森川くんがつくった世界で初めての絵本。
不思議な感覚を味わいながら見て読んで、
読み終わってから、びっくりして、もういちど読み返す。
そんな絵本あるかって? あるんです、ここに。

森川さん、「テロメアの帽子」を自薦する。

ほぼにちは、シェフです。
ダイニング部の大先輩の森川さんが
ぷつりと、ぱたりと、(台所から)消息をたって数ヶ月。
ゲーム製作が本業のかたですから
仕事の追い込みで、カンヅメになっているのかしらん、
そろそろゴハンつくってほしいなあ、
と思っておりましたら、ある日、とつぜん、
『絵本』を持って、現れました。
「この数ヶ月、ずっと、これを描いていたんです。
 やっと、できたので、持ってきたよ」
おおおお。
その本は『テロメアの帽子』と、いいます。

 テロメアの帽子
 不思議な遺伝子の物語


  森川幸人 著
  本体1,400円
  新紀元社
  A5変型(148mm×148mm)
  112頁
  ISBN4-7753-0073-3

絵本ですか! な、な、なんの絵本なんでしょう?
オビには、darlingの手による、こんなコピー。

この絵本には、大きな秘密があります。
たぶん、世界でもはじめての不思議な絵本です。

めくってみると、こんな絵。




どうやら「子供向け」とばかりも、言えなさそう。
どんな絵本なのかという説明を、
カバーの見返しに書かれたものから引用してみます。

私たちの体や生命を維持する基本物質、
遺伝子、染色体、DNA、塩基……ゲノム。
その性質やふるまいは、クレバーだったり、
コミカルだったり、おどろおどろしかったり、
かわいそうだったり、
まるで、独立した生き物のようです。
私たちの体の中のことなのに、
あまりよく知らないゲノムの世界。

本書では、このゲノムが
一人のキャラクターとして登場し、
彼自身のことや彼が住む
不思議な世界を紹介してくれます。

ゲノム。ゲノムというのは、たしか、
【遺伝子】とか【染色体】とかに関係するような
そういうバイオの世界の用語のはず。
それがどうやって絵本になるんだろう……!?

というわけで、森川さんに、いろいろと、
訊いてきました。
この本は、なぜ、描かれたのでしょうか。

なお、最後の方に、
「立ち読み版」を掲載しています。
そちらもあわせて、どうぞ!

 最初は文字だけの本でした。

遺伝子工学の最先端の話、というのは、
仕事とはまったく別に、僕がむかしからずっと、
趣味として、好きな分野でした。
だから最初は、
遺伝子工学の最先端ではとんでもないことが起こっている、
という、トピックを集めた本をつくろうと思っていて、
じっさいに、 一冊分の原稿を書いたんです。
いまの技術を使うと、
男が子供を一人でつくることも可能ですよ、とか、
自分のバックアップをとることも可能ですよ、とか、
そういう話を集めていきました。
でも、資料を読み進めていくうちに
けっこう、“きつい”話ばかりに出会うようになった。
たとえば、旦那が交通事故で死んでしまったんだけれど
奥さんは、どうしても子供がほしかった。
そこで、死んだ旦那から精子を抽出して受胎した。
彼女がいうには、精子というのは二人で子供をつくるための
「もとになるもの」だから、夫婦にとっては共有財産であり、
この行為は正当だっていうわけです。
でも反対意見としては、いくら夫婦でも、亡くなった人の
体の一部は、人間の尊厳として、その人のものであって
誰にもおかすことはできないって考えがある。
さあどっちが正しいか?
結局、裁判で、奥さん側の言い分が通って
共有財産として認められた──っていうような、ね。
さらにつらい話もあります。
ある男性が病気にかかった。
とても治りにくい病気で、唯一の手だては、
抗原抗体反応が起こらない人から、
骨髄……だったかな、を、移植するしかなかった。
検査の結果、娘さんの体の一部を移植するほかは
方法がないとわかる。けれども、いろいろな都合で
娘さんから提供してもらうわけにはいかなかった。
あとは、新しい子供をもうけるしかないのだけれど
奥さんも高齢で、出産はできそうにない。
そこでどうしたかっていうと、
娘が、お父さんの子を宿したの。
お父さんの命を助けるために、ただ、その、「薬」として
使うためだけに、子供を宿したんです。
そして、堕胎して、……胎児は殺人罪にならないから、
移植するものとして、使った──。
そういう事例は、世界にはいろいろあってね、
貧しい国の女性が、胎児を堕胎して、
ほかの国の金持ちの老人に提供し、
アルツハイマーの療法に使う、という事例もあるんです。



