。
糸井 つまり、お客さんに伝わらなくても、
「自分は知ってる」って状態を
持っていたかったわけですよね。
で、違う解釈してくれるのはかまわない。
三谷 うん、うん。
だから、はじめて監督である僕と脚本家である僕が
あそこで反発した感じがしたんですよね。
糸井 よかったですよ、あの場面は。
三谷さんは理屈のなさが不安かもしれないけど、
あのくらいの匙加減というのは、
とってもよかったですね。
それも、まぁ‥‥結果がよかったから
こうして言えるのかもしれませんけどね。
三谷 そうなんですよ。
だから、もし失敗してたらと思うと、
怖いんですよね。
糸井 そうですねぇ。失敗してたら、
「三谷さん、あれは卑怯だよ」とか、
「あそこはもう1つ食い下がんないと」とかって
言っちゃうのかもしれないですね。
三谷 本当のことを言うと、もしも失敗していたら、
たぶん、もっと前の段階か、
編集の段階でなんとかすると思いますけどね。
いちばんベタな方法でいうと、
彼の心情をナレーションで入れるとか。
「俺は今、感動してる」とかなんとか、
そういうことを、ベタに(笑)。
糸井 (笑)

糸井 伊吹吾郎さんの存在というのは、
じつに演劇的ですよね。
舞台によく出てくる役回りというか、
「こういうことを都合よくやってくるいい人」
みたいな人物で。
三谷 ええ、便利な人ですね。
糸井 「こういうジャンルの人がいますよね」ってのは、
演劇のお約束としてはOKなんですけど、
違う分野では、説明がもっと難しいんですよ。
三谷 そうですね。
糸井 でも、三谷さんは演劇の人だから、
ああいう人の使い方がやっぱりものすごく上手い。
だから、伊吹さんという
「最高の存在感」を見つけたときに
「やれる!」と思えるわけですね。
で、お客も「一緒に行きます」っていう。
三谷 そうそう。もういるだけで
すべてが納得できることってありますから。

糸井 最後の10分間、
アドリブを解禁されたときの西田さんは
いろいろ言ってましたねぇ(笑)。
なんか「麺類」とか言ってましたよね。
三谷 すばらしいですよね。
あそこの前の
「おまえ、だれなんだよ!」っていうのも、
突然、おっしゃったんです(笑)。
糸井 え? ああ、そうなんですか!
でも、あれはよかったですよ。
三谷 ええ、よかったですね。
糸井 西田さん、
あれが言いたかったんでしょうね(笑)。
三谷 ずっと言いたかったんでしょうね(笑)。
あのセリフが最後に叫ばれるとしたら、
すべてが伏線になってますからね。
糸井 脚本で「おまえ、だれなんだよ!」
を書くのは難しいんですね。
三谷 いや、難しくはないんです。
だからちょっと悔しかったんですよね、
思いつくことはできたはずなので。
糸井 なるほど。
三谷 ただ、現場で西田さんは最初、
「おまえ、なんなんだよ!」
っておっしゃってたんです。
だからそこは、ちょっと脚本家の意地で、
「だれなんだよ」に変えてくださいって
お願いしましたけど(笑)。
糸井 (笑)

三谷 出演していただいた市川崑監督が
完成前に亡くなられて。
それで、最後の最後に
「市川崑監督の思い出に」っていう
ことばを字幕として入れたんですけど、
それも、最後まで悩みましたね。
糸井 ああ、そうなんですね。
三谷 最初、「市川崑監督に捧げる」という感じで
ことばを入れてみたら、
ものすごく、ことばとして重かったんです。
なんか、これだけの映画をつくってきて、
最後に市川崑監督だけが妙に
クローズアップされるみたいになっちゃうし。
それは監督もイヤだろうみたいなのがあって、
「市川崑監督の思い出に」としたんですけど。
あれの長さもものすごく悩むんですよね。
どれくらい見せればいいか。
糸井 染み込みすぎちゃ困りますよね(笑)。
三谷 そうなんですよね。
やっぱり強いんですよね、ことばが。
糸井 ああいうメッセージは強く映りますからね。
だって、本に「妻に捧ぐ」って書いてあったら、
もうそれで全部ですもんね(笑)。
三谷 そうですよね(笑)。
糸井 だから、あんまり長く
表示させるのもよくないだろうし、
かといって短すぎると、
「なにか理由があったんですか?」
ってなっちゃうしね。
三谷 そうなんですよね。
で、文字が消えてからつぎに
人物紹介の絵が出てくるあいだに
「黒み」があるんですけど、
この「黒み」を何秒にするかっていうのも
やっぱり、僕が決めるしかない。
だから「じゃ、この秒数でお願いします」
と言うんですけど、なんの根拠もないんですよ。
もうそうなると本当に自分を信じるしかない。
っていうのがやっぱり怖いんですよね、すごく。
糸井 うーん、でも、全体にいえるのは、
三谷さんが不安がってる場所って
やっぱり全部おもしろい場所ですよね。
三谷 ということは、だから、まあ‥‥
うまくいってたのかなって感じですけどね(笑)。
糸井 そういうことですね。
答えは「うまくいきました」っていうことで。
三谷 (笑)
糸井 きっともう1回見たりしたら、
「褒めたい脇役の人」のこととか
いっぱい浮かんでくるんでしょうけど、
まぁ、今日のところは、あえて、
それは割愛させていただいて‥‥。
三谷 いやもう、今日は
僕を褒めていただくだけで十分です(笑)。
一同 (笑)
三谷 ありがとうございました。
糸井 とてもおもしろかったです。
ありがとうございました。
(三谷幸喜さんと糸井重里の対談はこれで終了です。
 読んでいただき、どうもありがとうございました!)


2008-06-18-WED




(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN