モノポリーエッセイ

アメリカモノポリー事情(6)
〜NY、「聖地」アトランティックシティに
 行ってきました(6)〜


「モノポリー米国選手権の巻その2」



決勝が始まる前、会場の前で私が立ってますと、
声をかけてくれる人がいました。
なんと2000年世界選手権を取材された
カナダ人フリーライターの方で、
2004年の世界選手権も
奥さんにお願いして渡航費を調達し、
なんとか取材したいとのこと。

さらに懐かしい顔に出会いました。
2000年世界選手権予選第2ゲームで対戦した
米国代表のマットさん。
今回はディフェンディングチャンピオンとして
お父様といらっしゃっていましたが、
残念ながら予選落ちということで、
ちょっと落胆されていたようです。
なおお父様も出場されていて、
「予選計3ゲーム、全て破産だったよ」と
笑い飛ばされていました。
ちなみに、このマットさんから
友人としてご紹介された方がいたのですが、
その方は決勝に進出した4人の一人でしたので、
「来年の世界選手権で対戦しましょう」といったところ、
その甲斐あったのか(笑)、
なんと、この方が今年のチャンピオンになられました。


<左:今回のチャンピオン、中:マット氏>

ついで懐かしかったのは
「モノポリーおじさん」との再会です。
もちろん役者の方が
キャラクターを演じていらっしゃるのですが、
2000年世界選手権と同じ方でして、
その大会でモノポリーおじさんがもつ
ステッキを触ると勝てるという、
私なりの願掛けを覚えてくださっていて、
今回も触らせていただきました。



ここで決勝の舞台を記しますが、
主催者のハズブロ社のこの大会にかける意気込みが
並大抵のものではないのがよくわかります。
単に高級ホテルを借りているというだけでなく、
広報担当役員(副社長)、
広報担当部長がたかがゲームのイベントに顔を見せ、
また審判として、欧米で
モノポリーのルールブック兼攻略本で最も著名な
「モノポリーコンパニオン」の筆者を
わざわざドイツより連れてきてました。
スタッフも20人近くいて、
揃いのモノポリーシャツを着ていました。
そして恒例ですが、
バンカー(ゲーム中、お金のやりとりを仕切る人)には、
米国選手権公式スポンサーのシティバンクから
ホンモノの銀行員(バンカー)が派遣されていました。

会場は天井の高い会議室を利用したもので、
決勝の卓だけがスポットライトで浮かび上がる仕組み。
テーブル横だけでなく、
テーブル上にもカメラが備え付けられ、
テーブル上方にあるモニターに映し出される仕組み。



(この項、次回に続く)

2004-06-25-FRI

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