
2025年12月19日、神保町に
新しい映画館「シネマリス」が生まれました。
ここは、会社や組織がつくったわけではなく、
映画業界とは無縁だった人が
「個人」ではじめたミニシアターです。
配信サービスが全盛の時代に、
しかも郊外ではなく東京の中心地に、
どうして映画館をつくろうと‥‥?
「なんでこんな無茶をしたんだろう」と笑うのは、
シネマリス支配人の稲田良子さん。
彼女の話すことばのなかには、
途方もないことを形にするためのヒントが
たくさん散りばめられていました。
聞き手は、ほぼ日の稲崎です。
稲田良子(いなだ・りょうこ)
シネマリス支配人
新潟県出身。
長年の法律事務所の秘書生活を経て、
2025年12月、東京・神保町に
ミニシアター『シネマリス』を開業する。
・シネマリス 公式サイト(https://cinemalice.theater/)
- ──
- もともと稲田さんは、
映画とぜんぜん関係ないお仕事をされていたと。
- 稲田
- 長年、法律事務所で秘書をしていました。
けっこう大きなところで、
そこで弁護士のスケジュール管理とか、
請求書や契約書つくったり。
他にも秘書の採用とか研修もやってました。
- ──
- 契約書も秘書の方がつくられるんですね。
- 稲田
- つくるというか、まとめる作業ですね。
じつは法律業界って、
いまも電子契約とかがないアナログの世界なんです。
なので、たくさんの関係者がいると、
大量の紙で、大量の契約書をつくって、
大勢の調印ページを正しく組み合わせて製本したり。
そういう細々した仕事がたくさんありましたね。
- ──
- ずっと秘書をされていたんですか。
- 稲田
- 新卒で入ってからずっとです。
最初に入った法律事務所が2回合併したので、
気づけば会社にどんどん人が増えて、
規模も大きくなっていったという感じで。
- ──
- 2回の合併って、けっこう激動ですね。
- 稲田
- 激動ですね。
仕事のモチベーションとしては、
後輩たちのために職場の環境を整えたり、
効率よく仕事をしてもらいたい、
っていうのもけっこうあったんです。
でも、後輩たちも優秀に育っていましたし、
そんなに心配することもなくなって、
ふと我に返ったというか。
そろそろじぶんの人生も見直してみようかなって。
- ──
- 次の目標があったとかではなく。
- 稲田
- でもなくですね。
そろそろなにかを変えるタイミングなのかなって。
そういう時期だったんでしょうね。
- ──
- 映画館のことは頭にあったんですか。
- 稲田
- ぜんぜんなかったです。
もともとは定年まで事務所で勤め上げて、
あとは家裁の調停員にでもなろうかなぁって(笑)。
- ──
- それが気づけば映画館の支配人に。
- 稲田
- なんでこんなことに(笑)。
- ──
- なにがきっかけで、
いまの稲田さんになっていくんですか。
- 稲田
- なんでしょうね、うーん。
- ──
- いまに至る最初のきっかけと言いますか‥‥。
- 稲田
- あー、それでいうと、
まだ会社を辞める気もなかったときに、
映画館の入っているビルが売りに出されていたんです。
不動産に興味があったとかではなく、
たまたまそれを知ったときに、
何気なく「あ、映画館って買えるんだ」って。
- ──
- お金があれば買えちゃうぞと。
- 稲田
- もちろんぜんぜん買えないですよ(笑)。
当然、何億円もするわけでそんなお金はない。
でも、そのときに、
「映画館の経営という仕事もあるんだ」って、
ちょっと興味がわいたんだと思います。
夢がふっと見えたというか、
そのヒントをもらったというか。
- ──
- ちょっと興味があった。映画館に。
- 稲田
- そうですね。
そういうことが漠然と頭にあったときに、
当時、岡村忠征さんという方が、
東京の菊川に「ストレンジャー」という映画館を
個人で開業して経営されているのを知ったんです。
- ──
- 「ストレンジャー」というと、
カフェが併設された小さな映画館ですよね。
50席くらいの。
- 稲田
- そうです、そうです。
「ストレンジャー」の岡村さんに連絡を取って、
お話をうかがいに行ったんです。
個人で映画館をはじめるには、
どうしたらいいんでしょうかって。
他にも横浜のミニシアター「シネマリン」を
運営している八幡温子さんだったり、
そういう方々に直接お会いしては、
いろいろお話をうかがったりしたんです。
- ──
- 個人でどうやって映画館をつくるか?
- 稲田
- そうです。あと、経営のこととか。
- ──
- その時点でけっこう本気ですよね。
映画館をやろうっていうのが。
- 稲田
- 映画館経営のことを調べているうちに、
どうすれば映画館ってつくれるんだろうって、
もっと具体的に知りたくなってしまって。
- ──
- それで直接会いに行ったりして。
- 稲田
- 気になるとすぐ動きたくなってしまって(笑)。
- ──
- いろいろ行かれたんですか。
- 稲田
- かなりたくさんの方にお会いしました。
仕事に悩んでいた時期でもあるし、
そういう人生もあり得るのかなって、
気分転換に模索していたんだと思います。
それでいろんな人の話を聞いているうちに、
自問自答をくりかえしながら、
「できるできない、いや、やりたいかも」って。
- ──
- ここまでの話をまとめると、
最初にすごく強い動機があったというより、
興味本位でいろんな話を聞いているうちに、
だんだんと気持ちがそっちに傾いて‥‥。
- 稲田
- 徐々に徐々に、様子見しながらって感じでしたね。
どうやったら採算が取れるのかとか、
やっぱりお金のことも考えてみないとでしたし。
- ──
- じゃあ、法律事務所を辞められるときは、
もう覚悟を決めて。
- 稲田
- 覚悟を決めた‥‥のかな。
- ──
- という感じでもなく?
- 稲田
- いや、でも覚悟はしましたね。
じわじわーっとですけど。
- ──
- 会社を辞めて挑戦するって、
けっこう勇気が要ることだと思うんです。
- 稲田
- 勇気というよりも、
じぶんの人生のなにかを変えたかったのかも。
それは明確にありました。
辞めてちがうことをはじめたいって気持ちは。
もう十分がんばったんで、そこでは。
- ──
- ほんとうに変えちゃいましたね。
- 稲田
- ねぇ、こんなに変わるとは(笑)。
(つづきます)
2026-06-09-TUE