そういうのが、僕が出会った
「遺伝子工学の最先端」だった。
それでもたんたんと本を書き進めて、
やっと一冊分を書き終えたのだけれど、そのときには、
ぼくは、すっかり、気がめいってしまっていたんです。
それで思い切って、その本を出すのはやめることにしました。
その原稿ですか? 自分のホームページ
一部、置いてありますので、よかったら読んでみて、
この「絵本」とどうちがうか、比べてみてください。

 絵本が暗くてもいいんだ。

さあ、しきり直しだ、と思っていたときに、
エドワード・ゴーリーという作家の、絵本を見ました。
『うろんな客』(河出書房新社)など、
独特の暗いタッチで、あまり明るいとはいえない話を描く
アメリカの絵本作家です。
それを見て思った。
「絵本って、暗くてもいいんだ!」って。
「絵本は、子供向きじゃなくても、いいんだ!」って。

ぼくの頭の中には、遺伝子工学のトピックの
文章を書いているときから、
事例が、擬人化されていました。
「お父さんの遺伝子とお母さんの遺伝子が交配して
 新しい遺伝子ができる」という文章は
キャラクターが手足を交換するようなイメージで
見えていたんですね。勝手に浮かんでた。

それをそのまま絵にしていけば、
創作絵本のようにきちんとしたストーリーには
ならないだろうけれど、
擬人化した遺伝子を主人公にした絵本なら描けるかな、
と思ったんです。

でもあとでね、心理学の本を読んでいたら、
そういうふうに何もかもが擬人化して動き出すのって
幼児特有の感覚なんだって知って、
すごくがっかりしたんだけど(笑)。

 豪速球投手じゃないぼくが、
 直球を投げました。

絵本にすると決めてから、
「絵を一生懸命描こう」と思いました。
あたりまえ、のことに思われるかもしれませんが
絵本をやりたいと言いつつ、
絵にはコンプレックスがあったんです。
挿し絵とか、チャッチャッ、って描いたものって、
自分で自分を茶化すみたいに、
変化球で攻めてきたのが、僕の絵です。
僕の絵は、今風でもないし、とりたてて技術があるわけでも、
独特のオリジナリティがあるわけでもない。
ピッチャーにたとえると、ぼくは、
どう思いきり投げても、直球だと138キロしか出ないんです。
それでは「豪速球投手です」とは言えないでしょう?
だから変化球を投げ続けてきた。
直球のマックスのスピードを測られないようにね。
それを、やめよう。まあ、いいじゃないかって。
138キロだって人にばれても、今回はいいや、って。
一回くらい、直球出そう、と。

だから小細工なしで、
思いっきり、一試合全部投げました。
プロットもなく、いきなり絵を描きだして、
2ヶ月間、ひきこもって、描きました。
ゴハンつくりに来なかったのも、そういうわけなんです(笑)。

そういう絵本です。
読んでいただけたら、うれしいです。


【テロメアの帽子・立ち読み版】

絵本に入っている9つのお話のうち
2話を、完全採録した「立ち読み版」を用意しました。
下の文字をクリックすると、
別ウインドウがたちあがり、
読んでいただくことができますよ!

テロメアの帽子

死者の行進


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2002-05-20-MON

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